二話 大人な雰囲気

 お昼からの講義はどうも集中出来ない。というのも、昼食後に約90分の授業に集中力が足りるかと言われればそんな事はない。

 みんなお昼の講義は面倒に思う人が沢山いる。私だけではないのだ。

 中には自分専用の小さいクッション枕を持参する生徒もいる。まぁ大抵教授にお叱りをいただくハメになるが、懲りない人は全く懲りない。

 そんな中、私は午後の講義を面倒に思いながらも単位習得の為に取りに行くのだ。

 だが、私の隣に座って講義を待っている彼女は違う。彼女は私のような腑抜けた思いで講義を受けていない。講義が始まる前に、その内容に沿った専門分野の知識本を読んでいる。

 盗み見をするように、彼女の読んでいる本のタイトルを目で追った。


 『日本経済社会図鑑〜ミクロ社会・マクロ社会編〜』


うん!私は読まない。

 こういう難しい本は一切読まない。というか読んだ事ない。

 専門学者、またはこういう大学に講義を行う教授が読む本だと私は思う。

 分厚く、紅色という色合いが相応しい表紙のその本を、彼女は静かに読んでいる。

 

 「………へぇ………」


 「…うん?どうしたの?あみ」


 目があった。思わずじっと見つめてしまった。


 「え?あぁ、いや…なんか難しい本読んでるなぁって。いつもなんか講義前、本読んでるからさぁ。今日は何なのかなぁって」


 「なんだ、そういう事だったんだ。さっき昼ごはん食べたから、顔になんかついてるのを見つけて、それを見てたのかなって思った」

 

 「あぁ、いや。別にそんなんじゃないよ。明日奈ちゃん、また難しそうな本だなって思ったの。今日は経済学の勉強なんだ」


 「まぁね。この講義の内容とちょっと似てる部分があるからさ。前回の復習程度で見ていただけだよ。まぁ、この前借りた本だけど」


 やっぱり図書館で借りたんだ。

 明日奈は本当に勉強熱心だ。いや、私が勉強不足なのかもしれない。

 私が読む本は、最新アニメ化される漫画、ネットで評価が高かったライトノベル。あとは、適当な百合、BL、恋愛少女系、ギャグ漫画くらいだ。だから明日奈の読んでいる本は、私にとって大人な世界。まだそっち側に踏み込めてない私の方がまだまだなだけに違いない。

 明日奈はゆっくりと本を閉じた後、持参のカバンの中に仕舞う。


 「ね、今日朝から遅刻しちゃってさぁ。午前中の講義聞いてなかったんだ。ほら、この前言ってたやつ。言ってなかったっけ?がさぁ、………のやつで…」


 「……」


 私は途中で話を聞いていなかった。


 「……なんか急に難しいく…ねぇ?あみ。大丈夫?」


 「………え?」


 「なんかボーッとしてたけど?」


 「あっ、ごめんごめん」


 「あっ、もう来たね。教授」


 彼女は教授が立った演台の方に首を向ける。

 

 『アタシって言われたら、なんか女性に見えるなぁ。でも言わなかったら男の子か女の子かわからないなぁ、明日奈ちゃんって』


彼女の摩訶不思議な部分がそれなのだ。女だって事は認識できる。

 その証拠として、彼女には胸があるのが見える。その膨らみは完全に女性が持っているものだ。横から見たら、それは周りの大学生女性を見ても引けを取らない程にある。

 少なくとも私よりある。やかましい!!

 そして、彼女の手は天井のライトによって照らされ、宝石のように光が反射してキラキラに輝き続けている程に色白く、何より細く揃った指が羨ましいと思う程である。

 それらの要因が彼女が女性であると言える。

 しかし美少年、あるいはもう大学を卒業してビジネスでも立ち上げていそうなバリバリのキャリアウーマンのようだと勘違いしてしまうのは、その声もそうだが、何より整ったそのフェイスである。


 『本当に私と同年齢?』

 また不思議に思ってしまう。

 いくら10代前半あたりの童顔な男子中学生でも真似できないであろう、肌の色白さと小顔。眉やまつ毛を弄ったりなどもしていないように見える。そもそも化粧自体をどれくらいしているのかが不思議に思う。

 肩あたりまで伸びたショートカットヘアーだが、最近流行りの髪を自然の中で生きる狼のような整った仕上がりの【ウルフヘアー】と呼ばれるやつであろう髪をしている。カラーもそれに近い灰色?シルバー色?だった。

 そして、いつもどこか余裕を見せるような姿勢と表情。そこが大人な雰囲気を醸し出しているのだ。


 そんな彼女がこちらを見て、軽く微笑むだけで、何故か私の視界に入ってキラキラの演出が入っていく。


 「……はっ!?」


 「またアタシの事ボーッと見てる」


 「あっ、いやごめんごめん。つい」


 自分で自分の頭の後頭部を撫でて誤魔化した。


 そして彼女は教授の方に再び向いた。

 

 



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