【短編】『はんぶんこ』という病癖

端暮物書

本編

 双葉家は代々、双子が生まれてくることで有名な家系でありました。そこに生まれた陽向という男子が、この物語の主役であります。


 彼は双葉家にしては珍しく、双子ではありませんでした。そして、容姿も余り整っておりませんでした。それはもう、血縁関係に疑惑を持たずにはいられないほどに。だからといって、何か迫害を受けていた訳ではありませんでしたが、しかし両親や親戚が何気なく口にする、「ひとりで寂しくないの?」「かわいいね」という言葉に、心を傷めていました。双子として生まれ、比較的容色の良い彼らには、陽向の気持ちがわからなかったのです。彼は常に、孤独でした。


 さて、ここで少しばかり、陽向の変わった――というか、一種の病癖を話さなければなりません。これが、この物語の肝であります故。


 彼には、どんな物も半分にする癖があったのです。例えば、三時のおやつに茶菓子を与えられたならば、彼はそれを半分に割って、一方を食べ、一方を捨てるのです。


 例えば、こんなこともありました。彼が小学校へ上がった折、ランドセルが買い与えられたのですが、あろうことかそれすらも彼は半分にしたのです。しかも、両手で紙を引きちぎるような、無造作で煩雑な仕事ぶりではなく、綺麗に丁寧に極小の単位まで緻密に計算されたと見えるような、美しい分割ぶりであったのです。それはとても、子供の所業とは思えませんでした。流石にこれは、両親に叱られ、陽向はそれ以降、『はんぶんこ』にするものを選ぶようになりました。


 しかし、そんな彼の病癖も、年を経るごとに鳴りを潜めるようになりました。成人する頃には、最早過去の笑い話であります。両親も「きっと子供特有の、制御不能な衝動の類いであったのだろう」と納得していたのです。


 そんなある日のことでありました。双葉家の面々が、一同に会する席が開かれる旨が陽向の耳に届きました。実はこれは、毎年のように開かれる、忘年会のような恒例行事なのですが、陽向はこれを酷く敬遠していました。親戚が苦手というのもありましたが、何よりも、同じ顔が二つずつあるその空間が、さながら鏡をずっと見ているような気分になってきて、気が狂いそうになってしまうからです。とはいえ、彼ももう成人しています。我が儘を言うような歳は、とうに過ぎているのです。彼は思いきって、この席に顔を出すことを決意しました。


 宴もたけなわ。飲みの席は意外にも順調でありました。といいますのも、陽向はこの席で、思わぬ再会を果たしたからです。それは従兄弟の瑞樹でありました。先述の通り、陽向は付き合いが大変悪かったので、瑞樹との再会も実に五本指二つでは足りないほどぶりでありました。


 陽向は、瑞樹にある種の憧憬を持っておりました。無理もありません。瑞樹は陽向と同じく、双葉家にしては珍しい、一人っ子であったのです。彼が彼女との再会を予期していなかったのは、これが理由であります。彼女も、中々親族会には顔を出さないことを、両親伝手に聞いていたのです。同族嫌悪があるならば、その反対もあって然るべきでしょう。これは無自覚でしたが、陽向は最早、瑞樹に恋慕の情を抱いていたのであります。


 お互いの傷を舐め合い、慰め合うような語り合いは、陽向にとって大変心地良いものでありました。宴会は大衆居酒屋のお座敷で開かれていて、陽向と瑞樹は隣同士でした。大変陳腐な比喩ではありますが、二人の空間は、まるで他を寄せ付けない、排他的なものでありました。


 しかしながら陽向は、瑞樹の口から飛び出した言葉に、その幸せな世界が崩れ去っていく音を聞きました。それは瑞樹にとっては、何気ないものでありました。「実は婚約をしている恋人がいるの」という、本当にどこにでもあるような、幸せな人生の一頁であったのです。しかし、人の幸福が他者の幸福とは限りません。それどころか、その二つは相反するものと言えましょう。


 陽向はぐつぐつと、心の底から、何かどす黒く澱んだものが、湧き上がってくるのが解りました。頭に過ったのは、二つずつある親戚の顔と、自分の知らない男と仲睦まじくしている瑞樹の姿です。「ひとりで寂しくないの?」という言葉です。「結婚するの」という報告です。「まだ彼女もできないの」という揶揄です。怒りでしょうか。悔しさでしょうか。自責でしょうか。いえ、そのどれとも、このどす黒い感情は趣を異にしています。そう、それは紛うこと無き、殺意でありました。そして同時に、心の奥底で眠っていたはずの、あの狂気じみた病癖の衝動も湧き上がってくるのです。しかもそれは、幼少期のそれとは、全く比較にならないほどに、強いものでありました。最早自制を利かすことは不可能です。我慢しよう、抑制しようとしても、額には珠の汗が浮かび、脇からは気持ちの悪い冷や汗が滲んで、背骨には突き刺されるような寒気が走るのです。


 そして遂に、その狂気と殺意に満ちた悪魔は、最悪の形で外界に顕れました。


 双葉陽向が起こしたこの猟奇的殺人事件。特徴は、殆どの死体が右と左で『はんぶんこ』にされていて、どちらか一方はゴミ箱に捨てられ、残ったもの同士が接着されていたということです。しかし一つだけ例外があって、それは女の死体でありました。これだけは真っ二つにはされていなかったのですが、彼女の左手薬指にはめられていた指輪が、圧倒的な力を以てして、粉々に砕かれていたのであります。犯人は、動機について「」と供述したのだとか。

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