20 『悪魔』の再来

「あの悪魔と戦った経験から言わせてもらうなら、ドラゴン並みの怪力と魔法力があるけど、戦い方がお粗末で生かし切れていない。判断は稚拙で反応も遅いわ。

 最大の脅威は異常な再生能力よ」


 街領主居城の食堂では、今日も軍議が開かれていた。

 議題は『悪魔』への、あるいは児嶋雄一、もしくはログスへの、対応だった。


 魔物の軍勢はまだいい。軍対軍の戦いで真っ当に対処できる。

 だが『悪魔』に関してはそうもいかない。

 あまりに超越的すぎる能力を持つ『悪魔』を、どう討伐するか。

 その答えが出ない限りは勝利への見通しが立たないのだ。


 レベッカは『悪魔』を倒せなかったが、一度は退けた。

 そのため、この軍議では最重要参考人だった。

 あるいは『悪魔』との決戦もレベッカに委ねられるのかも知れない。


「では拘束した上で一撃必殺のトドメを叩き込む、という事になりましょうか」

「通用しうる拘束手段は……」

「それを考える上での前提情報だけど、奴も身体の仕組みは私たちと変わらないらしいわ。

 ミーシャの撒いた催涙煙幕ティアガスポーションが一瞬効きかけてた」


 いきなり自分の名前が出て来て、末席で置物になっていたアルテミシアは驚いた。


「私と戦ってる最中だったから、そっちに力を取られて魔法への抵抗力が落ちてたけれど、ダメージではない『異常』を受けて、すぐ適応した。

 つまり、これは生体魔力の配分の問題だわ」

「そんな事になってたんだ?」

「敵の状態をよく観察することは、冒険者の基本よ」


 得意げに、チャーミングに、レベッカはウインクした。


 アルテミシアは『隙を作れた』という程度にしか思っていなかったが、レベッカは知識に裏付けられた洞察で、さらに多くの情報を得ていたのだ。

 おそらくそれは、レベッカの戦いの経験があってこそなのだろう。


「抵抗のエネルギーを足りなくすればいい。

 たとえば毒ガスのど真ん中で全力で戦わせて疲弊すれば、動けなくできるんじゃない?」

「言うは易く、だな」

「理論の話。だから現実的にどうするか考えなきゃ」

「魔法を封じるのはどうでしょうか。罪人に着ける手枷や口枷には魔法封じの効果がありますが」

「やるとしても動きを止めてからの話だろう」

「10個くらい重ねて着けないと効果ないんじゃない?」


 皆、眉間に皺を寄せて頭を悩ませていた。


 アルテミシアは策を出そうにも、まずその裏付けとなる知識が無い。

 せめてひたすら周囲の話を聞くことに集中した。

 もしかしたら、それがどこかで、命を救うかも知れないから。


「ご報告致します!」


 そこに、伝令兵が駆け込んできた。

 血相を変えた伝令の様子に、彼が何か言う前から、その場の空気は緊迫する。


「避難民、約100人ほどが現在サバロの街に向かっており、その背中を追って、悪魔を含む敵軍が猛進しております!」

「来たか……!」


 街に逃げ込もうとする避難民。

 それを追いかける略奪部隊……もとい、虐殺部隊。

 追いつかれたら何が起こるかは明白。おぞましい追いかけっこだ。


「兵を戦闘配備に」

「避難民は追いつかれそうか?」

「ギリギリ、と言ったところです」

「このまま勢いで攻囲戦を始めてくれるなら好都合なのだがな。

 都市防衛兵器の火力なら悪魔にも対抗できる」

「備えてはおりますが、おそらく、あり得ないかと」

「うむ……」


 戦略的な話をする軍人たちの傍らで、アルテミシアはただ彼らの勝利を祈るばかりだ。


 児嶋雄一はチート能力によって、おそらく世界のどこからでもアルテミシアの居場所を突き止められる。

 そして彼は、アルテミシアを守るものが何も無くなれば、即座に殺しに来るだろう。


 * * *


 街道を向かって来る集団があった。

 村二つ分の避難民が、見えない何かに急き立てられるように、心持ち早足でやってくる。荷物を持つ者は少ない。持ってきていたとしても、途中で捨てて身軽になったのだろう。


 一塊であったのだろう集団は、まばらに伸びていた。足の速い者は気が急いて、先行してしまっているのだ。

 救援に向かった第四隊の兵が、先頭と最後尾に数人ずつついて、避難民の集団は辛うじて集団の体を保っていた。


 彼らの姿はもう、街壁上のルウィスからも肉眼で顔が見えるほどに近くにあった。

 その、遥か後方。

 土煙を上げるほどの勢いで迫り来る、異形の集団がある。

 人ではないが人のような何か。四つ足で駆けるもの。空を舞うもの。巨大なもの。そして。


「なんだ? あの、オーガどもが担いでる趣味の悪い……なんだ?」


 遠目にも分かるほど光り輝く、大きな何かが見て取れた。


 ルウィスは魔動双眼鏡で、遠くからやってくる巨大な何かを観察する。

 身長三メートルを超える巨人たちが、金ピカの小屋のようなものを、四頭がかりで担いでいた。金箔を貼って作ったのであろう、黄金の輿だ。

 その中には、やはり黄金の玉座が収められており、ログスの姿をしたものがふんぞり返って座り、運ばれていた。


「悪魔は馬鹿なのか?」


 ルウィスは呆れるのを通り越して言葉も無かった。


「射程に入り次第、都市防衛兵器による攻撃を開始します」

「避難民には当たらぬよう気を付けよ」


 悪魔対策に、未だ妙手無し。


 もしこのまま悪魔との戦いになるなら、対抗手段は二つ。

 第一に、大砲や、街壁防御用の障壁でやり合うこと。ただしこれは近づかれたら難しい。

 第二に、レベッカを筆頭に特に力のある者たちをぶつけること。おそらく討伐は不可能だが、時間を稼ぎ、その間に手勢を片付ければ、相手は諦めて帰るしかなくなる。

 勝ちを目指すのではなく、綱渡りのような厳しい戦いで、引き分けに持ち込むのだ。それ以外にできることは、おそらく、無い。


 *


 やがて避難民たちは、街壁前に辿り着く。

 彼らはどうにか追いつかれず、逃げ切った。

 皆、息を切らせ、焦燥が顔に浮かんだ有様だった。


「皆、頭に被っているものを全て脱いで顔を見せろ」


 出迎えた番兵は、労うより前にまず、そう言った。


 避難民の中には、帽子だのフードだの、中には兜の代わりなのか鍋まで被っている者がある。それを脱がせて人相を検めようとしているのだ。

 祝福された聖印も用意している。魔物であれば、これを握らせれば火傷するはずだ。


 こんな状況だからこそ、慌てて人を迎え入れるわけにはいかない。

 犯罪者はもちろん、魔物が化けている者や、ともすれば悪魔そのものが混じっているかも知れないのだから。


「ふうん」


 避難民の一人が、苛立たしげに呟いた。

 そして番兵に飛びかかると、鋼の首当てごと、その首を握り潰した。


「がはっ……」

「案外、用心深えな」

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