『えむえむおー見聞録っ!』〜配信者兼ブロガー少女は“永住できるゲーム“を求め、VR世界を渡り歩く〜

恒南茜

プロローグ 「未だ、旅の途上で」

「——なあガキィ……んじゃあ、デスペナかまして持ち金とアイテム、全部ブチまけてってもらおうかあ?」


額に突きつけられた銃口。

視界を滲ませる硝煙。


「——ヒ、ヒィッ……」


自分を獲物としか見ていない相手——プレイヤーキラーを前にしてできることなんて精々、悲鳴を漏らしながら後ずさりをすることくらいだ。

立ち向かおうにも、武器なんかもう手元にはない。そんな状況下で脳裏を掠めるのは、一抹の後悔のみ。


——こんなゲームなんか、やるんじゃなかった。


『ゲイル・フォー・コール』。

銃と硝煙、あと何だったか。年齢制限ギリギリ、攻めた表現を多用したこのVRMMOは、いくらゲームといえども——そのかされたからちょっと背伸びをしてみた——くらいの少年にとっては、あまりにも刺激が強すぎるものだった。


——いやいやいや、何が守ってやるだよ、ふざけるなって……。


横を見てみれば『初心者でも俺がキャリーするから!』と、意気込んでいた友人は既にHPをカラにされ、死体になって転がっている。

ついでに、年齢制限ギリギリを攻めるってこういう事なんだなとばかりに、薄いフィルタの入った内蔵と血も散乱中。ちょっとの刺激どころじゃない。普通にバイオレンスすぎる光景だ。


「へへっ……」


煙草臭い息が顔に拭きかかる。

別にゲーム内で死んだところで時間が経てば復活するのは重々承知しているつもりだったが、それでも、怖いことには違いない。


——復活リスポーンしたら、絶対にアイツを一発殴ってやるんだ。


せめてもの逃避として恨めしい友人の顔を浮かべ、胸の中で悪態をついていた時だった。


「なるほどね、ここはけっこー治安が悪いんだ——ん? 困ってるヒト? お! いいね、助けちゃう?」


張り詰めた空気の中、突如として弾むような、軽快な声を聴覚が拾った時——。


既に、はそこにいた。


灰色と鈍色、褪せた世界。れっきとした荒野の中で一条、鮮やかに揺れる金糸。

そして、振れる銃口。けれど、銃弾を吐き出す事なくそれは、男の頭部を捉え——刹那、血飛沫を散らした。


金色の髪と、紅い瞳。背景の灰に映えてコントラストも中々なもの。

たった今、鈍器として銃を扱い男の脳天を叩き割ったのは、この場には少々不釣り合いと思えるほどに——見目麗しい少女だった。


「な——ッ!? テメ——」


ちょうど隣で友人の死体を物色していた男が叫び、銃を抜こうとして——しかして、その行動が完遂することはなかった。



——ズドンッ!



不意打ちの如く目の前を駆け、頭蓋を一個叩き割った銃は、重さなんて何のその。

寸分違う事なくピタリと止まって照準を合わせ、今度は本来の用途で隣の男も黙らせる。


「……うわぁ」


かなりの惨状だった。

友人のものに加えて、二つ転がされた死体。血溜まりはどくどくと少年の足元にまで流れ込み、思わず数歩、後ずさってしまう。

……とはいえ、助けてもらったことには違いないのだ。


——お礼は、言わなきゃな。


この惨状を作り出した張本人にして救世主である少女に駆け寄ろうとした時、だった。


「おい、なんだ……コレ……?」


結構な騒ぎだったせいだろうか。

ざわめきと共に、集まってきたのは先ほどの男の仲間たち——要するに、PK集団だった。


「これをやったのはお前——か?」


この流れで問われたのは、自分……ではなく、少女の方。

そりゃそうだ。見た目は目立つし、返り血も浴びてるし——極めて没個性な自分のアバターに比べればよっぽど標的にされるに決まってる。

対して少女がとった行動は、先ほどと同じように極めて軽いもの——頷いたのみ、だった。


「そう、か。……だったらぁ——っ!」


その行動がよっぽど気に触ったのだろう。各々武器を取り出し構え、敵討ちとばかりに一斉に発砲する。

銃弾は絶え間なく少女のみを狙い——銃声のみがこだまする中だった。


「“好感度を上げたいのが見え見え?“ うるさいなぁ、旅は道連れ世は情け……違ったっけ? ——とにかくっ! 旅人が恩を売るのは当然——でしょ?」


ひらり、と。かわせる分はかわし、かわせない分はある程度、手にした少し大きめにも見えるライフルで受けて。

誰を相手にしているのかは全くわからないが、相変わらず軽い調子で声を弾ませながら、彼女は一際大きな銃声を響かせる。


血飛沫が散り、周囲が一瞬そちらに気をとられる中、間を置いて二、三発。

照準のブレもなければ反動も見せない。そうして一人倒したのちに跳躍。


「な——ッ!? お前何を——!?」


何かに対して驚嘆を滲ませた男も先ほどと同じように鈍器として振り下ろされた銃により、また一つの死体となって。


「おいっ、こいつ……こっちを見てな——ッ!?」


残った二人の内一人、発砲は続けながらも彼があげた悲鳴もまた、途中で断たれた。


「うーん、前やったFPSよか身体アバターは動かしやすいけど……ちょっとグロすぎるかなぁ……ボクには向かなそう?」


所作は優雅かつ華麗。舞うは血飛沫。不釣り合いな二つではあったが、合わせてみると案外見事なものだ。

そうして妙なお喋りを続けながらも一人、また一人と排除していき、遂に残ったのは、最後の一人だった。


「クッソ……よくも——よくも——ッ!」


半ばヤケを起こしたように、手持ちの弾数など気にせず、最後に残された男は発砲を続ける。

しかして、そんなものが彼女に当たるとは、到底思えない——と。そう思わせるほどに、一切無駄がない。初心者の彼にもわかるくらいに彼女の動作には説得力があった。


「“治安の悪いゲームを勧めた詫び“——5000円!? いやー、ありがとね。これでまた捗る、なあ——っ!」


案外、最後の一発は呆気のないものだった。

相変わらず余裕ぶった口調でのお喋りは続けつつ、弾切れ——男の発砲が止んだ直後、もう一度響いた銃声。

最後とばかりにこれまた派手に血飛沫を散らして。


「それじゃあ、これからしなきゃだから……チャットを読むのはやめるね? また、見聞録で!」


六つの死体を背にようやく彼女はお喋りをやめると、こちらに視線を向けた。


「えーっと……キミ、蘇生アイテムって……この注射器みたいなのでいいんだよね?」

「あ、はい……そう、ですけど……」


結局、最後まで何もわからないまま、彼女は隣の友人を蘇生する。

プスリ、と結構痛々しい音を立てて注射器を刺し、十数秒。ようやく少年の友人は目を覚ました。


「——お前、ちょっとグロいだけって……さっき——!」


言いたいことは山ほどあった。

呆気に取られて塞がっでいた口も、その要因が排除されてみれば何のその。次から次へと言葉を吐き出す。

対して友人は、こちらに向かって何度か手を合わせ、謝るような仕草を見せ——つつも、視線はずっと、少女の方へと向いたまま。

やがては形式ばっかりの謝罪すらも消えて、全身を少女に向けると感極まったように所々声を詰まらせながらも、友人は声を上げた。


「——あのっ! レイスさん、ですよねッ!?」


聞いたことのない名前だった。

けれど、少女はそれを聞いてポリポリと満更でもなさそうに頭を掻いて、しばらく噛み締めるように笑みを浮かべて、そうしてからようやく、口を開いた。


「——そうそうっ! そう、だけど——今はちょっと、お腹が空いちゃってるなぁ……」

「あ、そうでしたね……オレ、いい店知ってるんで! 奢りますっ!」

「……いいのっ!? 悪いなあ。でも、そこまで言われちゃったら……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」


悪いなあとは言いつつも奢ってもらう気は満々だったようだ。

というか友人もまた、変わり身が早い。少女も含めて二人とも、だ。

少々呆れたようにため息を吐きつつも、先導する友人に着いて。少年は歩き出した。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「なあ、これ……保存食……というよりかはさ……」


相変わらず殺風景なものの、ここまでくるとむしろ洗練されているようにも見える灰色一色の壁。

到底レストランと呼ぶには程遠いその場所で、先ほどの詫びだと言って少年も一緒に奢ってもらった食事。

近未来どころか一周回ってアポカリプスした世界観と、保存食というシンプルかつどこかロマンを感じる響きから、それこそよく見るディストピア飯、だとかそんな珍しいものを期待していたのだが……トレイに乗ったいくつかの円柱状の物体は間違いなく、そこら辺にあるような——缶詰だった。


「……けっこー缶詰……かな?」


結構というよりか、質素なパッケージ以外は本当にそのまま。

そのくせして、友人は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。


「……ま、とにかく食ってみてくださいよ。絶対に後悔だけはさせませんから」


そこまで聞いて、多少首を傾げながらも少女は缶切りを手に取って、それを開けて、蓋と本体の隙間から姿を見せたのは、随分とこの終末世界感漂う場所には不釣り合いなくらい真っ白な米。


「んで、そいつとそこにある缶詰も開けてください」


それが出てきたことに少々驚いたような表情を見せながら、おずおずといった様子でもう一つの缶詰も開けて——そこから覗いたのは、牛肉と玉ねぎの炒め物——要するに——。


「最後に、それを混ぜてもらってもいいですか?」


——牛丼だった。


「和食……だね?」


けれど、どう見てもこの世界には似合わない。

終末世界に牛丼だ。普通に考えて世界観のすれ違いにも程がある。

少年が顔をしかめる中、友人は満面の笑みを、そして少女は相変わらず首を傾げ、そそのかされるままに、彼女が一口、スプーンに乗せた牛丼を、口に含んだ時だった。


「……おい、しいっ!?」


直後に、彼女が浮かべたのは満面の笑みだった。

そのまま、何度も掬っては食べ、掬っては食べ——。後ろでドヤ顔をしている友人は除外するとして、本当に魅力的な笑顔だ。

この上なく美味しそうに、そして興味深げに周囲の景色を見回しながら、彼女は食事を進める。


そこまでのものを見せられたら少年もまた、次第に腹が空いてくるのを感じるもの。

先ほどあそこまでグロテスクな肉塊を見せつけられたというのに、気づけば手は動いていた。

二つとも缶詰を開け、中身を混ぜて、スプーンで掬い上げ——直後に、鼻を通ったのは、肉々しい香りだった。

食欲はさらに刺激され、たまらずスプーンの中身を頬張って——少年もまた、目を見開いた。


現実のものよりもずっとジューシーな脂が口の中で広がり、噛めば噛むほど旨味もまた、同じく広がる。

そのくせしてたっぷりと滲み出ているはずの脂は全くしつこさを感じさせない。VRならではの表現、なのだろうか。

飲み込めば空腹感を満たしてはくれるもののもたれることはなく、次々に頬張ってもなお、飽きは来ない。


また、シチュエーションも意外と手伝っていた。

終末世界で牛丼。ミスマッチなことには違いないが、むしろそんな世界で牛丼を食べているという事実がまず贅沢に感じられる。ゆえに気分は新鮮。その上、味もいいときた。

気づけば缶詰の中身は空っぽに。やがては、少女も食事を終えたようだった。


「ごちそうさま、でした」


食事にありつけたことに感謝するかのように、目を瞑りつつ手を合わせて。


「美味しかったよ、二人とも——ありがとうっ!」


シンプルな言葉で済ませてはいるものの、“美味しかった“という言葉に偽りは感じられない。

まさに、この場を十分に楽しんだということを示すサインだ。


「あの、他にももっとバリバリ保存食! みたいな本格的なのもあるんですけど、そういうのとかどうっすか!?」

「あ、じゃあ……お言葉に甘えて、それも……」


確かに、友人がさらに食事を奢ろうとしているのもわからなくはない。

それほどまでに容姿もそうだけれど——何よりも、その反応の一つ一つが魅力的だ。

雑談を少し挟みつつ、メインは食事。

どれくらい彼女が食べたかは定かではないが……後悔はしていない、と。後に友人はそう語った。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「——それで……結局、彼女は何者だったんだ?」


そろそろ時間だからと少女が去った後、友人と自分だけが残されたテーブルで、少年は抱えていた最大の疑問をぶつけた。


「……ああ、すまん。説明し忘れてたわ。彼女は、簡単に言っちまうと——配信者、なんだ」

「配信者って……あの……?」


そのカテゴライズ自体は聞いたことがある。動画投稿サイトでゲームだのなんだののプレイ風景を生配信して、確か——スパチャ、だったか。あくまでも偏見だけれど、投げ銭を集めるのを生業にしている連中だ。


「ああ。その中でも、彼女は中々の有名人なんだよ。登録者は……確か今は40万くらい、だったか? 特筆すべき点としては、守銭奴っぷりだとか、所々がめつい言動だとか、あと、お前も十分理解したとは思うがあのアバターの可愛さ。そして——プレイヤースキル、だ」


「……確かに。めちゃくちゃ強かったよな」


「あの人は——たくさんのVRMMOを巡ってるんだ。大体一本につき最低でも100時間ほど。配信外でもたくさん。その間、敵にしたのも数え切れないくらいたくさんの相手。戦闘方法も違うのばっかだ。そんな中でも、彼女が武器にしているのは、VR世界にされた動き。散々銃使ってるのに、反動をものともしてなかったよな?」


「……ああ」


確かに、と。言われてみれば思い当たる節ばかりだ。不思議な言動の数々もチャットをしているというのなら、納得できる。それに——あの身のこなしも。


「どのゲームでも、コツはある。でも——重力だとか反動だとか——演算の仕方ってのはな、使ってるエンジンで大体似通うんだ。んで、彼女はそのクセってやつをゲームごとにに理解してる。だからわかるんだよ。どう身体アバターを動かせば反動を最小限にできるか、とかな」


筋は通っている……けれど。気の遠くなるような話だ。ゲームエンジンなんて無数にある。

それを全て把握してまでやりたいことなんて、配信だけとは到底思えない——。


「——なあ、彼女はなんでそこまでするんだ……?」



「ん、そいつはな——目的のため、だよ」



◆ ◆ ◆


◆ ◆



「ああ、楽しかったぁ……。牛丼は美味しかったし、その後の保存食も意外とイケたし……あまり表現は好みじゃなかったけど」


ベッドから起きてヘッドギアを外し、少女——レイスは伸びをしながらも、満足げに声を漏らしていた。


「もう……ご飯のことばっかりね? まあ、その分撮れ高は多かったけど。《ファンビ》の時とは真逆。今度はPKじゃなくて、PKキラー。持ち味活かしまくりよ」

「あの時は確か私がPKだったんだっけ? そう考えると、長いなあ。……いっつもありがとね、ルカねえ。それで……今月の収益はどれくらい?」

「ん、大体これくらいね」


渡されたタブレット端末に映っているゼロの数を数え、彼女は息を漏らす。


「ふふっ、スパチャに加えて、ここから更にの更新……二重の収益……来月、何本買えるかな……」

「あたしの用意したアバターがあってこそ、ね。やっぱり。……まあ、それは置いておいて——目的は収益じゃないでしょ?」

「もちろん、覚えてるよ」


部屋の隅にうず高く積まれたゲームのパッケージ。未だ未開封のそれらは、少女がパッケージを開く日をずっと待っている。



「——500時間とか1000時間とか、そんなレベルじゃなくて——“永住したくなるくらい楽しいゲーム”探し」



これからも色々な世界ゲームで過ごせるのだと。少女にとってその景色はこの上なく気に入っているものだった。


「——ワクワク、してくるよね? ホントに」

「……やっぱり? こんなに楽しいのも、前向き思考にシフトしたのも……?」

「うーん、ルカねえのおかげ……かどうかは置いといて、さ」



適当に返答は隅にやりつつ、彼女は自身のブログを開くと、ヘッダーに映る『えむえむおー見聞録っ!』の文字列を見て。僅かに表情を綻ばせた。




「——確かに、配信たびを始めたおかげ……なのかもね」

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