第4話 地下通路にて・3

「……ごまん?」

「残念、ゼロが三つ足りません」

「ごせんまん!?!?」


 気が遠くなりそうな金額だ。もちろん、飛鷹の財布にも口座にもそんな金は入っていない。保釈金にしては聞いたこともない金額を提示され、飛鷹はガタガタと震えた。


「つ、つまりおれがやったのはそれだけ重大な事件だったってこと…?」

「そうですね。なんせ日桜ノ国でも10%しかいない影光属性が、許可なく一般人相手にキラーブレイクで攻撃したんですから。自我のない赤ん坊ならともかく、自我を持った子供。そして相手は重傷で一時は生死の境を彷徨ったとか。たった一人の子供相手にレイド隊員が数名派遣されました。とんでもない事件ですよ」

「わあ…」

「幸いにも小刀祢先輩はキラーブレイク量が50以上。レイド隊員になる資格はありますし、保釈金が払えない以上レイド隊員になってレイド側についてもらわないといけないんですよねぇ」


 そんな愛花の言葉に、飛鷹は天を仰いだ。真っ白な天井と、灯されたライトが目に入る。

 どうやら飛鷹にはレイドに入るという選択肢以外残されていないようだ。


「……分かった、入るよ」

「それは良かったです。キラーブレイク50以上、高校生以上。レイド隊員になる条件は満たしていますし、なにより影光属性。きっと重宝されますよ、小刀祢先輩」

「そりゃあ何より。…あー、樹村さん?そんなにかしこまらなくていいよ。レイドの歴で言ったらおれの先輩にあたるんでしょ」

「じゃあ飛鷹」

「そこまで砕けろとは言ってないね!?」

「レイドだと私が先輩だけど、人生じゃ飛鷹が先輩なんだから、私のことも気軽に呼んで」

「樹村」

「却下」

「なんで!?」


 あはは、と愛花が笑う。今まで鋭い目つきで表情もほとんど動くことがなかっただけに、彼女が少なからず緊張していたのだろうことが分かる。


「やっぱ美少女は笑っても笑ってなくても可愛いんだなぁ」

「は?なに?」

「いーやなんでも。まあでも樹村は笑ってる方がいいと思った」

「愛花」

「はいはい愛花ね」


 愛花の三歩後ろを歩いていた飛鷹は、少し歩みを早めると彼女の隣に並んだ。

 それを見た愛花はぽつりと呟く。


「生意気」

「どっちがだよ」


 長い廊下はまだ続いている。飛鷹は相変わらず天井を警戒しながら、愛花の隣を歩いた。




◇◆◇


 長い廊下は何度目かの角を曲がったところで唐突に終わりを告げた。

 体育倉庫から入った時のように、階段がある。愛花は階段を登ると、左手首のリストバンドをまたピッと当てた。天井を押し上げるとハッチが開く。顔を出せばそこは、


「台所なんですけど!?どなたのお宅!?」


 どこかの誰かの家の台所の、床下収納に繋がっていた。


「大丈夫、ここ放棄地帯だから。どこの誰のお宅だったのかは知らないけど」

「それ本当に大丈夫なのか!?」

「大丈夫。放棄地帯は国から捨てられた地帯と言われてるけど、そこを管理してるのはレイドだから。好き勝手したところで国や一般人からの文句はないよ」

「そ、そうなんだ…」


 地下から地上へと出てきた二人は、誰の家かも知らぬ家を出る。綺麗に晴れた青空に堂々と輝く太陽が眩しくて、飛鷹は目を細めた。


「で、そろそろ答えて欲しいんだけど、どこに向かってんの?レイド?」

「レイド本部は日昇地区にあるからここから徒歩移動なんて無理。今から向かうのはあそこ」


 愛花は何軒か隣にある家を指差した。少し大きく見えるその家の前に出ている看板には、遠目だが『民宿』の文字が見える。


「え?なに、泊まるの?てかやってんのか、あそこ」

「あそこは私が所属するレイド百番隊の隊舎。他の地区もそうだけど、基本的に放棄地帯に隊舎がある隊はその辺の家とか施設とかを隊舎にしてるの」

「へぇ…」

「そんなことより、それしまったら?」


 愛花が飛鷹の足元を指差した。見れば案の定、楽しげにしている飛鷹の影。


「あー…ちょっとソウルくん、戻って?」

「ソウルくん…?」

「こいつの名前。幼少期のおれが命名した」

『ケケケ、名付けのセンスがねぇんだよォ、オイラの主はァ』

「うるさい」


 ほら早く、と飛鷹が手を振れば、ソウルと名付けられた影は仕方なくといったようにスゥッと元の影の中へ消えていった。

 残されたのは何も言わず、飛鷹と同じ動きをする通常の影。


「すごいじゃん。影と意思疎通できるとか初めて聞いたよ」

「このせいで友達からは気味悪がられたけどな」

「見る目がないね、飛鷹の元友達は。レイドなら喉から手が出るほど欲しい能力だよ」


 二人は民宿の前に来ると玄関の呼び鈴を鳴らした。


「…隊舎なのに呼び鈴鳴らすんだ?」

「飛鷹はまだお客さんだから。私一人だったら呼び鈴なんて鳴らさないよ」


 呼び鈴を鳴らしてすぐ、愛花は「忘れてた」と言って飛鷹の方を向いた。


「百番隊って、レイドの中でも異端児が集まってると言われてるの」

「はい?」

「色々と問題を起こして百番隊に飛ばされた人とか、レイドじゃ手に負えなくて百番隊に追いやられた人とかの集まりだから、おかしなことが多々あるかもしれないけど気にしないで。それがうちの通常だから」

「え、何?怖いんだけど…。それってつまり愛花も」

「うるさい私は問題なんて起こしてないからめちゃくちゃ強かっただけだからつーか百番隊気に入ってるし超好きだよ私は」

「何!?愛花なんか乗り移られてない!?『つーか』とか『超』とか言うタイプじゃないと思ったんだけど!?」


 飛鷹と愛花がそんな会話をしていると、中からバタバタと足音がした。

 そして玄関の扉がゆっくりと開かれた。

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