第14話 思うこと
日本は古来よりお風呂文化が発展している。
暖かいお湯にゆっくりと浸かり心身をリフレッシュする。
健康面や衛生面でも優れた効果を得られる、日本が誇る素晴らしい文化と風習であることは疑いようがないだろう。
「おぉ……!」
お風呂男子である敷島は深く感動していた。
脱衣所と浴室を隔てるガラス製の壁と引き戸。
床と壁はシックな黒系統で纏まっているので、とても落ち着いた雰囲気の空間に仕上がっている。
カウンターもサイズに十分な余裕があり、風呂桶や石鹸、シャンプーやリンスなどの小物が並んでいても狭苦しい印象は一切感じない。
円形の広々とした浴槽にはジェットバスも盛り込まれている。
ブラインドを開放すれば、最上階というロケーションを活かした爽快感のある景観を提供してくれる大きな窓も備えている。
「折角だし、ゆっくり浸からせてもらおうかな!」
高級リゾートのホテルでしかお目に掛かれないような豪華な内装のバスルームに敷島のテンションは盛り上がっていた。
念入りに身体を洗って汚れと臭いを落とす。
石鹸の匂いで嗅覚がリフレッシュされたことで自分の纏っていた悪臭に気付いて敷島は顔をしかめる。
「こんな臭いを近く嗅いで、ミナはよく平気な顔をしていられたな」
わしわしと身体を洗いながらそんなことを思い返す。
普通なら生理的な反射反応が少しはあるはずだと彼は思う。
「やっぱり、人間じゃないのかな」
怖がったり、苛立ったり、笑ったり。
今日一日で彼女の多彩な表情を間近で見た敷島は、彼女の正体が宇宙人だと言う事実をどうしても信じられなくなってしまった。
時折彼女が見せることがある。
冷たく、無機質な、感情のわからない表情。
保健室で見た艶めかしい触手を纏った本当の姿。
そういった彼女の本性を傍で見たはずなのに、宇宙人ミーナではなく、地球人椎田ミナとして彼女に接している自分がいる。敷島はそれが一人の地球人として正しいことなのかどうかを悩んでいた。
地球の命運を賭けた代理戦争に参加した。
他のプレイヤーが襲ってきたということは、つまり、同じ地球人が宇宙人に加担して自分たちを襲ってきたことに他ならない。
襲ってきたゾンビたちに意志はない。
しかし、その向こう側に居た人間から向けられた明確な殺意を感じ取れないほど敷島も鈍感ではない。
「地球を侵略者から守るため……じゃあないよな……」
熱いシャワーが冷えた身体に染みる。
「ゲームで他のプレイヤーを倒して勝ち残るためなら、それこそ銃で良かったんだ。わざわざゾンビを操るなんて悪趣味な力を選ばなくても良かった」
デバイスは兵器。
使用者の意志が強く反映されどんな物にでも形を変える。
デバイスと一体化している敷島は、あの時のミナの言葉をより感覚的に理解していた。
「おそらく、デバイスはそれを手にしたユーザーの心の形を反映している。他のプレイヤーを倒す――つまり、同じ地球人を殺すために必要な形と能力が何かと宇宙人に尋ねられて、それぞれに最適な機能を獲得する」
キュッと絞ってシャワーを止める。
濁流の様に溢れていた考えがひとつに纏まる。
「つまり、デバイスを与えるという過程が、プレイヤーに対するひとつのデモンストレーションなんだ」
我々はどんな願いでも叶えてやることができる。
その証拠に、デバイスはお前が望んだ形と機能を得ただろう。
そう言って宇宙人たちはプレイヤーをその気にさせる。
「なかなか、どうして。よく出来た仕組みだよな」
敷島は自分の想像をそう締めくくる。
ざぶんと湯船に浸かる。熱々のお湯が心地よい。
目を閉じて全身でそれを感じる。
「あ~。最高だ~」
敷島の口から、ごく自然と感嘆の声が漏れてしまう。
しばらくそうしていた敷島がゆっくりと目を開く。
「うん。俺たちを襲ったプレイヤーは確実にヤバイ奴だ」
敷島はそう確信する。
「ゾンビを操る能力を創造したってことは人間を、その死を、モノとして扱えるメンタルの持ち主ってことだ」
アメリカでは銃による犯罪や事故が後を絶たない。
理由は単純だ。銃が社会に出回っているから。だから銃が出回っていない日本ではその手の犯罪や事故はレアケースだし、いざ銃や弾丸を入手しようとしても困難だ。
ハイポリオン星人のプレイヤーがリアルの拳銃ではなく、わざわざレーザー銃をデバイスで創造したのもそういった理由があると彼は睨んでいた。そう考えれば色々と納得が出来る。
じゃあ、ゾンビはどうか。
日本は火葬文化だから墓場に行っても骨しかない。
一見するとゾンビになりそうな死体は日本では見つから無さそうだが、樹海だろうと都会だろうと自殺者はいるものだ。ゾンビとなる死体にアクセスしやすい場所や職業もあることは想像に難くない。
だが、話はもっと単純に考えられる。
日本の総人口は1億人を超えている。
都会には特に人口が集中しており日常的に人であふれかえっている。
手段を選ばなければ幾らでも新鮮な材料が調達できる。
もしも、他人をモノとも思わない人物がデバイスを手にしたら。
人間なんて愚かでくだらない生き物だ、死んでしまった方がまだ幾らか俺の役に立つ。そんな歪んだ思想にデバイスが応えてあの能力を形にしたのかもしれないと敷島は思い至る。
想像があまりにも飛躍しすぎている。
そう笑うのは簡単だ。
だが、対話もなく他のプレイヤーを蹴落とそうする姿勢、他者を踏みにじっても構わない、他のプレイヤーを殺すことに何ら躊躇いの無いという態度を行動で示して見せた。
そんな人間がことを躊躇するはずがない。
地球を宇宙人に売り渡すことも厭わないだろう。
「ゾンビマスターは人類の――俺たちの敵だ」
このまま襲撃者を野放しにすることはできない。
敷島の瞳に強い決意の光が宿る。
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