第20話 謎めく調査結果

 テロリスト共の処分に関しては司法の裁きに委ねるとして、今回の一件についての調査結果は当然のように回ってくる。

 あれから大体一週間、留学生の身分から解き放たれた俺たちは、今日も元気に開店休業状態な「間木屋」を臨時休業して、ミーティングに勤しんでいた。

 

「まず今回の作戦について、よくやってくれた。我々が『ヒトガタ』と呼んでいた敵の自律兵器……『ゴーレム』についてのデータがほぼ完全な形で得られたのは大きい」

 

 スクリーンに解析したデータを表示しながら大佐は言う。

 俺たちだからなんとかなったとはいえ、あれが短期間で量産化されていたのは相当な脅威だと「M.A.G.I.A」は判断したようで、俺が斬り捨てた残骸を血眼になって分析していたらしい。

 まあ、それも頷ける。

 二級魔法少女がようやく対抗できるような存在が短期間で十機近くも湧いて出てきたんだから、対処に当たれる魔法少女が多くはないことも含めて、あんなもんを短期間に量産されたら厄介じゃ済まない。

 

 ただ、今のところその心配はないのが幸いといえば幸いだ。

 ゴーレムの脅威は生産性もだが、なにより魔力弾を撃てることであって、弾自体の供給がなければ、対魔法少女という意味では脅威足りえない。

 その弾がどうやって供給されてるのかがわからないのは面倒だが、少なくとも原作じゃゴーレム軍団が街を練り歩くなんてイベントはなかった都合、仏作って魂入れずってわけじゃないが実戦配備には結構な時間がかかる──つまり、今回の件にやつらは後先考えず全力投球してきたと見ていいだろう。

 

「見ての通り、ゴーレムは極めて先進的な技術で作られている」

 

 大佐はプロジェクターが映し出す分析結果を指示棒で示しながら、画面を拡大する。

 装甲材の合金や、制御ユニットのAI、ゴーレムの心臓となるバッテリー。

 この三つが特に兵器としては革新的だと大佐が付け加えた通り、合金は軽さと強度を両立し、AIとバッテリーは、性能と稼働時間を両立させながらこのサイズまで小型化していることそのものが驚異的だ。

 

「つまり……どういうこと、ですかぁ?」

「敵は……『暁の空』はただの憂国運動崩れな連中じゃないってことだよ、南里まゆ」

「肯定する。ヤツらがここまで高水準な技術を有している以上、ただの反体制運動家と見做すのは危険だと此方は提言する」

 

 大佐の言葉に乗っかる形で、俺は言った。

 トラック十数台に乗り込んだ訓練された連中と、それに行き渡る武器を準備できて、かつゴーレムまで用意しているとくれば、アホの集まりの一言で切り捨てるのは危険すぎる。

 構成員の規模がわからんのも厄介だ。

 

 英知院学園襲撃を阻止した時には、相当な人数がお縄につくことになったが、懲りることなく「骸王」は動画サイトに今後とも活動を続けていくという趣旨の演説を投稿していた以上、痛手は負ったとしても、構成員はまだまだ残ってると見ていいだろう。

 生憎、設定資料集にも載ってなかったから、俺は「暁の空」が有する戦力の総数がわからん。

 だが、こういう時はなにかしらのデータを持っている人間に訊くのが一番手っ取り早いと相場が決まっている。

 

 続きを促すように、俺は大佐へと視線を向けて片目を瞑った。

 

「その通りだ、西條千早。ひっ捕らえた連中の素性を洗った結果だが、傭兵崩れにマフィア崩れから他国のテロリスト崩れまで、実に様々だったよ」

「……なるほど、つまり」

「あの『骸王』とやらはともかくとして、『暁の空』そのものは何者かに利用されている……いや、乗っ取られている可能性が非常に高い」

 

 大佐が推測した通り、「暁の空」を操る黒幕の存在があるのは知っていたが、まさかここまで反社会的勢力のオールスターズみたいなことになってるとは思いもしなかった。

 それに、さらっと流しそうになったというか流してたが、そもそも「魔法少女が国の管理下にある存在」だということを知っている時点で、少なくとも、「短期留学の最終日」に襲ってきた時点で勘付くべきだったのだ。

 こいつらは、ただのアホが舞い上がってはしゃいでいるだけの存在じゃないと。

 

 いやまあ、神輿に担がれてる「骸王」は十中八九舞い上がってるだけのアホだろうが、神輿は軽けりゃ軽いほどいいっていうしな。

 

「だが、朗報があるとするなら、ゴーレムは確かに魔力弾を撃てるかもしれないが、魔力障壁の展開まではできないということだ」

 

 つまりは、通常の装備で対抗できる。

 大佐が言った通り、魔法少女殺しともいえる兵器たるゴーレムに弱点と呼べるものがあるとするなら、その一点だった。

 先進的な合金を使っちゃいるものの、自衛隊の装備でその装甲を貫けるかどうかの試射実験に関しては「可能」というデータがスクリーンには示されているし、今後「暁の空」や関連組織に対しての警戒は、主に防衛省や公安の管轄へと移っていくことだろう。

 

「つまり、アタシたちは通常任務に復帰するってことでいいんですか?」

「そういうことだよ、東雲葉月。今後とも連中の動きについては関係各所と連携をとって監視していく必要はあるが、諸君らの任務については臨界獣への警戒、対処が主になってくるだろう」

 

 今のところ、その選択は間違っていない。

 だが、今後想定される最悪の事態は、「敵に魔力弾を量産化されること」だ。

 ゴーレムしか運用できなかったそれが、「M.A.G.I.A」が有する魔術兵装のように、一般の構成員でも扱える水準までダウングレードされれば、「暁の空」は魔法少女狩りの組織として本格的に動き出すことになるだろう。

 

 だが、なんのために。なんのために、あいつらは魔法少女を狩るんだ?

 そこがただ引っかかる。

 原作じゃあそれどころじゃなくなってメインシナリオからは段々フェードアウトしていった「暁の空」だが、この世界が続いていく以上、エンディングのあとにスタッフロールが流れて「おわり」で済まない以上、俺たちは常にこの脅威と対峙し続けなければならない。

 

 せっかく万札を数枚叩いて買った設定資料集なんだから、そういう細部まで書いててくれねえもんかな。

 そもそもクソゲーの設定資料集に万札数枚って時点で強気すぎる値段設定なんだからよ。

 やっぱりあいつら、このクソゲーの続編出すつもり満々だったんじゃなかろうな。いよいよもってその疑惑は確信に変わっていく。

 

「先輩、どうしたんですかー? 急に黙り込んじゃって」

「……此方としても『暁の空』の真の目的が見えてこなくてな、不気味に思っていたところだ」

 

 真の日本の解放とかいうふわふわしたスローガンの裏に隠された真意は、黒幕の目的は一体なんなのか。

 今までは原作を知っていたからこそ、先立って動くことができていたが、それが通用しなくなってくれば、なにが破滅フラグに繋がるかわかったもんじゃない。

 冗談じゃない、俺は死にたくもなければ、誰にも死んでほしくもないんだ。

 

「……そーですね、私もそれはちょい怖いなって思ってましたよ」

「……そうか。ならば尚更生き急ぐなよ、由希奈」

「わかってますってばー」

 

 由希奈は俺の言葉に、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。

 本人がどこまでわかってるのかは知りようもないが、頭の片隅にでも留めてくれているなら幸いだ。

 できることなら、俺は常に開店休業状態な国営メイド喫茶の店員として、だらだらとした日々を送りたい。誰も死ななくて済む、誰も傷つかなくて済む道を歩みたい。

 

 だけどそんなもんはこのクソゲーの世界には存在しちゃいないんだということは、嫌でもわかっている。

 それにここがゲームの世界であったとしても、画面越しに見ていた時と違って、由希奈も、こよみも、大佐も、葉月も、まゆも、そして俺も──世界の一員として、生きているんだ。

 誰にも死んでほしくない、そして死にたくないということを望むなら、その望みを抱くなら、歩む道はきっと茨で覆われている。

 

 だとしても、やるしかないんだ。

 使えるものは全部使う、できることはなんでもやる。

 それがきっと、なんの価値もない人生を歩んできた「俺」が、「西條千早」に転生した理由なんだろうから。

 

「……そ、その……ぁ、あの……西條、先輩……」

「……どうした、こよみ?」

「……その……気に障ったら、ごめんなさい……でも、い、今の……西條先輩……すごく、怖い顔……してて……」

 

 そんなことを考えていた俺の表情は相当険しいものになっていたらしい。

 こよみは、怯えたようにぷるぷると身体を震わせていた。

 うーん、考え込んでいたとはいえ悪いことをしたな。あんまり気を張りすぎるのも考えものだ。

 

「……すまないな。今日の此方は少しばかり考えすぎていたようだ」

「……西條、先輩……」

「……ありがとう、こよみ。一人で考え込んだところで、なにかがわかるわけでもない。此方の悪い癖だな」

 

 助けが必要な時は、其方にも頼らせてもらうさ。

 そう告げて、俺はこよみの銀髪をそっと撫でた。銀糸を織り込んで作ったようなふわふわとした感触が心地よい。

 

「……はい……わ、わたしも……困った時は、西條先輩を、頼りますから……お互い様、ですね……!」

「……ふ、ははは……そうか、そうだな。お互い様だ」

 

 柔らかくはにかんだこよみの笑顔に絆されながら、俺は彼女の口から飛び出してきた、思いもよらない言葉にただ感心していた。

 そうだよな、お互い様だ。

 助け合う。自分で言ってたことなのに、それを忘れてるんだから仕方ないな。

 

「……ありがとう、こよみ」

 

 感謝の言葉は、口にしないと伝わらない。

 だから俺は、きっちりとこよみの赤い瞳を覗き込みながらはっきりと声に出す。

 そんな、大事なことを思い出させてくれたこよみに感謝をしつつ、俺はミーティングの続きに臨むのだった。

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