第7話 キラーブレイク・3

「キラーブレイクは換装しなくても使用できる。もちろん一般人もな。だがキラーブレイクを起動して換装することによって身体機能の上昇、そして武器の出し入れが簡単になるという利点がある」


 左手首のリストバンドは、装着者のキラーブレイクに反応して起動する仕組みになっている。起動すると登録済みの隊服に換装し、登録済みの武器が使用可能になるという、レイド隊員には必要不可欠な代物だ。加えて身体機能も上昇するので戦闘にもおおいに役立つのだ。

 そして武器。日桜ノ国には至るところに武器屋があり、一般人でも護身用として武器を購入することができる。しかし大きければ大きいほど持ち歩くのは大変だ。そういった武器はリストバンドに登録しておけばキラーブレイクを起動させることで出し入れ自由になるので、いちいち持ち運ぶ必要はなくなる。レイド隊員の特権と言えるだろう。


「あの、愛花と荒宮さんの右手首にもついてる方は…?」

「これか」


 愛花と荒宮の右手首には、左手首と同じくリストバンドがつけられていた。真ん中の石がなく、代わりに小さな黒い液晶のようなものがついている。

 荒宮は指でそれをスライドさせた。


「『よぉ愛花、こちら荒宮。茶ァ美味かったぜ』」

「『こちら樹村。それは良かった』」


 声が二重になって聞こえた。通信機だ。


「一応ホログラムで表示されるんだが、大体の隊員は自分以外には見えないように設定してんだ。プライバシーがどうのこうのってな」

「まあこれで連絡取れるのはレイド隊員くらいだけどね。隊とか班の連携に必要になってくるから」

「あれ?でもそれ、換装前まではついてなかったような…」

「そ。これも換装の一部なの。左手首で換装のオンオフ、換装したら右手首で通信が可能ってわけ」


 換装しなきゃ使えないけど、換装してない間は携帯端末があるでしょ、と言わんばかりの愛花に、飛鷹はたしかにと納得する。


「キラーブレイクはそれだけじゃない。キラーブレイクはその名の通り、敵を倒すための能力だ」

 

 荒宮は飛鷹に双剣を見せた。


「おれのは個人専用武器で左の朝凪あさなぎ、右の夜波よなみ。ジャンルは双剣だ」


 荒宮が見せてきたものをよく見ると、どちらも柄は青いが朝凪は刀身が銀色、夜波は刀身が黒色をしていた。


「すげぇ、綺麗ですね」

「まぁな。こういう武器にキラーブレイクを纏わせることで」


 荒宮は夜波で軽く空を凪いだ。すると、ガシャン!!と、窓際に置かれていた花瓶が割れた。


「あっやべ、ここ訓練室じゃなかったわ」

「もー、荒宮さんおっちょこちょいですねぇ」

「窓が割れなくて良かったぜ」


 おっちょこちょい、などと言ってなぜかのほほんとした空気になっているが、飛鷹は恐怖で体を震わせていた。荒宮が怖いとかいうわけではない。むしろいい人の分類であろう。喫煙者であるにも関わらず飛鷹や愛花を前にしてから吸っていないこと、お礼をしっかり言うことを理解してからは彼が怖いと思うことは改められたのだが。それはそれだ。

 なんだ、先ほどの威力は。荒宮は夜波を軽く、まるで冗談で斬るように凪いだだけに見えたのだ。それが、気がつけば15メートルほど先にある花瓶を割った。たしかに風圧は感じた。現に今、飛鷹のすぐ横を通った風圧というか攻撃というか、とにかくそれが飛鷹の頬の薄皮を掠めていったおかげで飛鷹の頬からはつぅっと赤い液体が垂れている。軽く振っただけでなんであの距離の花瓶が割れるのかと、飛鷹の頭には疑問符しか浮かばない。


「い、今のは一体」

「今のが、キラーブレイクの本来の使い方ってやつだ」


 にやりと笑う荒宮に、頬を伝う血をティッシュで拭われる。


「敵を攻撃できないで何がレイド隊員だ。一体何のための組織だ。キラーブレイクは勝手に出るんじゃねぇ、自分の意思で使うもんだ」

「自分の、意思で…」


 今まで飛鷹は自分でソウルを出そうとしたことはなかった。いつもあちらが出てきて、満足したら消えていく。そんな存在だった。だけど自分の側にはそんなことができる人間などいなかった。だから飛鷹は遠巻きにされ、気味悪がられた。唯一美郷だけが、側に近づいてきてくれた。

 ふと、飛鷹はあることに気がつく。


「美郷ッ!!あいつ、リストバンドしてた!!」

「うぉ、なんだ急に。美郷って小雨美郷か?」

「十番隊の小雨美郷先輩?それがどうしたの、飛鷹」

「十番隊!?やっぱあいつ、レイドの人だったんだ!?」

「あ」


 あちゃあ、と顔をした愛花が、肩をすくめた。まるでバレちゃしょうがない、と言わんばかりだ。


「美郷、おれには何にも言ってなかった…」

「あー、ほら、レイドって危険もあるしな、うん。レイド隊員と仲のいい一般人がレイドアンチに襲われたって話もあるくらいだし」

「……美郷先輩は飛鷹を守りたかったのかも」

「え?」


 目を右往左往させて狼狽える荒宮に続いてぽつりと言った愛花は、左手首のリストバンドをそっと握った。


「影光属性はレイドにとって、喉から手が出るほど欲しい存在。本来なら去年のうちに無理にでもレイドに引っ張ってきたって良かったはず。それが今になって先延ばしになったのは多分……美郷先輩が飛鷹のレイド入りを拒否したから」

「おれのレイド入りを……拒否?」

「言ったでしょ、去年はあなたに近づけるレイド隊員がいなかったから、私の入学を待つことになったって。美郷先輩は去年の時点で正式なレイド隊員。なら美郷先輩が飛鷹をレイドに引き込むことができたはず」


 たしかにそうだ。美郷は飛鷹にとって親友という立ち位置にいる。レイドからしたら飛鷹に近づいても全くおかしくはないのが美郷だったはずだ。それを美郷が拒否したことによって、一年遅くなったのだ。


「でも、なんで」

「…そりゃあ、影光属性の価値なんてもはやダイヤモンドみてーなもんだからな。こき使われんだろうし、戦う意思もない奴じゃ耐えらんねーよ。しかもお前、自分でキラーブレイク使ったことねぇんだろ」

「それに影光属性はハイリスクハイリターン。影を切り離してみたら暴走して、影が自分のところに戻って来ず、そのままキラーブレイク量が限界突破して亡くなったとかって話もあったみたいだし」

「キ、キラーブレイク量の限界突破…?」

「あー、キラーブレイク量な。人によって量が変わるんだが、その量を超えてキラーブレイクを出し続けると身体が弾け飛ぶんだ」

「えっ怖ッ」


 ソウルは飛鷹のキラーブレイクによって現れるものだ。ソウルが現れていると飛鷹からはどんどんキラーブレイク量が減っていく、という仕組みらしい。


「飛鷹みたいに消えてくれるならいいんだが、そいつの影は消えなかったらしいな。ここが影光属性の難しいとこなんだよなぁ」

「影光属性の人で完璧に使いこなせてる人は多分変態だよ」

「おいおい、それ伊万里とか五月いつきに言ったら殺されんぞ」

「おっと私もおっちょこちょーい」


 てへ、と笑う愛花に気が抜ける。飛鷹は湯呑みに淹れられた茶を一気に飲み干すと椅子から立ち上がった。


「ちょっと、美郷を半殺しにしてきます」

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