悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

第1話 叫ぶ悪役令嬢

「おい、見たか？」

「ああ。確かに見た」

「こんな状況で良くワインが飲めるわね」

「やっぱり悪役令嬢だったのね」

　え？今何て言った？悪役令嬢⁈

　慌てて背後を振り向くも、全員がサッと視線を逸らすので誰が今の台詞を言ったのか見当がつかない。

　その時――。

「いい加減にしろっ！アンジェリカ・デーゼナーッ‼」

　アンジェリカ・デーゼナー⁈

　え⁈まさかその名前って……‼

　驚きのあまり、名前の人物を探そうとキョロキョロしていると何故か周囲のざわめきが大きくなる。

「名前を呼んでいるのに無視をするな！」

　すると銀髪の青年が1人の女子学生の手を引き、こちらへ向かって大股で歩いてくるのが目に入った。そして青年は私の正面で足を止めた。

　その距離、僅か1ｍ程と言うところだろうか？しかも何故か酷く激怒した様子で私を睨みつけている。

　私は青年を注視した。

　銀の髪にアイスブルーの瞳……。間違いない‼彼は……私の書いたゲームシナリオのキャラクターで……。

「アイザック・ローゼンハイム‼」

　思わず指さしていた。

　彼は私の書いた乙女ゲーム『ムーンライトの騎士』に登場するメイン・ヒーローであり、この国の王太子。

　そして悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーの婚約者だ‼

　まさか……ここは私の画いたゲームの世界⁈

「お前……散々、セリーヌに嫌がらせを働いただけでなく……今度は王太子であるこの私を指さすのか⁈不敬罪でこの場で処罰してやろうかっ⁈」

　よく見ると、アイザックの腰にはロング・ソードが差してある。

　そうだ……。

　彼はこの国の王太子であるにもかかわらず、ソードマスターだった。

　アイザックは腰の剣に手を伸ばした。

　斬られるっ！思わず目をつぶったとき……。

「お待ち下さい！アイザック様！」

私がいけないのです！元はと言えばアンジェリカ様はアイザック様の婚約者だったのに……私のせいで……」

　女性の声が響き渡り、恐る恐る目を開けてみる。すると、アイザックの腕にしがみつく栗毛色のフワフワの髪の女性の姿。

「セリーヌ。だがしかし……あの女は聖女であるお前に悪質な嫌がらせをしてきたのだぞっ⁈それを許せると思うのか⁈」

　あの女性は、このゲームのヒロイン。セリーヌ・ティティス。

　彼女がメイン・ヒーローのアイザックを選べば、彼の婚約者であるアンジェリカに数々の嫌がらせを受け……好感度がマックスになれば……ってあれ？

「ま、まさか……」

　私は震える手で顔をペタペタと触ってみた。

　駄目だ！触っただけでは自分が悪役令嬢アンジェリカになっているかどうか分からない。

「か、鏡……鏡は……」

　急いでポケットに手を突っ込むと、何かに触れた。迷わず掴んで取り出すと、やは手に触れたはははコンパクトミラーだった。それを見て、更に騒めく学生達。

「おい、見ろよ。こんな時でも鏡をみるつもりか？」

「全くふてぶてしい態度だな……」

「親にも捨てられたくせに」

　私は周りの言葉を無視し、コンパクトミラーを開いて鏡を覗き込み……。

「そ、そ、そんなぁ～っ‼」

　思わず大きな声で叫んでいた――。