第2話

洞窟から出たら300年経ってたり、季節が変わってたり、痩せ細っていたり、予想を超えることがいくつも起こったが、まず飯を食わないと倒れそうだ。

夏至祭を教えてくれた門から中に入り食事を得られる場所を探していく。

祭りだからか急拵えの店舗がいくつか見える。

一番近くにあるパン屋に入ることにした。パンは300年経っても変わってない、はずだ。

周りの人のやり方をまねて買えばいい。パンを会計するところまでは来たが……通貨同じなわけないよな、なんとかしよう。

「1つだね、130ディルヘイムだよ」

「これ、使えるか?」

持っていた通貨、つまり300年前の通貨を置く。

「使えるわけねえだろこれ、本でみたことあるような古いもんだぞ」

「本?てことは教会出身か?」

「?いや違うが」

「む、そうなのか……ええと、なら実物を自分のものにしたことはないだろ。これは家の物置からでてきたカネなんだ。この銀貨一枚とパン1つを交換しないか?」

「家帰って普通のカネ持ってこいよ」

「いいのか?珍しいものだぞ。パン1つより価値あるから」

「ハァ……そこまで言うならパンの1つくらいやるよ」

「よし、ありがとう」

銀貨を支払い、手にしたパンを外で食べる、すると

「ほお……うまいな」

空腹のおかげか技術の進歩か、非常に美味かった。食べながら次すべきことを考える。

「住んでた家がどうなってるかを確認して、いや金はどうするべきかな……言葉は変わってなくて良かったが……それに、俺は何のために生きればいいんだ?」

食べ終わり家の方へと歩みを進める。道は横に灯りがともるようになっていたり舗装されているところもあるが、うちの村があるところは田舎だからいくら技術進展があっても恩恵を受けるのは時間がかかるはずだ。

つまりうちの村は俺の知ってる村のままのはず。その可能性にかけて村へ向かう。


村の大部分は変わっていなかった。建物や牧場の柵などは移動したりしていたが、地形や空気は変わってはおらず安心させてくれた。

なつかしい道を通り家へとたどり着いた。

石造りの建築物は後世に残りやすいと教会の本で読んだ。その通りだった。家は残っていた。

ドアを期待を込めてたたく。居るのか?誰か

ドアが開き男が出てきた。

父と祖父を混ぜたような顔の大男がこちらを睨む。

ドアの奥には心配そうな顔をした女性、そして子供が2人同じくこちらを見ている。

顔が似ているということは俺たちの血縁者だろう、なら、俺の兄弟は次世代に繋げれたのだろう。300年経ってもう知っている者はみんな死んでしまったことを実感した。

「……300年前に死んだドレッドという男についてなにか知ってるか?」

俺がこいつを顔が似ていると評価したのなら、相手も同様に判断したはず。

「あんた……見覚えはないが俺と似ているな、一体どういう……あ、いやドレッドとやらについてはなんも知らん……」

「家の裏の山にうちの墓があるだろう。そこにいけば分かるはずだ。来てくれないか?」

「あ、ああ分かった……」

子孫らしき男のみを連れて墓に向かう。

その男は不信や不安からかドレッドの顔を何度も見た。

墓に着き、手入れが行われている新しい墓の奥、少し植物が支配しているより古い世代の墓に進んだ。

「良かった。予想通りあった」

墓にはドレッドの名が刻まれていた。その周りにはドレッドの家族も。あの後、弔ってはくれたんだな。

「分かってくれたかな。俺は300年前に死んだと思われてた。だが俺は……生きていた。しかし目が覚めた時には300年経っていたわけだ。俺は、あんたの先祖だろう」

「……信じられねえようなことだな。だけども顔が似てるし……俺は信じるぜ」

「ありがとう。俺は現在の状況を全く知らん。いろいろ教えてくれ。後服も貰いたい。金はあるぞ、昔のだけど」

二人は家に戻り(一人は300年ぶりに)物置きとなっていた部屋で暖をとりながら、話すことにした。

「さて、何を話せばいいのか……」

「俺も分からん。昔と今の違いを知るには両方を知らないと不可能だ」

「まあ当てずっぽうで話していこう。まず自分たちのことでいこう。俺たちはセプテントレオ国の国民で、首都グラードでは蒸気機関車が走ってる。田舎だから目で見たことはないがな」

「新しいことばかりだ。当たり前か。蒸気機関って蒸気の力をつかうのか?そんなに強いもんか?」

「餌の代わりに石炭を食う馬車って呼ばれてる。結構速いぞ」

「科学技術の発展は目覚ましいな」

「300年経ってんだからな」

「そうだ、スキルって今どうなってる」

「スキル……ああ、教会の奴らだけのあれか」

「ほう……昔は修行した民間人にも許されてたんだぜ、俺だってスキル持ちだ」

「まじかよ!なんのスキルなんだ?」

「あー沈没物操作とやらだ。役に立ってない」

「……」

「今思ったんだが、現在の制度や通貨とかの基本的なことは教えるから、そこからは自分の目で見て世界を理解していけばいいんじゃないか?」

「……そうだな、それでいこう。基本的なことか、あんたの名前とかだな」

「言ってなかったな。俺はダントだ。よろしくなご先祖様」

1時間程した後、二人は部屋を出た。


服と現在の通貨を持っていたカネと交換してもらった。

もう夜であったが、ベッドを借りるのも気が引けるため出発することにした。

目的地は決まっていない。ただ、ただ大きな街に向けて歩みを進めることにした。

ドレッドは悩んでいた。分からないことだらけの世界で、何を人生の目標として生きていけばいいのか。家族がいた時は、家族を幸せに出来ればいいというのが目標だった。あの時は世界が狭かったから。だが今家族という縛りから解放され自由になった時、同時に目標も失ってしまった。

ふと顔を上げた時左の方の雪山のふもとで煙が上がっているのが見えた。

「あの辺りは……夏でも雪山で雪に隠された縦穴がばかみたいにあったはずだ……」

近くの村民なら知っているだろうが、あんなところで火なんて炊くか?……もしもよそ者であるなら知らないかもしれない。

「行ってみるか」

家族を助けるのも、誰かを助けるのも同じことだろう。

山のふもとまでは背の高い樹がたくさん茂っており見通しは悪い。林を抜け見通しが良くなったら縦穴がたくさんあったはずだ。

林を抜け焚き火の方を見ると、一面雪景色の中、焚き火をしている一人の旅人がいた。顔は影になっていて見えないが、沢山の荷物から旅人だと分かった。よそ者にその土地の危険を知らせてやるのもその土地の者のつとめだろう。縦穴を避けつつ近づきながら注意喚起の声をかける……が、

「!?」

あるはずのない場所に縦穴があり足から穴に落ちていってしまう。手で穴の壁を掴むが維持するので精一杯だ。

「ああそうか300年も経ってたら地形も変わっちまうよなぁ!俺が目覚めたのも多分地形変動だろうし、なんで気づかなかった!」

後悔しながら手に力を込める。すると、目の端の方から、大きな翼を広げた生き物が迫ってくる。

それはそのままドレッドに近づき、持ち上げ、力強く羽ばたき穴から脱出した。

ドレッドはその生き物に抱えられたまま焚き火のそばに共に着地し、その生き物はドレッドの後ろから横へ移動した。焚き火の光がドレッドとその生き物を照らす。

優しげな印象を与える水色と白色の肌

成人より大きな身長

長いマズル

整った顔立ち

ボロボロのフード付きの背中が開くようになっている灰色のローブ

ローブの上からでも分かる大きな胸

大きな尻尾

空を飛べる力強く美麗な翼


獣人!それにドラゴンの!どちらも初めてのことだった。しかしまずは、

「助けてくれてありがとう」

ドレッドは頭を下げる。

「……あなたが先に助けようとしてくれたから助け返しただけよ。これで貸し借りはなしよ」

縦穴のことを教えようとしたことについて言っているのだろうが、相手が空を飛べるのなら伝える意味がなかった。ドレッドは少し落ち込んだ。

「俺は獣人に会うのは初めてなんだ。君のことを教えてくれないか?」

好奇心からドレッドは聞いた。

「……そう、初めて見たんだ。見ての通り私はドラゴンの獣人よ」

「なんでこんな辺鄙な所に?」

「……獣人への迫害が増したから故郷を捨てて出て行ったの。北へ北へと飛んで辿り着いたのがここ。どうやらここみたいな辺境の地なら迫害も少なそうね」

ダントは獣人についてなにも語らなかったからあいつも獣人を見たことはないんじゃないか、ここら辺に獣人の村があるとは聞いたこともないし。

それならここでは迫害も少ないだろう。

「すまない、俺は何も知らないから教えて欲しい。どうして迫害を受けているんだ?」

「ただの生存競争の結果でしょう。我々もあなたたちも食料や広く豊かな平原が欲しいでしょうから……これまでは小競り合い程度だったのが、あなたたち人間の科学技術が発展して人間の方が強くなってから人間たちが攻めてくるようになって迫害も強くなったわ」

「……知らなかったよ。すまなかったな……俺たち人間が……」

少しの間沈黙が流れる。

沈黙に耐えきれずドレッドが口を開く。

「……なぁ、あんたはこれからどうするんだ?故郷を捨てたってことは行く当てはあるのか?」

「ないよ。彷徨って、いつか幸せに暮らせるところを見つけてやるのさ」

「だっだったら、俺もついていっていいか?」

「……変な人間だねぇ。いいよ。あんたなら」

「そんなに簡単に信用していいのか?俺が言うのもなんだが」

「危険を知らせようとして自分から穴に落ちるような人間を怖いとは思わないわ。それに、獣人の方が人間より単体では強いの。あんたが敵でも返り討ちにしてやるわ」

誇らしげに胸を張りながら言った。

「頼もしいな、そうだ名前を言ってなかったな。俺はドレッド。この土地から出たことがないから知らないことばっかりだが、よろしくたのむ」

「私はメモン。言った通りドラゴンの獣人よ。よろしくたのむわね」

二人は握手をした。彼女、メモンの暖かさが伝わってくる。他の人より一層暖かく感じた。これは300年後の世界で初めて仲間を得た喜びからだったのかもしれない。

「ドラゴンの獣人は人間より体温高いの。知らなかったでしょ?」

違ったようだ。

「さて、それならあなたのことも教えてくれない?どうしてついてこようと思ったの?ここら辺にあなたの家があるはずよね?」

「ああ、……色々あって帰る場所無くなっちまったんだ。あんたと同じになるかな」

「ふふ、少し違うわ。私の故郷は差別や迫害がなくなって平和になったらそこに帰れるもの。今は帰れないだけ」

「……私の目標はまた故郷でみんなといっしょに暮らすこと。だからその時まで生き延びるわよ。あなたは何か目標はある?ドレッド」

「俺、か……なんもないんだよね」

焚き火の火の勢いが風に煽られ小さくなる。

「俺みたいな人をまた生み出したくないって気持ちはあるけど……具体的にどうする?ってのが思いつかねえんだ。だったら、まずは生き延びること、つまりカネを稼ぐことが目標かな」

「なら、大体は同じ目標じゃないの私たち」

「……たしかに」

夜も更けて寒さが増す。火の周り以外では人は生きていけないくらいに。

「ドレッド、あなたこの夜どう過ごすつもり?家には帰れないんでしょ?もう夜遅くよ」

「まあそうだな。最悪穴でも掘って防寒具を布団代わりにするよ」

「ばかねぇ……もっと寒い所用の寝袋があるから使いな」

「いいのか?そしたらメモンの分はどうするんだ?」

「私は大丈夫よ。あなたは痩せてるんだから念のためね」

「……ああ、ありがたく寝袋使わせてもらうよ」

メモンが大きなリュックサックから寝袋を取り出しドレッドに渡す。

ドレッドは寝袋を受け取り、入り、空を見上げる。雲は少なく星空がよく見えたが、同時に夜風が刺さるような寒さを連れてくる。

「火は私が維持させとくよ」

すまん、ありがとう、と返事をし目を閉じ過去を振り返ると、さっきのメモンの言葉を思い起こす。そんなに痩せてたかな、と思い腕を見る。そこで、洞窟で目が覚めた時には異様に痩せていたことを思いだした。慣れていなかっただけだ。目が覚めてまだ1日も経っていない。ドレッドにとって1日前とは、教会から家に、家族のもとへ戻って来た日だった。

様々な事が起きたから疲れているのか目を閉じるとすぐ眠気がやってきた。



本当にこの男は信頼できるのか?

しかし判断するにはドレッドの情報が足りなかった。

でも、こいつは獣人の私を助けようとした。失敗したけど。遠くからじゃ獣人と分からなかっただけ、分かってたら見殺しにするつもりだったのかも。

火の面倒をみると言ったのは、ドレッドが弱そうに見え、この寒い夜の中起きさせるのも可哀想だったのと、まだ信頼できなかったから。

でも、

「いつか、こいつを信頼できればいいな……」

朝まで火は絶えることはなかった。




夏の朝日の光と暖かさでドレッドは目が覚めた。

まだついている火を見てドレッドは感謝を告げ、礼などいらんとの返事をもらった。

「さて、俺たちのひとまずの目標はカネを稼ぐことだ。具体的な方法を考えよう」

「鉱山で働くのはどう?獣人を差別しない所を探すのは難しいかもしれないけど、獣人は人間より腕っぷしが強いんだ。他の奴らより役に立てば追い出されることもないだろう」

「いや、話しておきたい事がある。俺にはスキルがあるんだ。それをなんとか活かせれば……」

「スキルってなんだい?」

「教会の奴らとかが持ってる人智を超えた能力だ。物理現象を無視したやつもある」

「す、すごいものなんだな……でもそんなの見かけないぞ?」

「多分だが、教会の奴らが民間人に与えなくなったんだろう。人智を超える行為ができるのは教会の者のみとかやって信仰心を維持したいのか、はたまた別の理由か分からないが……はっきりしてるのはスキル持ちはかなり少ないってことだ」

「もったいぶるなよ、ドレッドはどんなスキルを持ってるんだ?」

「沈没物操作、だ。役に立った事はない。だが、もし海に出る事ができればといったところだ」

「沈没物ねぇ……直接役に立つものではないのか……」

メモンは無意識かスキルの話の最初ときは左右に動いていたしっぽを力無く地面に着かせた。

「スキルの有用性を試すには海に出るしかないんだが……俺は海がどこにあるかも知らない。メモン、何か知ってるか?」

「うーん、たしか南に海を挟んだ大陸があるって言う話を聞いた事があるわ」

「おお!じゃああとはどうやって行くかだな。鉄道というのがあると聞いたぞ。海の近くまで線路がつながってたらいいんだが」

「そんなことしなくてもさ」

メモンはローブの間から翼を広げ言った。

飛んで行こう、と


ドレッドは空を飛んでいた。

今まで見てきた景色を上から眺めることは初めてであった。今まで住んできた村がどんどんと小さくなり、離れていく。自分にスキルを与えてくれた町の教会も上からなら見る事ができた。

この時点で300年前のドレッドの世界をとうの昔に超えていた。どこまでも陸地で覆われた地平線が全方位に雄大に広がっていた。

朝日の角度が変わっているのが分かるくらいの時間飛び続けていくと、ドレッドは不安になった。こんなに遠くの場所まで見えるのに海が見えないのなら、本当に海はあるのかと。

しかし、不安は綺麗に無くなった。

行き先の地平線、いや水平線から大量の水に覆われた土地が現れた。朝日を浴び、反射し眩しさが増していく。

ドレッドの瞳は眩しかった。

進めば進むほど、光は飛び込んできた。

「本当に、あるんだな……海は知っていたが……こんなに大きいのか……」

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