海に沈む墓標

こぼねサワー

その声

さくの前を通ったら、"寂しい"って。聞こえた気がしたんだ、あんたの声。なんか。ひとりぼっちでポツンと。すごく……ミジメに見えたんだもん、あんたってば。あたしとおんなじ。ね? でしょ?」


 はじめて聞こえたのは、そのこえ。ことば。


「こっちの岬も、昔はもっとニギヤカだったんだってよ。けど、まわりを埋め立てとかしたら、魚がとれなくなっちゃって。サビれちゃったんだって。だから、あんた、もうとっくに用ズミなんだって。知ってた?」


 ううん。知らない。


「バッカみたい、あたし。"灯台"に話しかけてる。……そんくらい、ひとりぼっちでミジメってこと。分かる?」


 ふぅん、そうか。どうやら、ボクは、"とうだい"というモノらしい。


「あんたをつくった人は、あんたをすごく大切に思ってたんだよ。建設中のときから、あんたに、いっつも話しかけたりして。だから、あんたには人の言葉が分かるし、心も持ってる。そういうことに、しよ」


 うんうん。さんせい!

 どんな人がボクをつくってくれたのか、ぜんぜん覚えてないけど。ボクをすごく大切に思ってくれてたんだね?

 それで、おねえさんの声を聞いてると、ボクは、なんだかフワフワするんだ。このフワフワが、"心"なんでしょ?


 分かるよ、ボク。おねえさんの言ってることば、だいたい分かるんだ。

 ボクをつくってくれた人が、いっぱいボクに話しかけてくれたからなんだね? それでボクには、おねえさんのことばが分かるんだね?

 なんだかそれって、すごく、いいよね。ねえ、おねえさん?


「っわあ、なにこれ。サイコーの眺めじゃん! 海に映った夕焼け、めっちゃキレイ……」

 おねえさんが、おおきな声でいったら、サーッて、きゅうにカゼがとんできた。


 感じる。これ、ニオイっていうんだよね? 海からふいてきたカゼのニオイだよね、これ。知ってるよ、ボク。


「さーてと。そろそろ帰らなきゃ。日が沈んだら、階段のあたり真っ暗になっちゃいそうだし。ここまで登ってくるのだって、段差がキツくて怖かったんだから」


 え、どこかに行っちゃうの?

 なーんだぁ。ずっと一緒にいてくれたらいいのに。


 さっきまでのフワフワした気分が、パッと消えちゃった。

 空気が、きゅうに冷たくなったみたい。ついさっき窓をしめてくれたのにね、おねえさん。もう、カゼは入ってきてないのに。


「転校初日から遅くなると、叔母さん心配するから」


 おばさん? それ、なぁに? おねえさんをつくった人?


「そうだ。あんたさ、名前つけたげよっか? なんていうか。せっかくだから」


 ナマエ? よく分からないけど、つけてつけて!


「えーっと。灯台って、明かりをともす塔のことだから。……"アカリ"か、"トモル"。どっちがいい?」


 ううーん。おねえさんは、どっちがいいの?


「"アカリ"って、わりとアリガチ? 誰かとカブりそうかも。うん。"トモル"のほうがいいね」


 トモル? うんうん、いいんじゃないかな。


「これからは、トモルって呼ぼうっと。あんたのこと」


 ボクのこと? ボクが、トモル? ボクは、"とうだい"じゃなくって、"トモル"になったの? じゃあ、とうだいはアリガチだけど、トモルはボクだけってこと? 名前って、そういうこと?

 じゃあ、じゃあ、おねえさんは? ねえ? おねえさんの名前は? なあに? おしえてよ、ねえ、ねえ。ねえってば!


「あたし、……いよいよヤバい? なんか、ホントにあんたの声、聞こえるような気がしてきちゃったよ。トモル……」


 そりゃそうさ。こんなに話しかけてるもの、ボク。

 もっと、もっと、ちゃんと聞いてよ!


「……あたしの名前、知りたい?」


 うんうん。おしえて。おしえてよ!


香坂こうさか ひより、っていうの。あたし……」

 おねえさん、きゅうに、ちっちゃい声になって。

「あたし、……バカみたい」

 そう言ったきり、カツカツカツって足の音をさせて、遠くにいっちゃう。


 待ってよ、ねえ!

 もう帰っちゃうの? もう来てくれないの?


 ボクがいっしょけんめい聞いたら、

「また明日くるね、トモル」

 って、ひよりの声が。下の方から聞こえてきた。


 ボクは、またフワフワして。眠くなって……。

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