望まず天使になってこの世界に絶望していたらアナタに救われた件

ちさとちゃん

episode1 天使と悪魔

 この世界には、古来から天使と悪魔が存在する。悪魔は時に人の身体に取り憑いて超人的な力を付与し、この世界を破壊しようと悪逆非道の限りを尽くす。


 そんな悪魔に対抗するべく、神からの贈り物なのか、十五歳になった少女の一部はなんの適性があるのか定かでは無いが、"天使"の力に覚醒する。


 天使は大体どの時代も、全国に三百人程存在する。そして天使となった少女は、普通の少女とは違い悪魔を討伐する戦いの日々に切り代わり、また犯罪者の抑止力として使われたり、街の規範になる様な生き方を、十八歳で天使の能力が消えるまで強いられる。


 それに加えて天使の能力に目覚めた者はどれだけ生きれて二十五年で寿命がくる、中には自分の未来に絶望して天使としての能力に目覚めた時点で自殺する少女もいる。


 ⋯⋯かく言う私も、天使になんてなりたくなかったし、自殺する女の子の気持ちはよく分かる。天使に任命されると周りからは羨望の眼差しを向けられるか、はたまた軽蔑の視線を向けられるどちらかだ。そして私は後者である。


 天使とは言え、平日の昼間は悪魔による事件が起こらない限りはごく一般的な女子高生な為、教室に響く教師の声とチョークを黒板に刻む軽快な音が耳に入ってくる。


 普段ならそれに意識を合わせて板書する所だが、生憎今日はそんな気分にはなれず、窓の外をただぼやぼやと見つめる。


 窓の外を見つめると、グラウンドで体育の授業をしている男子達が見えた。


 サッカーの授業らしく、サッカーが得意であろう男子は楽しそうにボールを独占して、その場を制している。傍から見ると、悩みなんて無さそうに見えて羨ましく思える。


「楽しそう⋯⋯」


 悩みのない人間なんていないんだろうし、彼等にも彼等なりの悩み、例えば進路とか恋とかの悩みがあるんだろうけど、私にとっては所詮他人の悩みなんて物はちっぽけな物に過ぎず、その程度の悩みを悩みと呼べるなんて、性格悪いかもしれないけどこれもまた羨ましいなと思う。


「えーそれでここが、この公式を使ってだな⋯⋯」

 相変わらず教師の少し太い声が、私の耳に入ってきてかなり煩わしい。今はただ何も考えずに時を過ごしたいのに、中年の教師は配慮がなくて嫌いだ。

「おい、レミリエル。お前今の話聞いてたのか?」


 そんな事を考えていた罰なのか、中年の教師から少し苛立ちの含まれた声で私の名前が呼ばれた。


 天使になった少女は国から国名として天使としての名前が名付けられる。今はレミリエルが私の名前だ。

「すみません、少し意識が逸れていました」

「ふん、そんなだから先の事件で相棒が死ぬんだ。

 少しは反省した素振りを見せたらどうだ」


 教師がそう言うと、周りのクラスメイトからくすくすと嫌味な笑いが起きた。人の触れてほしくない部分になんの遠慮もなく土足で踏みにじってくる。やっぱり私はこういう無神経な中年の教師が嫌いだ。


 ⋯⋯この行き場のない感情を何処にやるべきか分からずに、誰にも気付かれぬ様にギュッと拳に力を込めた。


 考えない様にしていたけど、どうやらそれを周りは許さないらしい。⋯⋯三日前、私の相棒が死んだ。


 天使は二人一組でバディを組み悪魔と戦う。私の相棒は、私を庇って悪魔に殺された。もちろん後悔はしたし、たくさん泣いた。それも吐くまで。


 けれど何時までも引き摺っていたら次の悪魔討伐でベストな動きが出来ない。私が悪魔にやられて死ぬのはいいとしても、民間人に被害を出す訳にはいかない。天使になったからには過去を悔やむ暇なんて無い、無情なまでの切り替えが必要だ。


「はい今日の授業はこれで終わりだ。ほれ日直!」

「起立、気を付け! ありがとうございました!」


 チャイムが鳴り授業が終わると、やっと中年の教師は教室から出ていった。その様子を見て安堵をするが、中年教師の代わりのつもりか、クラスメイト達の視線が私にひっそりと向けられ始めた。


 そして皆それぞれ小声で何かを語り始める。


 話の内容はよく聞こえないものもあるけれど、聞かなくても大体分かる。相棒を死なせた事に対する私への悪口だ。どうやら私の切り替えは、クラスメイトや世間に私を冷酷で残忍な人間に見せるらしい。


「アイツ、また相棒死なせたんだってな。なんでレミリエルに天使の能力なんて備わってるんだろうな」

「天使ってただでさえ長生きできないのに⋯⋯相棒の天使の人可哀想! レミリエルちゃん最低だよ!」

「レミリエルっていつも一人でいて、ろくに喋んないし何考えてるか分かんなくて不気味なんだよな」


 悪口を言ってるクラスメイト達はとても楽しそうに見える。相棒を死なせたという致命的なミスをした私に正論をぶつけて、自分の正当性に酔いしれてるんだろうな。正直私から見たらどのクラスメイトも⋯⋯


「気持ち悪い⋯⋯」


 うっかり気持ち悪いという心の声が漏れてしまった。私の声を聞いた周囲にいたクラスメイトが私の席を目指して歩みを進める。その顔は私に何か言ってやろうしている顔だ。


「なぁレミリエル、お前今気持ち悪いって言ったか?」


 案の定、男子のクラスメイトが私の席の前に立って睨みを聞かせて言ってくる。その顔は私を酷く軽蔑した顔だった。こういう視線を向けられる事には慣れたけれど、時折心が避けてしまいそうな、泣き出したくなるな瞬間がある。


 丁度今がその瞬間で、涙が溢れだしそうになるのを必死に堪えて、俯きながら答える。


「い、言ってない⋯⋯」

「嘘つけ。さっき言ったろ、俺達のこと気持ち悪いって。言っとくけどな、一年で五人も相棒死なせてるお前の方が余っ程気持ち悪いぞ?」


 十五歳の頃、私が天使になってからから一年の間に、私の相棒は五回も交代している。これは中々に異例な数字だ。理由は全員悪魔に殺されたから。そして何故か毎回私は生き残ってしまっている。


 男子のクラスメイトの言葉は私の返事を待たずに追い打ちをかける様に続く。


「お前、周りからなんて言われてるか知ってるか? 」

「⋯⋯⋯⋯」

「はぁ、死神だよ。お前と組んだら絶対死ぬから、この学校中でみんなにそう言われてる」

「天使に選ばれたから最初はどんな凄い奴かと思ったけど、死神だし暗いし喋んないしどんだけお前気持ち悪いんだよ」


 考えない様に、考えない様にしていたのに、クラスメイトの遠慮のない物言いに、封じ込めていた罪悪感が私の心の中で溢れ出そうになる。


「っ⋯⋯⋯⋯」

 殺したのは悪魔なのに、私だけ生き延びた。私はどんな顔をして生きたらいい? それか本当に私は死神で、相棒を殺したのは悪魔じゃなくて私なんじゃないか? 切り替えが出来なくなるから考えない様にしていた思考が止まらなくなって、教室の中とか関係なく、今にも思い切り発狂したくなる。


 もう、我慢の限界かもしれない。思い切り全部さらけ出しちゃいたい⋯⋯。


『ジリリーーーーー!! 悪魔発生!! 天使レミリエル、直ちに現場に急行せよ!』


 幸か不幸か、私の発狂を止めたのは悪魔の出現を知らせる緊急通知だった。









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