第14話①

 食事を終えた俺たちは4階にある映画館を訪れていた。はーちゃんが見たいと言った幼馴染みの恋愛物を見ることにした。俺たちは比較的空いている中で隣同士の席をとった。


 「…えへへ。なんか緊張するね」

 「そ、そうだね」


 薄暗い中はーちゃんが話しかけてきた。周りの人に遠慮したのか、囁くように言ってきたその言葉にゾワゾワするような何かが体の内側から登ってきた。


 そこからは無言だったけど、しばらくして照明の明るさが一段階落ちた。そこから映画のCMが始まった。そして、それも終わると完全な暗闇になった。それも一瞬で、次の瞬間には大画面に今日見る映画の制作会社のロゴが表示された。


 「…えいっ!」

 「…えーっと、はーちゃん?」


 これから映画が始まるとワクワクしていた俺に隣に座るはーちゃんから控えめに、だけど確実につつかれた。


 「…さっきのお返しだよ」

 「〜ッ!」


 はーちゃんは拗ねたような、照れたような口調でそう言った。暗がりの中横目で見た彼女はとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。それでも、本編が始まるとその世界観に引き込まれてしまった。


 その映画はお互いがお互いのことが好きなのにすれ違い続けてしまう幼馴染みの物語だった。近くにいたからこそ踏み出せない一歩。だけど、ヒロインの引っ越しの話が出たことがきっかけで、ずっと一緒にいてほしいと願った主人公がその一歩を踏み出して無事に結ばれることができた。


 「グスッ、良かったよ〜」


 横から聞こえてきたそんな声に振り向くと、はーちゃんは号泣していた。それに気付いた俺はそっとハンカチを差し出した。


 「…あ、ありがと」

 「うん。どういたしまして」


 俺ははーちゃんがしっかりハンカチを受け取ったのを確認したら彼女から視線を逸らした。泣いてる女の子をジロジロ見るのはよくないことだと思った。


 「…ハンカチありがとう。じゃあ、次に行こ?」

 「そうだね。……ハンカチは?」

 「…あ、洗ってから!洗ってから返すよ!」

 「そんなこと気にしないでいいのに」

 「私が気にするの!……それとも、りゅー君は私のな、涙が染み込んだハンカチが欲しいの?」

 「〜ッ!あ、あーもう!わかったから。じゃあハンカチは預けておくよ」

 「!ありがとう!」


 まだ涙の跡が残っているはーちゃんにそんな風に言われたら譲るしかなかった。だけどなぜか、それを俺が受け入れたときが一番嬉しそうだった。


 映画観賞を終えた俺たちは残りの1時間半くらいをどう過ごすのか話し合った。映画が2時間くらいだったので、今は2時半を少し過ぎた時間だった。まだ高校生の俺たちはあまり遅くなってもいけないから4時ちょい過ぎの電車で帰る予定だった。


 「5階がゲーセンで、6階がカラオケだって。どっちに行く?…あっ、下の階での買い物でもいいよ」

 「う〜……ゲ、ゲーセンがいいかな?」

 「了解。じゃあ、行こっか」


 悩んでいたはーちゃんは最終的に5階に行くことに決めたようだった。特に異論のなかった俺ははーちゃんと一緒にゲーセンにやってきた。


 「あれ!あれやりたい!」

 「あれって…クレーンゲーム?」

 「うん!一回やってみたかったんだよね〜」


 はーちゃんが目を付けたのは動物のヌイグルミが入ったクレーンゲームだった。その筐体きょうたいに頬が引っ付くくらい張り付いたはーちゃんは目をキラキラさせていた。


 「じゃあ、やってみる?」

 「うん!」


 はーちゃんはそう言って百円玉を投入した。俺が操作方法を教えてあげると、アームをヌイグルミの真上に動かした。そのままアームが下がってきたけど、ほんの少し持ち上がっただけでそのままヌイグルミは落ちてしまった。


 「な、なんで〜!なんで取れないの!」

 「まぁまぁ。クレーンゲームなんてこんなもんだって」

 「…も、もう一回!次こそは取れるはず」


 それから10回くらいやったけど、結果は惨敗だった。ほとんど位置の変わらないヌイグルミにはーちゃんは涙目だった。それでも止めようとはしなかった。


 「ヒグッ、エグッ。……つ、次こそ、お願い」

 「もう俺がやるよ」

 「それはダメ!…私が取らないと意味ないの」

 「そんなこと言ったって…」


 それでも失敗したはーちゃんが次の100円玉を入れる前に俺は用意しておいた自分の100円玉を投入した。


 「あっ!りゅー君!どうし、ふひゃぁ!」

 「いいから!」

 「〜ッ!」


 そして俺はクレーンゲームの操作ボタンをはーちゃんの手の上から押した。そのときに焦ったような声が聞こえてきたけど、俺は集中するために意識の外に追いやった。そして、俺はクレーンを操作した。それでも、はーちゃんも一緒に押さえていたからか、少しだけタイミングがズレてしまった。いつもなら失敗だけど、今日はそれで上手くいったみたいだった。


 「わぁ!すごいよ、りゅー君!二つも取れるなんて!」

 「ははっ、たまたまだって。それに、最初はもっと手前で止める予定だったから、最後まで動かしてたのははーちゃんだよ。だから、はーちゃんがすごいんだよ」


 最初から狙ってたクマのヌイグルミと一緒にネコのヌイグルミまでついてきた。クレーンゲームは何度かやったことある俺だけど、こんなことは初めてだった。普段との違いははーちゃんがいるかいないかだけだから、俺にとってはーちゃんは幸運の女神様だった。


 「!あ、ありがと。慰めてくれて。……ねぇ、りゅー君。私が取ったやつじゃないけど、コレ、受け取ってくれる?」


 はーちゃんはそう言ってヌイグルミを差し出してきた。その行動に俺は戸惑った。


 「えっ!?はーちゃんが欲しいんじゃないの?」

 「うん。今日の思い出としてりゅー君に持ってあげたかったんだ」

 「…そっか。じゃあ、ありがたくもらうよ」


 そう言って俺は二つのヌイグルミを受け取った。そして今度はネコのヌイグルミをはーちゃんに差し出した。


 「これははーちゃんに受け取ってほしい」

 「えっ?…でも、この子たちは一緒にいたいから二つも取れたんだと思うの。だから、それを引き離すのは可哀想だよ」


 …俺にはその発想はなかったから彼女の優しさが滲んでいた。ヌイグルミにも心があるみたいに扱って思いやる彼女の魅力に惚れ直してしまった。


 「じゃあ、なおさらこの子ははーちゃんが持ってるべきだよ。……いつかまたこの子たちを一緒に並べて飾れるように、その予約として受け取ってほしい」


 それがいけないことだということは分かっている。いつまでもずっと一緒にいたい。そんな意味の言葉を俺は伝えた。それを言えたのは、今デートをしているからか、さっき見た映画が印象に残っているからか…。


 「…りゅー君。…うん、わかった。このネコちゃんは私が預かるね」


 そうしてなんとかはーちゃんにヌイグルミを渡すことができた。それからもはーちゃんがやりたいと言ったゲームを片っ端からやっていった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって俺たちは電車に揺られていた。少しだけ寂しい気持ちもあるけど、その何倍も俺は充実感を感じていた。


 「…ねぇ、りゅー君。今日は楽しかったね。…でも、ちょっと寂しいかも」

 「俺も楽しかったよ。…また、来ようよ、絶対」

 「!そう、だね。また来れるもんね」


 俺の隣でヌイグルミの手を動かしてたはーちゃんが漏らした言葉に俺はそう返した。それではーちゃんの表情がよくなったから、正解の返事ができたと信じたい。…俺もまたはーちゃんと、好きな人とデートしたいからな。

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