第2話 入学試験 1

 季節は冬の終わり。段々と厳しい寒さが和らいできた今日、国立ヴェストニア騎士学院の入学試験を迎えた。


このヴェストニア王国の国土は、国の中心に聳える神樹から半径100キロの円形をしている。遥か昔は半径500キロ程の国土を有していたらしいのだが、ジワジワと魔物に人間の領土を侵食され、ここ数百年は半径100キロ程で安定して人の領域を維持している。それが神樹の効果が弱まったからなのか、元々の効果範囲がそうだったのかは分かっていない。


唯一確かなのは、現状神樹から100キロ以内であれば魔物も寄り付かず、人が安全に暮らせる領域ということだ。逆に言えばその100キロを越えてしまうと、魔物がウヨウヨと蠢く危険地帯ということなのだが、その危険地帯には豊富な資源や食料が眠っている。


現在のヴェストニア王国の人口は約200万人。歴史書によれば、かつては人口5000万人というとてつもない大国だったらしいが、国土と共に住民も失ってしまった。しかし近年、安全な半径100キロ圏内で農業や畜産をするには、あまりにも国土が狭すぎるという結論に至っている。


安全に暮らせる領域内では次第に人口が増加していき、200万人の人々が暮らす居住区と、その人口を支えるだけの食料の生産区の広さを考えると、とてもではないが生産区が足りないらしい。


だからこそ、魔物を退けるだけの実力を持つ騎士達が危険地帯へと踏み込み、増え続ける魔物の数を間引くと同時に、食料や資源の調達までを行っているのだ。


そしてそれを成す騎士は、富と名声を欲しいままにする職業であり、国民の憧れである。つまりこのヴェストニア騎士学院に入学を認められれば、人生において成功者となれる。



「さてと、確か学院はこの辺りだったか・・・」


 俺は軍務大臣のおっさんから渡された受験票の書類に記載されている地図を頼りに、入学試験が行われる学院を目指して歩いていた。


この国は神樹がある内側から順に、王族と一部の高位貴族しか入れない『王族特区』、爵位を持つ者しか入れない『貴族区』、金持ちと一部の平民が入れる『王都区』、平民しかいない『居住区』、そして、食料を生産している『生産区』と別れている。


それぞれの区画は強固な壁で区切られており、通行には身分証が必要不可欠だ。王都区までは比較的治安は良いのだが、居住区は表通りから裏道に入ろうものなら、スリや人拐い、略奪なんかに遇う危険性が高い。


「あの・・・すみません」


受験票を片手にのんびり歩いていると、申し訳なさそうな声で一人の女の子が声をかけてきた。見た目は完全に子供で、俺よりも身長は10センチほど低い。水色のショートカットに、クリクリとした垂れ目気味の大きな目とあどけない顔が可愛らしいが、冬の終わりとはいえまだ寒いというのに、灰色の外套を羽織っているだけで少々寒そうな格好だ。それに、その外套も少し汚れており、そこから覗く手足は細く、やつれているような印象を受ける。明らかにこの王都区には不釣り合いな少女だ。


「ん?どうしたのかな?」


俺は大人として、何事か困っているこの少女に優しく微笑みながら返答した。決して俺より身長が低いこの少女の外見に、優越感を抱いて優しい声が出たのではない。


「えっと、その・・・騎士学院の入学試験を受ける方ですよね?」


おどおどした様子で確認してくる少女の視線は、俺が手にしている赤い受験票に向いている。


「あ、ああ、そうだよ」


「あの、もしよければ一緒に行っても良いでしょうか?その、王都区に来るのは初めてで、道が良く分からないものですから・・・」


「・・もちろん構わないよ」


少女のお願いを、俺は快く承諾した。俺の外見を見て、自分と同じ年齢の受験生であることに疑問を抱く様子のない彼女に対して思うところはあるが、今までの人生でこのたぐいの反応には慣れていることもあり、少しだけ達観した思いで返答した。


「あ、ありがとうございます!わ、私はロベリアと言います!ロベリア・カルタス!カルタス孤児院から来ました」


「俺はアル・ストラウス。ストラウス孤児院から来た。よろしく!」


任務における自分の設定を思い浮かべながら自己紹介をした俺は、笑みを浮かべながら手を差し出した。


「良かった!やっぱり同じ孤児だったんですね!よろしくお願いします!!」


安心した表情を浮かべたロベリアは、俺の手を取って笑顔で握手をした。一応平民という設定の為、俺が着ている黒い外套は、見た目がボロい。ただ、内側は厚めの毛皮で加工されており、見た目に反して防寒効果がしっかりしている。


おそらく彼女は俺の服装から、同じ平民であると当たりを付けて話しかけてきたのだろう。


そうして俺達は一緒に学院へと移動することとなった。



 国立ヴェストニア騎士学院ーーー


一学年の生徒数は約100人。総数300人程の学院で、15歳で入学し、成人する18歳までの3年間に魔術や剣武術、魔物の生態、部隊指揮・運用等を学ぶ学院だ。


卒業後は基本的に騎士に叙任され、七部隊ある騎士団のいずれかに所属することになる。逆に言えば、騎士になるには学院を卒業しなければならないのだが、例外が無いわけではない。ちなみに俺は、数少ない例外の一人だ。


1部隊平均1000人程の騎士が所属している騎士団だが、俺の指揮している第一騎士団は少々特殊で、たったの4人しか居ない。それでも他部隊と同等以上の戦果を出しているので、俺としても部隊の騎士を増やすつもりは無かった。だが、ここに来て俺の実力に頼っている部隊編成に対して危機感を持った為政者達が、俺を別任務に就けているうちに部隊編成を通常に戻すということになった。


しかし、部隊長は騎士の中でも最上位の実力を持つ7人に与えられるパラディンという称号を持った者しか認められないということもあり、俺の序列1位が欠番になっているため、第一騎士団の部隊長は臨時で軍務大臣のおっさんが務めることになっている。


また、騎士に叙任されるということは、同時に爵位を手にするということである。どんなに実力の無い騎士でも、最低準男爵の爵位が与えられるのだ。


俺のように平民で孤児の出だったとしても、実力さえあれば伯爵位にまで上り詰めることも出来る。


ただ、そうは言っても平民の家では、幼い頃から十分に魔術や剣術の鍛錬をするのは不可能に近いし、騎士に成れるのは大概裕福な貴族の子供だけだ。


しかし極稀に、学院で学ばずとも圧倒的な力を手にしている者や、15歳に行われる鑑定の儀で才能を見出された者は、貧富や出自に関係なく騎士に叙任されることもある。



(このロベリアは俺と別ルートの例外だな・・・)


 学院に着くまでの道中、俺はロベリアから様々な身の上話を聞いていた。


赤子の頃に両親に捨てられ、それ以降孤児院で生活している事。孤児院の経営状態が悪いため、食べ物は少なく、満足に食べられなかった事。先月行われた鑑定の儀で、聖属性魔術に適正が有ることが判明し、学院で学ぶように命令された事などなど・・・俺が同じ孤児という境遇も相まってか、初対面とは思えぬほど饒舌に語ってくれた。


「それであの、アルさんはどちらのコースの試験を受けられるのですか?」


彼女の身の上話も一段落し、話題はこれから向かう学院の試験に移っていった。


「魔術コースを受けるつもりだよ。ロベリアもだろう?」


彼女には聖魔術の才能があるということだったので、当然魔術コースを受験するのだろうと聞いた。


「はい。そのように言われています。ただ、私の受験はちょっと特殊らしくて、実技というよりも魔力量の確認と面接だけらしいいんです」


どの魔術に適正があるかは人それぞれだ。魔術の属性は、火・水・土・風の基本四属性と、聖・闇の特異二属性に分けられている。その属性の才能がなければ、基本的に属性魔術を扱うことは出来ない。


しかし、属性を扱える才能があるからと言って必ず魔術師になれるわけではなく、実戦に耐えられるだけの威力や精度は必要不可欠だ。


それらを踏まえると、彼女には聖魔術の適性しか無いので、実技で確認するには都合の良い怪我人が必要となるが、そもそも彼女は孤児院の出なので、今まで魔術の訓練をしていたとは考え難い。だからこそ学院で学ばせるのだろうが、通常の試験内容では合格にならないため、特別な試験方法を取ったのだろう。


学院の入学試験は最初に実技試験を行う。そこである程度振るいにかけ、次に筆記試験、最後に面接という順序で最終的に合格となる。


(まぁ、特異二属性の才能を持つ人材は貴重だからな。多少強引にでも入学させようとするか・・・)


困惑した表情を浮かべるの彼女の横顔を見ながら、その理由を見透かす。おそらく彼女は自身の希少性を理解していないのだろう。


「お互い入学できるように頑張ろう」


「はい!一緒に入学できるように頑張ります!!」


当たり障りのない俺の言葉に、彼女は満面の笑みで応えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る