37 悪魔討伐:決着

「そのナマクラ剣と貧弱な腕で、俺をどうする気だ」

「ナマクラ? これは悪魔を倒す、最強の剣だ」


 悪魔はせせら笑う。空威張りだと思ったようだ。

 そして彼はアルテミシアと言葉を交わしながらも、レベッカに気を取られている様子だった。アルテミシアはあくまでも抹殺の対象でしかなく、戦力的な脅威とは考えていないらしい。

 好都合だった。


「戦いの前にどうしても言いたいことがある」

「命乞いか?」

「……東の森にお前が描いた、脱出用の転移魔法陣。

 消しといたから」


 その一言で、悪魔の顔色が変わった。

 転移には距離に応じた膨大な魔力が必要。そして悪魔は散々戦わされて魔力を消費させられているのだ。


 悪魔が脱出の備えを用意している、という事は昨日の戦いから推測できた。

 偵察兵が、ちょうど悪魔の通り道になりそうな場所を探したところ、それはあっさり見つかったそうだ。

 だが、敢えてそれを破壊せずに監視だけしていた。

 乾坤一擲の、この時まで。


「魔法陣が無くても転移はできるけど、魔力消費は三倍くらいになるらしいね?」

「てめえ!」


 焦りと、思い通りに事が運ばない怒りで、悪魔は反射的にアルテミシアへ斬りかかろうとする。

 レベッカから意識が外れたのは一瞬。それはレベッカにとって充分すぎる隙だった!


「ごぶっ!?」


 まるで空間を歪めたかのような速度でレベッカは距離を詰め、一撃!

 横薙ぎに振るわれた大斧は、悪魔の腹部を覆う鎧を破砕しつつ、弾き飛ばした。ライナー性の当たりで、悪魔は道脇に積み上げられた鉄くずの山に頭から突っ込む!


「……の野郎、いい加減にしろぁ!」


 もちろん悪魔は無傷。

 仮に傷を負っていたとしても、そんな掠り傷はすぐに消えてしまう。

 悪魔は跳ね起き、追いすがるレベッカの次の一撃を……受け止める!


 二合、三合、四合打ち合い、悪魔は退きつつも揺るぎ無し。超重量級武器の攻撃を受けて耐えられるのだから、悪魔の怪力はやはり超常のものだった。

 悪魔の持つ剣もまた、名のある品に違いない。竜巻の如く熾烈に振るわれる、レベッカの斧を受け止め、折れぬ。


 そして五合目。

 悪魔の足が、煤けた鉄靴サバトンが、大斧の圧力を受けて石畳を深く踏み抉り……止まる!

 大斧と剣が押し合う鍔迫り合い状態。


 いや、違う。これはアルテミシアにも分かった。

 悪魔は切り結んで勝とうなどと思っていない。この剣は最初から盾にする気だ。

 攻めの手は、魔法だ。それも魔力残量は既に厳しくなっているのだから、確実に仕留めるタイミングを狙い澄まして使ってくる。


 つまり、今だ。


「避けて、お姉ちゃん!」


 敢えて声を上げた。もちろんそれを悪魔も聞いていると、承知で。

 悪魔の注意が自分にも向いた、その瞬間。

 アルテミシアは、道脇の建物の壁に這うように渡されていたロープを、剣で切り落とした。


 途端、建物の二階の窓から、大量の鉄くずが噴き出した。


「何だ!?」


 鉄くず置き場から拾い上げたゴミを使って、防人部隊の工作班によって用意されたトラップだ。

 ただ鉄片を降らせるだけではない。鉄片にはゲル化した爆発エクスプロードポーションが少しずつ塗りつけてある。

 それらは落下の衝撃で、炸裂!

 爆発し、跳ね上げられては石畳に打ち付けられて、また爆発した。


 ……そんなものが、悪魔とアルテミシアの間に大量にぶちまけられて、爆ぜながら転げ回った。


 レベッカはアルテミシアの合図で退いたが、そもそも降り注いだ鉄くずは、レベッカにも悪魔にもほぼ命中していない。ただ散らばっただけだ。

 仮にそれが命中したとして、どれほどのダメージになったかは不明だが。


「……くくくくく、あっはははははははは!!」


 悪魔は、笑った。腹の底から愉快そうに笑った。


 そして悪魔は、打ち上げられた小魚のようにいつまでも跳ね回っている鉄片の一つを、踏みつける。


「なんだ、このオモチャは?

 うるせえだけじゃねえか」

「ヒーローになるのも悪くないって、思ったんだけどなあ……

 でもやっぱり俺は、弱いから」


 ズゴン、と。

 世界が丸ごと揺れたような重低音が鳴り響いた。


「…………あ?」


 痛みを通り越して別の感覚に思われたのか、意表を突かれたせいで認識が遅れたのか。

 悪魔はただ、呆けた声を上げた。


 鎧の穴をおし拡げ、悪魔の身体を背中から貫通して、石畳を割って突き刺さっているものがあった。

 まるで建物の基礎にする杭か、騎士が用いる馬上槍ランスのような大きさだが、これは攻城弩バリスタの弾丸だ。

 その矢柄シヤフトに当たる部分には深い溝が何本も掘られ、粘性を持たせてゲル状にした麻痺毒パラライズポーションがたっぷりと仕込まれていた。


 発射の音はした。風を切る音もした。ただそれがだけ。

 まあ、音が聞こえなくても、空を見ていれば気付けたかも知れない。騒々しく跳ね回る鉄片どもと空を。


「こういう手しか使えないんだ」


 アルテミシアは、ほうっと長い息をついた。

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