書痴の知

小狸

第1冊「臥薪生譚」

第1冊「臥薪生譚」①

【臥薪嘗胆(がしんしょうたん)】

 目的を達するため、苦労を重ねること



 その日、いつものように僕――臥雲がうん降彦ふるひこは図書室で薪原まきはらさんと会話していた。


 私立含蓄がんちく中学校読書ランキング1位の彼女と、2位の僕との会話に、介入する人間はいない――というかこの中学校では、読書をするという習慣がない。


 例えばそれは、放課後の図書室を利用する生徒が誰一人として存在しないということからも如実に表れている。


 学歴主義の功罪、とでも言おうか。


 文武両道の中に、どうやら読書――つまり書は含まれないということらしい。


 そんなことをするなら問題集を解け、授業を受けろ、良い大学に入れ、安定した就職先に入れ、家族を作れ、子どもを作れ、幸せになれ――というのが、最近の私立中学校界隈の風潮であるようだった。


 私立中学というより、世の中の風潮がそうなっている感がある。

 

 いつだって先に不安を抱えながら、僕らは大人によって生かされている。


 しかし何が幸せか、などというものは、そう簡単に決められるものなのだろうか。


 「○○をすれば必ず幸せになれます」なんて、詐欺か誇大広告くらいのものだろうに、当たり前のように周囲の同級生たちは、大人たちの言われた通り勉学にのみ励んでいる。


 まあ、それが正しいのだろう。

 

 少なくとも中学校までは、大人の言う通りにする子どもは、好かれるから。


 その先は知らない。


 彼らもいずれ気付くだろう。


 自分の人生は、自分で決めなければならないということに。


 そんな中で、人生に不必要とされる読書にふける僕らは、間違いなく異端だった。


 そんな異端を、しかし二人で僕らは楽しんでいたし、誇らしいとすら思っていた。


 少なくとも、巨大な図書室を二人で占拠できる優越感というものは、何にも代えがたい。


 お互いにページめくりながら、僕らは小説を読む。

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