第6話 勇者の孫 男性差別に泣く


 夕食を食べ風呂から上がり部屋に戻ってきたユウトは、机の前に座り腕を組んで何やら考え込んでいた。




「無魔石病かぁ、どうすっかなぁ」


 治療法はある。


 爺ちゃんが治療法を見つけてからは、リルで無魔石病で死んだ者はいない。


 魔王を倒して落ち着いた頃。リルにいた無魔石病の患者の症状を見て、爺ちゃんは要は体内に蓄積した魔素を取り出せばいいと考えたそうだ。そして対魔族捕縛用に爺ちゃんが古代文明の技術を参考に開発した、『魔封じの首輪』を使えば治療できるんじゃないかと考えたって言っていた。


 この魔封時の首輪は首輪をはめた対象の魔力を根こそぎ吸い取り外へ排出する。これを嵌められた魔族は、身体強化も魔法も使えなくなる。それなら体内に蓄積した魔素も吸い取れるんじゃないだろうかと思ったらしい。


 そんで首輪を嵌めてみたら大成功。無魔石病の患者の体調が目に見えるほど良くなった。ただ、魔素を魔力に変換し貯めることができる魔石が体内にできたわけじゃないから、また魔素が体内に蓄積してしまう。だから5年ごとに定期的に魔封時の首輪を嵌めないといけない。と言っても1回の治療にかかる時間は数分だ。それで死を免れるんだから、文句を言う患者なんているわけがない。


 その話を聞いた時はさすが爺ちゃんスゲーとか思った。けどその後に、この首輪を開発したからこそ、暗殺しに来たサキュバスにベッドで勝って妻にできたと聞いてドン引きした。


 だってそのサキュバスって婆ちゃんだもの。敵だった魔族との結婚なんだから、もっとこうロマンに溢れた大恋愛とか想像してた。それが魔力を奪って無抵抗になった女性をベッドでモノにしたとかドン引きだわ。まあ後から実は婆ちゃんの方から、ベッドで自分に勝ったら好きにしていいと勝負を挑んできたと聞いたけどさ。とはいえその勝負を受けて魔封じの首輪を嵌めてから挑むとか鬼畜だろ。


「魔封じの首輪はある。あるんだけど数がなぁ」


 魔王が死んだことにより魔界に帰れなくなった魔族の残党がリルにはいた。それも爺ちゃんが魔族たちを無視して魔王を奇襲して倒したもんだから、結構な数が残っていた。200年経っても魔族は狩りきれずあちこちで残党たちがテロ行為をしていたから、魔族狩りをする者は魔族を捕えて拷問して仲間の居場所を吐かせるために魔封じの首輪を持っていた。もちろん俺や爺ちゃんも持っている。ただ、空間収納の腕輪の中に入ってるのは爺ちゃんのと合わせても10個だけだ。


 この魔道具に限らずクドウ家製の魔道具は、全てドワーフがいないと作ることはできない。ドワーフには種族魔法に錬金というのがあって、魔導回路を作る時にはその魔法が必須なんだ。つまり俺には作れないということだ。当然地球の技術でも作れない。


 10個の魔封じの首輪は、リルみたいに無魔石病の患者がごく稀にいる程度なら十分すぎるほどの数だが地球はその逆だ。確か爺ちゃんが地球には70億近い人間がいるって言っていた。45歳以上の男がいないことからもっと少なくなってるとは思うけど、それだって40億以上はいるだろう。


 そうなると男は15億くらいか? さすがに全員の治療は無理だろうから、最初は35歳以上を対象にするとしても2億か3億くらいはいるか? そんな数の男たちをたった10個の魔封じの首輪で救おうとしても何年かかるんだ? 足りないなんてもんじゃないし、治療できる魔道具を俺が持ってると知られたら世界中から狙われるだろう。狙われるのが俺だけならまあいい、けど確実に大叔母さんにも迷惑が掛かる。それは避けたい。


 じゃあ日本国にいくつか譲ればいいとなるが、それはそれで今度は日本が他国に狙われるだろう。地球には200以上の国があるらしいから、日本政府に渡した魔封じの首輪の争奪戦が始まるはずだ。誰だって死にたくない。必死に手に入れようとするだろうし、日本だって手放したくないだろう。まず戦争になることは間違いないだろうな。


 詳しくは知らないけど大叔母さんが食事中に、爺ちゃんがいなくなってからこの50年の間に日本で大きな戦争があったって言ってたし。あまりに凄惨な戦争だったらしくて詳しくは話してくれなかったけど。無魔石病を治療できる道具があると知られれば、また日本で戦争が起こるのは間違い無いだろう。俺が提供した魔道具が原因でだ。


 だから大叔母さんに治療法があることは言えなかった。言ってしまえば大叔母さんは、友人の子供や孫に男がいればなんとかしてあげたいと思うかもしれない。そしてそこから情報が漏れるかもしれない。なら最初から教えない方がいい。俺も頼まれた時に断るのは心が痛むし。


「よし、黙ってよう」


 黙っていれば面倒事にも巻き込まれることはないし、俺の心が痛むこともない。早死するこの世界の男たちには悪いが、俺のせいで戦争が起こるなんてごめんだ。


 うん、大叔母さんから魔素中毒の話を聞いて風呂に入ってる最中もずっと考えていたけど、結論が出てスッキリしたな。


 しかし風呂は狭かったけど、ボタンひとつで浴槽に湯が溜まるのは凄いよな。あと設定した温度のお湯が出るのも。リルでは最先端の風呂でも温度調整は手動だし、自動で湯が出たりなんかしないしな。さすが科学の発展した世界だ。


「さて、方針を決めてスッキリしたし、今度は俺の下半身をスッキリさせるか」


 この部屋にあった爺ちゃんの遺品は片付けられている。大叔母さんが物置に保管しているとは言っていたけど、絶対エロ本は処分されているだろう。


 だがしかしだ! 俺は知っている。マンガで主人公がパソコンで女の子の際どい水着写真を見ていたシーンがあったことを! 


 実際パソコンをいじってみて確信した。これがあれば調べられないことはないと。つまり女の子のエッチな写真と検索すれば、世界中の女の子の裸が見れるということだ。大叔母さんにパソコンを借りた時から、夜になったら調べようとずっと我慢してきた。それをついに俺は実行する!


「やべえ、興奮してきた」


 俺はパソコンを起動し、震える手で検索画面に『エロ写真』と打ち込み始めた。


 くっ、まだ指一本でしか打ち込めないのがもどかしい!


「よし打てた。検索っと」


 30秒くらいかけて打ち込んだ俺は、高鳴る胸を感じつつ検索をクリックした。


「おおお! ってあれ?」


 検索をかけるとズラリと大量のエロ画像のあるサイト名が並び、俺は思わず感嘆の声を上げた。が、そこに書かれている文字を見て困惑した。


『10代の男の子の秘密のヌード100選』


『男の子のエロ画像300枚』


『【マッチョ】男性のブーメランパンツ姿50枚』


『【聖域】童貞男チェリーの初めてのヌード画像』


『【アダルト動画】男の子の自慰動画1万本あります』


『【巨根】15センチ以上の男の子の画像(薄ぼかし)30枚』



「あ、えっと……どういうこと? 検索方法が悪かったかな?」


 『男の』とか入れてないんだけどな。


 俺は検索方法が悪かったと思い、今度は『女の子のエロ画像』と入力し検索した。


 しかし画面に現れた文字に俺は驚愕した。


「はあ!? なんで女の子のは見れないんだよ!」


 そこには『検索結果0』と書かれており、その下に『青少年健全育成法及び、女性差別禁止法により露出の激しい女性の画像及び動画などの検索はできません』と、検索サイトから注意書きのような物があった。


 ふざけんなよ! 何が青少年健全育成法だ! 男のエロ画像は山ほどあるじゃねえか! 青少女健全育成法はねえのかよ! これじゃあ性少女が量産されるじゃねえか! いや、それはそれで良いんじゃ……って違う! なんで男の裸は良くて女の裸はダメなんだよ!


「納得いかねえ! 俺は真相を究明する!」


 頭にきた俺はこの理不尽な現象がなぜ起こっているのかを調べることにした。



 それから2時間後。女性のエロ画像から男女の格差に行きつき、そこから様々なことを調べ終えた俺はベッドに横になり涙を流していた。


「ううっ……差別だ……エロマンガすら禁止だなんて……何が女性差別は悪だ……男を差別しまくってるじゃねえか」


 何が女性の肌を見ることはセクハラだ。そりゃ領地でもお触りとかのセクハラは禁止だった。でも見るだけでセクハラってのはやり過ぎだろ! 


 そしてこれはどうも日本だけって話じゃなさそうだ。地球やべえな。男が少なくなって女が権力を持ってやりたい放題だわ。まさか女の裸の写真どころか、水着姿でさえ本にしたりインターネットで流すことが犯罪になるとか。ていうかペンで描いた絵やマンガすらダメって明らかにやり過ぎだろ! 


 そもそもなんだよポリコレって! 調べてみれば職業や人種や性別など様々な差別を是正することって書いてあったぞ? なんでそれが男には適用されねえんだよ! 


 つーか一番怖えのは見るだけでセクハラになるってやつだ。事例を読んでみたら、仕事場で女性の胸元や太ももを見ただけで訴えられたってのがあった。見ただけで訴えられるとか、男はずっと床か天井を見て仕事しなきゃなんないってことか? それ仕事できんの? それと女性の容姿を褒めるのもいけないらしい。それは性的な目で見ていたって事に繋がるからだそうだ。褒められる=性的に見られていると感じるとか、どんだけ自意識過剰なんだよ! 


 あとバスには女性専用車ってのがあって、いつか乗ってみたいと思っていた電車にも女性専用車両ってのがあるらしい。その車両にうっかり乗っただけで衛兵……じゃなくて警察か。それを呼ばれて何もしてないのに捕まるとか。


「大田さんに送ってもらう時に歩いている若い女性を見かけたけど薄着だったぞ? これってやばくね?」


 セクハラ禁止とか言いながら露出の激しい服を着てるとか。しかもこれから日本は夏らしい。


 こんなん見るなとか無理だろ! 日本は地獄か! 


 さすがに街を歩いていて視界に入っただけで訴えられたりしないよな?


「それもこれも全部男の地位が低いのが原因っぽいんだよな」


 さっきの国会にいた政治家たちもそうだけど、40歳とか45歳までしか生きられない男は権力を持てない。そりゃそうだ、すぐ死ぬ奴を組織のトップに据えるわけがない。リルの株式商会のトップだって、その地位に行き着くまで50歳にはなってる。40歳を過ぎると体調が悪化して入院生活を送ることが確定している男が出世なんかするはずがない。


 結婚も男女では適齢期が違う。現在の男としての旬は20歳までらしい。それ以上になると歳を重ねるごとに結婚が厳しくなるとか。それに比べて女性としての旬は30歳だとか。いや、30歳の人族の女性もいけるけどさ、旬ってのはないだろ。旬は16歳から25歳までじゃねえの? 日本人は成長が遅いのか? でもそれなら男が20歳までっておかしいよな。


 考えられるとすれば……やっぱ早死にするからだろうなぁ。結婚するなら若い男とってことなんだろう。まあ気持ちはわかる。30歳の男と結婚して子供を産んでも、男は10年で働けなくなるわけだしな。子供だって8歳かそこらだろう。女一人で働きながら男の治療費も払い、そのうえそんな小さい子を育てるのは厳しいだろうな。


 確か爺ちゃんが日本の成人は20歳とか言ってたし、マンガでも酒が飲めるのは20歳になって成人してからだって書いてあった。それが今じゃ男の成人が15歳らしい。これも寿命が短くなったからか。男は早く結婚しろってことなんだろう。


 それならば結婚に関してはまあ仕方ないとは思う。思うんだけど、なんで男だけ色々制限されてんのかがわかんねえ。男は溜まるもんなんだよ! 特に淫魔の血が入ってる俺は! 


 もしかして男の性の欲求を高めて、結婚願望を強くしようとしている? いやいやいや、そんな抑制をしたら犯罪に走るだろ普通。って、男は魔力がないんだっけ。それじゃあ厳しいか。魔力持ちなら身体強化ができないはずないもんな。大叔母さんもよく注意して見たらかなり少ないけど魔力があったし。あのくらいでも短い時間なら身体強化は可能だろう。つまり魔力のない男は力じゃ女には敵わないってことか。


 やっぱこの世界は地獄だろ。


 こうして色々調べた結果、絶望しかなかった俺はエロ写真を諦めた。そしてリルから持って来たお気に入りの有名エロマンガ家の書いた本を取り出し、次にトイレ用の紙を腰の前に配置して一人自家発電に励むのだった。

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