第6話 フェアな提案

 ハイポリオン星人の言葉を強く否定できない。

 彼女は昨日転校してきたばかりで殆ど接点が無い。


 何が好きで、何が嫌いで、どんな人間なのか――。

 俺は彼女のことを何も知らない――。

 そもそも、彼女は人間ですらないじゃないか――。


 敷島は必死で彼女を庇おうとしていたが言葉が見つからない。

 考えれば考えるほど、彼女を擁護するのが難しくなる。

 そんな状況に嫌気がさす。


 敷島は答えの出ない思考の袋小路にハマっていく。


「……安心したまえ。偶発的な事故とはいえ私の監督していたプレイヤーの犯した過失だ。責任を取ろう。私からフェアな解決策を提案させてもらう」

「何?」


 頃合いを見計らってハイポリオン星人が言葉を発する。


「我々の星の科学技術で君の新たな肉体を培養し提供しよう。そこに君の意識を移し替えれば元通りの健康な肉体に戻れる。これはゲームを主催している銀河連盟の承認を得た、正当なプロセスを経て認可された合法的な代替案だ。違法性はない。未開惑星の現地住民に対する接触規定の特例措置として認められている」

「つまり、俺を元通りの肉体に戻せるってことか?」

「その解釈で問題ない」


 ハイポリオン星人が力強く頷く。


「ただ、我々宇宙人の存在やゲームに関する記憶には忘却処理をかけさせてもらう。これは銀河連盟の基本法に則った必要な措置なのだ。もちろん後遺症の心配はない。今までと同じ平穏な日常に戻れることを約束しよう」

「……」

「質問があれば遠慮なく聞いてくれたまえ。フェアにいこう」


 敷島はハイポリオン星人に圧倒されていた。

 理路整然とした彼の語り口調は全て正しいと思わされる。


 彼は嘘を言っていない。

 短い時間だが真剣に会話を交わしたことで、ハイポリオン星人は敷島からの信頼を獲得していた。だが、それでも。


 敷島はミナを見る。


 後ろめたさもあるのだろう。

 すっかり萎れてしまった彼女は敷島と目を合わせようともしない。

 敷島はそんな彼女の態度に苛立ちを覚える。


「……その提案を受け入れたら俺の身体に埋められたデバイスはどうなるんだ?」

「彼女の手元に戻る。特に君が気にする必要はないだろう」

「このまま俺がゲームに参加しても良いんだよな? そうすれば、デバイスはこのまま俺が所有していても問題ないんだよな?」

「そうだ。問題はない」

「俺がゲームの勝者になったとして、その時に改めて、あんたに元の肉体に戻してもらうって事もできるのか?」

「……ふむ、なるほど。そのケースならば問題はない。我々の技術力を喜んで君に貸し出そう」


 大きく頷いて彼の提案を了承するハイポリオン星人。


「……ただ、君が地球に住む同朋を裏切りオクタラス星人にこの星を差し出す選択をせねばならないこと、優勝を確実に手にできると考えていること、などなど、幾つか越えねばならない障害が増えてしまうだろう。リスクとリターンを考慮すれば合理的な選択ではないな」


 敷島は返って来た答えを反芻する。

 自分の胸の内に埋もれている考えを少しずつ纏めていく。


(そもそも、ハイポリオン星人はどうしてここまで積極的なんだ)


 ルールに則ることが彼のアイデンティティである。

 詳しくは知らないが、銀河連盟の法か何かで現地住民との接触が縛られている様子は伝わってきた。法を遵守したいという動機は理解できる。


 補償をする。

 責任を取る。


 そういう姿勢を強く見せているハイポリオン星人。

 彼にとって敷島カツオという現地住民を誤って殺害してしまったことは、それほど大きな過失だった。本当にそうだろうか。


(いや、待てよ)


 思考の海に沈んでいた敷島のシナプスが繋がり、ひとつの直感を得る。


「……俺を殺したのはプレイヤーだ。つまり、地球人だよな?」

「そう解釈することもできる」

「……俺は今こうして生きているんだから、実は、監督責任とやらも無理に取らなくていいんじゃないか?」

「そう解釈することもできる」

「……つまり、あんたは俺にデバイスを放棄させたい、ゲームに参加させたくない、そういう別の意図があるんじゃないのか!?」

「そう解釈することもできる」


 言葉を叩きつける敷島に、ハイポリオン星人はしれっとそう言ってのける。


「そこまで理解したならば単刀直入に話そう。君がデバイスを放棄すれば我々にメリットがある。デバイスの放棄はゲームを棄権することと同義だ。つまり、君が我々の提案を受け入れてくれれば、ゲームのライバルであるオクタラス星人を失格に追い込むことが出来るのだ」


 ハイポリオン星人は隠していた事情を全て白状する。

 反射的に声を荒げようとした敷島を、ハイポリオン星人は手のひらを掲げることで黙らせる。


「見事だ。敷島カツオ」


 本心から賞賛する声。


「そして、やはり君は我々の脅威になりそうだ」


 低く、重たい声色で囁く。

 ハイポリオン星人の目が怪しく輝く。


「出来ればここでご退場願いたいものだな」


 敷島の眼前まで歩み寄り、顔と顔を突き付ける。


 暴れる心臓が苦しい。

 息が出来ない。

 叫ぶこともできない。


 敷島は歯を食いしばって異様なプレッシャーに必死で耐える。

 そんなささやかな抵抗しか出来ないのが虚しい。


 ハイポリオン星人の手がゆっくりと首の高さまで持ち上げられていく。

 敷島にはその光景を黙ってみている事しか出来なかった。

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