35 悪魔討伐:導き
魔法の炸裂する音と光が切れ切れに届く横丁。
「なあ、おい」
防人部隊の兵士たちが三十人ほど、まるで古の
「俺らの仕事、これだけか?」
「じゃ、お前、あれと戦えるのかよ」
「そりゃ、まあ……そうなるよなあ」
二人の兵士が小声で囁き合う。
彼らの名が英雄として語られることはないだろう。
彼らの名が史書に残ることはないだろう。
突出した技能も特別な地位も無い者たちだ。
だが彼らはここに居る。
「狙えよ! だが、狙いすぎるな!
逃げ場を無くせ!」
小隊長の檄が飛び、二人は投槍器を担ぐように構える。
二人のうち片方は、行軍とその後の戦いで薄汚れてしまった包帯を腕に巻いていた。
「その腕、もう治ってるだろ」
「うっせえ。この包帯が俺の幸運の証なんだよ」
筋骨逞しい腕を包帯越しに撫でて、兵士は戦意を揺るぎ無きものとする。
「
「放てぃ!」
悪魔と戦う騎士たちが、横丁と大通りが交差する四辻に悪魔を引き込んだ。
その瞬間、号令一下。兵士たちは一斉に鎗を投じた。
*
鎗の雨が降った。
熟練者にしか扱い得ぬ重量級の投げ鎗は、強力な武器である。
その物理的貫通力もさることながら、込められる魔法の量が矢とは異なる。
マジックアイテム化された鎗は、その鋭さを更に増し、時には重装甲の盾すらも貫くのだ。
雨あられと擲たれた鎗を見て、悪魔の動きに迷いが生じる。
回避できるなら回避するべきだ。回避できないなら……さてどうする。魔法で防ぐか、それとも再生能力に任せ、食らってもいい攻撃なのか。
逡巡。そして悪魔は最終的に、魔法によって光の壁を展開し、身を守った。
だがそこに鎗が、刺さる、刺さる、突き刺さる!
そして遂に一本の鎗が、障壁をかち割って、鎧をぶち抜き、悪魔の太ももを貫いた!
「…………痛ってえじゃねえか、ゴミが!」
悪魔は、太ももの裏から鎗を引き抜く。するとすぐに、足に穿たれた穴は塞がった。
だがその隙は大きすぎる。
「≪
「≪
「≪
「≪
杖を持つ騎士たちによって色とりどりの魔法が、足を止めた悪魔目がけて打ち込まれた。
何が起きているのかも分からないほどデタラメな爆発が起き、その余波で、周囲の建物に残っていた窓ガラスが悉く吹き飛んでいく。
「≪
次の鎗を構える兵士たちを見て、悪魔は魔法を防ぎつつ建物の陰に逃げ込む。
だが騎士たちもそれを逃さない。
「【
四人の騎士が揃って杖を振り、魔力の経路を繋ぐ。
「「「「≪
空が一瞬、真昼の如く白み、風の元素が満ちる。
そして……炸裂! 王城の尖塔の如き太さを備えた轟雷が天より下り、裁きの鉄槌となって悪魔に打ち下ろされる!
風の大魔法は地を穿ち、破砕していた。金槌で土を叩いたときのように、その衝撃の形に、街がヘコんでいた。
その真ん中で、壊れたゴーレムのように身体を軋ませながら、悪魔が立ち上がる。
明らかな大打撃。だがそのダメージもすぐに完治する。
「よろしいのですか、これで!?」
『いい!
ダメージよりも防御させて魔力を削れ!
火は消すなよ、種が尽きるまで使わせろ!』
鎧の下の火種は、未だに燃えている。
その姿はまさしく、地獄の業火を纏って現れるという悪魔そのもの。
だがその炎は随分と下火になり、煤で黒くなった鎧が露わになってきていた。
*
戦いの場から少し離れた、雑貨屋の二階倉庫にアリアンナは潜んでいた。
「引けるか?」
「大丈夫です……ミーシャに貰った
白銀色の翼みたいな
素の状態で触れてもまともに引けなかった弓だが、今のアリアンナには扱えた。
何しろ夜明け前の闇の中、自ら燃えているのだから、悪魔がどこに居るかは遠くからでもよく分かる。
アリアンナは弓を引き絞ったまま、禍々しく燃える地上の凶星に狙いを定めた。
「あいつが……みんなの仇……」
「……呼吸が乱れているぞ」
隣で魔動双眼鏡を覗いている、中年の兵士が注意する。
彼自身も練達の古参弓兵ではあるが、今は狙撃を補佐する観測手の役回りだ。
「私が……私じゃなくなっていくんです。
この矢が、あいつを貫いて、思いっきり苦しめて、殺してほしい……
私はきっと、それを見て笑うんです。大喜びして、踊り回って……」
頬がこそばゆい。涙が伝っていた。
瞼の裏に焼き付いたように、アリアンナは克明に思い返せる。
折り重なるように無惨に死んだ、父と母の姿。アルテミシアが助けてくれなければ、アリアンナもあそこで、共に、同じように死ぬはずだった。
あるいは、とっくにアリアンナは死んでいるのだろうか。ここで弓を引いているアリアンナは、コルム村で厳しくも長閑な日々を精一杯生きてきたアリアンナと、違う。
「だけど、あいつが死んでも何も終わらない……
私の家族はもう居ないし、魔物は、この世界にいくらでも居る。
私は、指が動かなくなって腕がもげるまで、弓を打ち続けて、魔物を殺して、それで」
「やめろ。
心乱れれば、狙いも乱れる」
弓兵は震える弦を横から支えつつ、アリアンナがつがえていた矢を外した。
「憎んで当然。私も、奴が憎い。戦友が殺された時はいつも、腹を千切られるように憎い。
しかし! 覚えておけ。幸いなことに、憎み続けるのは難しいぞ。
憎しみの他に何も持たず、憎しみに縋るしかない者だけが、永遠にそこで苦しみ続けるのだ」
弓兵は、構えを解いたアリアンナに、あらためて矢を渡す。
彼は言葉と裏腹にも思える、無念の滲む苦い表情をしていた。
「お前は、まだ若い。決してそうはなるな。
憎しみを正義の種とせよ。
さもなくば、お前まで、生きながらにして『悪魔』に殺されてしまう」
「…………はい」
アリアンナは涙を拭い、再び矢をつがえる。
分からなかった。
本当にこの憎しみが消え去るのか。そして、本当に消えてしまっていいのか。
それでも分かったのは、これが自分一人だけの苦悩ではないという事。
ならば、獣の通う場所に道ができるように、自分の行く先にも歩むべき道があるのかも知れない。
「今だ、打て!」
「はい!」
弓兵の合図で、アリアンナは矢を放った。
ここからでは蛍火の大きさにも見える、炎を纏う悪魔目がけて。
「命中!」
弓兵が魔動双眼鏡を見て言う。
だが、一射目は当たって当然。完全なる不意打ちだ。
重要なのは、次だった。
狙撃に気付いた悪魔が、次の矢にどう対応するかが重要だった。
アリアンナは即座に矢をつがえ、二射目を放った。
「身体で受けた!」
弓兵は、獰猛にニヤリと笑う。
『防御を節約し始めたか!?』
「はい、確かに!」
『よし、次の段階に移る! 貴様らは退避せよ!』
無人となった店舗の階段を駆け下りながら、アリアンナはアルテミシアとレベッカの話を反芻する。
――『あいつ、とんでもない魔力量よ。問答無用で吸い取るのでもなきゃ、枯渇は狙えないと思う』――
――『本当に枯渇させなくてもいいと思う。魔力残量が減ってきたら、判断力は落ちるんじゃない?』――
何もかもがアルテミシアの思い通りに動いていると錯覚するほどだった。
もしこの世界に『運命』というのがあって、それが皆の言うように、残酷で悲劇的なものなのだとしたら、アルテミシアはそれをねじ曲げようとしている。
輝くように鮮烈な彼女の姿が、導き星たりうることを、アリアンナは願った。
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