茜の中のアオの少女

つとむュー

第1話 青い池

 僕は知らなかった。

 登校中、毎日のように眺めていた裏山に。

 何もないと初めから諦めていた高校の裏山に。

 こんなにも美しい場所があったなんて。


「ほら、私の言った通りでしょ?」


 放課後、この場所を案内してくれた幼馴染の夕陽崎ゆうひざきあかねはそっと僕の手を握る。そんな彼女の勇気に鈍感になってしまうほど、僕は目の前の景色に心を奪われていた。


 林の中にひっそりとたたずむ溜池。

 土手によって溜められた水面が、キラキラと光る木漏れ日を浴びて見事な青色に輝いている。


「まるで青い池じゃないか……」

「青い池?」

「そういう名所があるんだよ北海道に。僕も行ったことはないけど」


 死ぬまでには必ず行きたい場所。

 駅の観光ポスターを見たとき、その魅惑的な青色に運命を感じたんだ。これは絶対、自分が行くべき場所なのだと。だからすぐにネットで検索し、スマホの画面に表示される美しい映像を確固たる決意として心のスクリーンに定着させてきた。

 そんな夢にまで見た景色が今、目の前に広がっている。


「私が見つけたんだからね。他の人には内緒だよ?」


 ここに辿り着くまでいくつも畑を越え、林の中の小路を登ってきた。おそらくほとんどの生徒は知らないだろう。


「もちろんだよ」


 僕は手を握り返し、二人の秘密をこの場所に誓う。心からの感謝と共に。

 それにしてもだ、ただの溜池がこれほどまでに美しく青色に輝くことがあるのだろうか。

 いや、現実に目の前に存在しているのだから、北海道の青い池と同じメカニズムが偶然にもこの場所で起きているのだろう。


 すると不思議なことが起きた。

 水面を覆っていた青色がぷるんと揺れたかと思うと、細かな粒子となって水面から数センチほど浮き上がったのだ。

 いや、違う。元々細かな粒子が水面を覆っていて、それが急に動き出したと表現した方がいい。キラキラと光る渦巻となった青き微粒子は、細い空気の流れとなって茜の鼻の穴から彼女の体の中に吸い込まれていった。

 それは一瞬の出来事だった。


「大丈夫か? 茜!?」


 僕は繋いでいる手を開放し、立ったまま目をつむる彼女の肩を掴む。何も反応しない茜は気を失っているようだった。


「おい! 茜! 茜っ!?」


 強く肩を揺さぶる。すると彼女はゆっくりと目を開けた。


「あなたが……風野かぜのとおるくんね」


 それは、幼馴染とはとても思えない言葉だった。

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