第22話 バリアに対してバリア無効とかやってくるのはやめろ

 前世でそれなりにやり込んでいたソシャゲじゃ、こっちがバフを盛り盛りにして殴るもんだからそれが嫌だったのか、そのバフを全部引き剥がすタイプのボスが連続して出てきた、なんてことがあった。

 当然、ユーザーからは簡悔精神だのオワコンだのといった反発が出てくるわけで、それをなんとか鎮静化しようとお出ししてきたものが「バフを剥がす技を無効化する技」だったことを思い出す。

 小学生の喧嘩じゃねえんだぞ、と、あの時は心底そう思ったもんだが、慣れたのかいつの間にかその手の批判は狙い通りに鎮静化していったな。

 

 そんな事情はともかくとしても、今回俺たちが戦わなくちゃいけない臨界獣は魔力障壁を貫通してくる、いわゆるバリア無効持ちの相手だ。

 魔力で強化されてるとはいえ、基本はか弱い乙女の身体を護るバリアを突き破る攻撃持ってるとか、性格悪いにもほどがある。

 臨界獣グラトネイル。「M.A.G.I.A」によってそう呼称されることになったこの個体が持つバリア無効ギミックの絡繰はこうだ。

 

 特殊な振動波を爪から発生させることで、魔力同士の結合を阻害して、魔力障壁そのものを無効化する。

 そんなもん初見で気付けって方が無理な話だ。行動をよく観察すれば、魔力障壁を無効化する攻撃は爪によるものだけだと攻略本には書いてあったが、焼け石に水だ。

 なにせその爪による攻撃パターンが大部分を占めてるんだ、実質防御は捨てて諦めろってことだからな。

 

 いろんな意味で聖地と呼ばれる秋葉原、その歩行者天国のど真ん中に降り立った臨界獣は、ぎりぎり人型と呼べなくもないが、その両腕が怪獣のように肥大化しているという異形のフォルムをしていた。

 デカさは大体十メートルぐらいか。

 無軌道に光線を口から吐き出したり、初見殺しの爪を振り回しているせいで、ビルは倒れ、車は踏み潰され、人が蒸発してと、休日なのも相まって大惨事だ。

 

 ゲームの中じゃ、ちょっとした描写とテキストが挟まれるだけで、名もなき人々の死はさらっと流される。

 だが、確かにこの世界じゃ名前も知らなかろうが、会って話したこともなかろうが、誰もが生きているんだよ。

 それを示すかのように、ビルが壊れたことで降ってきた瓦礫の下敷きになっている、名前も知らない誰かが、歩行者天国に降り立った俺に呼びかけてくる。

 

「……あ、あ……魔法、少女……」

「……肯定する。此方は魔法少女だ」

「……あいつ、を……倒して……」

 

 それが、話しかけてきた誰かの、名前も知らない女性の末期の言葉だった。

 明らかに一人分じゃない血溜まりから察するに、家族や恋人ないし、大事な人間が瓦礫の下敷きになってしまったのかもしれない。

 伸ばした手が、がくり、と力を失って崩れ落ちる。

 

 ああ、そうだ。

 そうだ、皆この世界で生きてるんだよ、生きてたんだよ。

 地面に落ちた血塗れの手を取れば、体温がそこから失われていく生々しい「死」の感触が伝わってきた。

 

 理不尽に命を奪われる誰かがいる。

 設定上は最強の力を持っている俺がいる。

 そんな力を持っていても、誰一人死なせることのない未来を掴むことができないのが、ただ歯痒くて、悔しくて仕方がない。

 

 この世界を、ゲームの世界だと思って俯瞰していた節はあった。

 死にたくなければ死なせたくないと嘯きながら、この世界に生きている名前も知らない人々のことについては頭から抜け落ちていたところが、確かに俺にはあったのだ。

 認めよう。俺は──弱い。

 

 こうして静かに目を伏せて祈りを捧げている間にも、女性の手はどんどん冷たくなっていく。

 例え祈りが届く場所があるかどうかわからないとしても、願うことが無意味だとしても、そうせずにはいられなかった。それしか、できることなどなかったから。

 そんな俺を嘲笑うかのように、臨界獣グラトネイルは不快な声を上げて、我が物顔で歩行者天国を蹂躙していく。

 

『Gullllll……Booooo……!』

「……貴様か……貴様が……!」

 

 魔法征装「雷切」の柄に手をかけて、俺はグラトネイルを睨みつける。

 こいつは八つ裂きにしても足りないが、怒りで我を忘れてたんじゃ仕方がない。

 冷静になれ。心は激情に燃え盛っていたとしても、頭だけは冷たく、氷のように冴えてなければ、俺もまたあいつの餌食になるだけだ。

 

「裂くは一天……!」

 

 鞘から抜き放った「雷切」の刀身に雷の魔力を宿し、俺はそれを横薙ぎに振り抜くことで、グラトネイルへと斬撃を飛ばす。

 だが、敵も素直に攻撃をくらってくれるほど馬鹿じゃないらしい。

 胴体を狙って放った「飛ぶ斬撃」を、そこに纏わせていた雷を、爪の振動波でかき消して、グラトネイルはその被害を最小限に留めていた。

 

 お前そんなこともできんのかよ。

 無駄に多芸で、臨界獣にしては知恵が働く敵を睨みつけつつ、肥大化しているにもかかわらず、鞭のようにしなやかに、迅速に叩きつけられた爪の一撃を回避する。

 こいつの関節やらなにやらの構造がどうなってるのかは知らんが、少なくとも自分の武器である「爪」の使い方については相当理解が深いらしい。

 

「先輩、援護しますよー!」

「……お、お願い……当たって……っ!」

 

 由希奈の魔法征装である五十口径の拳銃二丁と、こよみが装備している魔術兵装たるチェーンガンの一斉射撃が、無防備なグラトネイルの背中に突き刺さる。

 銃の魔法征装を持っている由希奈と、魔術兵装を持っているこよみの援護は心強い。

 だが、その分遠距離からの攻撃には敏感だってのが、この手のフィジカルで攻めてくる相手におけるお約束みたいなものだ。

 

「由希奈、こよみ! 『爪』が行くぞ! まゆ!」

「はい……! 行きますよぉ、『グラビティシリンジ』!」

 

 背中に攻撃を受けただけで、一瞬で狙いを向ける先を変えた辺り、こいつも遠距離攻撃には敏感だったらしい。

 だが、そう簡単に思い通りになんかさせるものかよ。

 俺は由希奈とこよみには退避を促しつつ、まゆに支援を要請、勢いよく振り抜かれた「爪」が二人に届く前に、まゆが投擲したシリンジが、グラトネイルの両腕に届くことを祈る。

 

『Booooo……!?』

 

 隕石が落ちてきたかのような轟音を立てて、グラトネイルの両腕が、「爪」がコンクリートに沈み込んでいく。

 あいつが「爪」の振動波で魔力の結合を阻害しているなら、あくまで外側からの魔力は分解できたとしても、内側に流し込まれるそれまでは防げないよなあ!

 そこだけ、かかる重力の値が膨れ上がったかのように、グラトネイルは両腕を持ち上げようと足掻くが、ぴくりとも動かない。

 

 グラビティという名前通り、あいつの両腕にかかる重力が増大している──のではなく、単純に即効性の高い、強烈な神経毒を流し込んでいるってのが、「グラビティシリンジ」の絡繰だ。

 その分効果時間も短く、すぐに体内で分解されてしまうのが難点だが、そんなもんが永続的に使えるんだったらチートもいいところだろうよ。

 それはともかく、これで事実上「爪」を封じられた以上、あとは俺と葉月で畳み掛ければいい。

 

「この機を逃すな、行くぞ葉月!」

「わかりました、先輩!」

 

 肩に担いでいたソードメイスを構え直し、真紅のゴスロリドレスが映える葉月は、グラトネイルの頭を狙って跳躍する。

 なら俺は、心臓でも潰しておくか。

 万が一まゆの神経毒が分解されて迎撃を受ける前にも、迅速に。

 

 魔法征装「雷切」の刃に注いだ魔力を鞘に収めることで増幅、俺は魔力を足場にして、縮地の要領で空を駆ける。

 未だに両腕が使えずに悶え苦しむグラトネイルに同情するところがないとはいわないが、それにしてもお前はやりすぎた。

 託された通りに、願いを受け取った通りに白刃を抜き放ち、神速の域に届いた居合でもって幕を引こう。

 

「……『紫電瞬閃』!」

「『炎鎚えんつい星砕せいさい』ッ!」

 

 脳天には炎の魔力を宿した葉月のソードメイスによる一撃を、胴体には雷の魔力を宿した俺の斬撃を受けて、頭と心臓を同時に潰されたグラトネイルは、断末魔を上げることも許されずに頽れる。

 仇は取った。それでも、あの名前も知らない女性が生き返るわけじゃない。

 だとしても、望まれた通りにそうあったことは、魔法少女としての使命を果たしたことは、せめてもの手向けになるだろうか。

 

「……先輩?」

「……歯痒いものだな。我々の力をもってしても……救えない命があるというのは」

「……そう、ですね」

 

 眼下に広がる惨劇の爪痕を一瞥して、葉月と俺はぽつりと呟く。

 一秒でも早くこいつを始末したことで、救えた命があったかもしれない。それはきっと、確かなことだ。

 その一方で、出撃までにかかった時間で失われた命があった。それだけは、覆しようがない。

 

「でも、それも背負って前に進むしかないじゃないですか」

「葉月?」

「先輩らしくないです。命に向き合うって、そういうことだって、アタシは思います」

 

 それは犠牲を前提にした話なのかもしれない。だが、葉月の言う通り、だからといって失われた命だけに目を向けていれば、きっと人間は壊れてしまう。

 心という器は一つの死を受け入れるのにすら時間がかかるのだから、無数のそれを収めていれば、自然と死者に引っ張られていくことになるって話だ。

 ああ、そうだな。その通りだよ。

 

「……此方らしくない、か。その通りだ。目が覚めた気分だよ、葉月」

 

 ありがとう、とそう告げて、俺は「雷切」を鞘にしまい込む。

 弔鐘を鳴らすかのように、太陽を雲が覆い隠す。

 仇討ちをせめてもの手向けとして、俺たちは、魔法少女は前に進んでいく。ただ、それだけだった。

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