第6話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン5

「ルームメイトちゃんかあ」


大人の笑みをあたしに向ける來美くみ

実際に何を思っているのかは、うかがい知れないミステリアスな色香をまとったその表情をみせられたら、男性は惚れてしまうのかもしれない。

男にモテるってこういう顔ができる人なんだろうな。

純粋に羨ましいと思うし、あたしが來美くみを尊敬できる長所の一つだろう。

畠山はたけやま部長もきっとこの表情に魅せられるに違いない。


ピロリン♪


そんなことを思っていると、スマホが鳴った。

見ると、ゼアコードでメッセージが来たようだ。

通知設定にしているのは、ゆうちゃんと仕事関連だけだ。

どっちだろう?

ゆうちゃんからだった。

たぶん今お昼休憩に入ったくらいかな。


「なに?彼女さん?」


「うん……そ、そうだけど……。

会社では内緒にして……ね?」


來美くみの何を考えているのか読めない表情に少し不安になってきて、釘を刺しておいた。


「それはあんた次第かな」


どうやらこの釘は來美くみには刺さらない釘だったらしい。

來美くみの返しに絶句して、一先ひとまずゆうちゃんからのメッセージに目を移す。


『マイハニー、ランチタイムだよ♪

そういえば今日はバレンタインだったみたいね

私からのチョコ用意してなかったごめんね

でも、朝から張りきってたから、また去年みたいにいっっっぱいチョコもらえるのを期待してる〜♪

一緒にたくさんチョコ食べようね🍫🍫🍫』


「え!?これどういうこと???

あたし、どうしたらいいの????」


「なに軽く取り乱してんの?」


メッセージへの返信が思いつかず、あまりに困惑して、うっかり來美くみにメッセージの画面を見せてしまった。

見せた後に『マイハニー』とか、その上のあたしから『マイダーリン』とか、恥ずかしいところもしっかりと見えてしまうことに気づき顔が熱くなる。


しかし、來美くみはニヤリと意味ありげに笑い、一言。


梨律りつ、あんたの彼女は大物だね」


「どういう意味??」


「それを見る限り、ね。

あんたの午前中の頑張りは、とりあえずルームメイトちゃんにとっては真逆だったみたいね」


「それは……つまり、あたしの独り相撲だったってこと……?」


「そうみたいね」


來美くみ……ちょっと胸を貸してくれないかな……?」


「嫌よ。

あいにく、彼女持ちのモテモテなやつに貸す胸は持ち合わせてないわ」


「そんな……あたしの声、心地良いって言ってたくせに」


「今は私も彼氏持ちよ?

この胸はあんたのじゃないの。

海斗かいとにも自由にさせる気はないけど」


來美くみ

今日も可愛いよ。

一緒にお昼寝でもどうかな」


「落ち着きめの声で口説こうとすんな」


「やん、すぐバレた」


「元気になったんなら戻って仕事するよ」


「は〜い、課長様。

お陰様でなんとか元気になりました。

ありがとう、來美くみ

大好きだよ」


「はいはい。

いつもの調子が戻ってきたみたいね。

でも、そういうところが女の子たちに勘違いされるんだからね」


「うん、來美くみまで勘違い?をしてたとは思わなかったけどね」


「うるさいわね。

あんたのその声は反則なの!」



なんだかんだ言いつつも、会計は課長様の奢りだった。

ここはありがたく奢られておいて、今度畠山はたけやま部長と來美くみがデートできそうなお店を紹介してあげよう。

取引先の人にいくつか良いお店を教えてもらったのだ。


会計待ちの間、ゼアコードのゆうちゃんのメッセージに、なんて返そうか迷っていた。

正直に経緯を話すとなると、ちょっと話が長くなりすぎてしまう。

かと言って、『チョコ沢山もらってくるから期待してて』っていうのも何か違う気がする。


『マイダーリン

ダーリンからのチョコ、けっこう期待してたけど、残念〜

今年はチョコをそんなにもらえるかわかんないけど、友チョコを何個かもらったら一緒に食べるのも良いのかもね』


一応ゆうちゃんに合わせた感じで返信をし終えた。

これなら嘘はない。

何よりゆうちゃんからのチョコがないことに関しては、相当にショックだ。

めちゃくちゃショックなのは間違いないのだけれど、チョコをもらわないように断ることで誰かを傷つけてしまうことも分かったから、これからは無理に断らなくて良いというのは幾分いくぶんが楽だ。

チョコをたくさんもらって帰れば、ゆうちゃんが喜ぶのがわかったことも大きい。


ピロリン♪


またゼアコードだ。

ゆうちゃんかな?


三嶋みしま

いつもお世話になっております。

キュレールの波柴はしばです。

本日、事前に予定はしておりませんでしたが、17時頃に会合可能でしょうか。

15時までにご調整いただけますと幸いです』


ゆうちゃん、じゃなかった……。

仕事の方だ。

取引先のキュレール株式会社の波柴はしばさんからだ。

一応、今は休憩中なのでオフィスに戻ってからすぐに返信しよう。


「また彼女さんから?」


会計を終えた來美くみが音を聞きつけたようだ。

さっきまでのあたしの落ち込み様から、まだ心配してくれてるのかもしれない。


「いや、波柴はしばさんから」


波柴はしばってキュレールの?

あの人もあんたに弱いわよね。

きっとお高いバレンタインチョコでも用意してくるのね」


來美くみが意味あり気な視線を送ってくる。


「えー?

そんなことで会社同士の会合取りつけたりします?」


海斗かいとも2/14を指定で何個か入れられてるらしいわ。

昨日でも明日でもなく、なぜか今日を指定するってことは、何が理由かしらね?

しかも相手は女社長とか、取引先のご令嬢とか。


一昨年くらいまでは取引先の女性社員とか、もっとたくさん来てたらしいけど、昇進してたからあんまり重要なとこ以外は受けなくていいって言われて、結構減らしたみたいよ?」


「そういえば、今日は畠山はたけやま部長の午後のスケジュールカツカツでしたね。

でも、彼女としては複雑そうですね」


來美くみの表情は若干苦々し気だった。


海斗かいとなら大丈夫よ。

もし浮気するなら私も他の男の誘いがあるってこと、知ってるんだから。


じゃなくて、なんであんたは他人事みたいに言ってるのよ。

あんたもそうって話なのよ?」


「いやいやいや、そんなまさか」


海斗かいとの引き継ぎで、そうゆう海斗かいとなびいてた相手方の会社を引き継いだのって、大半あんただったでしょ」


「え……來美くみ、それマジ?」


「気づいてなかったの?」


「うん、全然。

というか、引き継ぎしてすぐの時は結構前任者を出してって言われてたから……そういうことだったのか」


「私に言われなかったらずっと気づかなかった感じよね……あんた」



そんなことを言いながらオフィスに戻ってきた。

正面玄関から入り、エレベーターに乗ってフロアに着いた瞬間。

視界に複数の女子たちが見えた。

こちらを見て、目の色が少し変わった。

來美くみが小声で聞いてくる。


「お出迎えよ。どうする?

追っ払うなら私がやってもいいのよ?」


「先に戻ってて、自分でなんとかできる」


「そう、がんばって」


來美くみはそのままスタスタと行ってしまった。



「あ、あの、これ。

受け取ってください」


差し出されたのは包装からしてチョコだろう。


「可愛い包装だね、橋本さん。

わざわざ用意してくれたんだ。ありがとう。

大切にいただくよ」


1つを受け取ると、右からも左からも何個ものチョコレートが差し出され、あたしの名前を呼ばれる。

手渡してくれる一人一人にお礼を言って、ほほ笑みかける。

昼前とは違い、断る理由が無くなって、心も晴れやかなので、いつもよりも自然な笑顔だと思う。

ようやくの平常運転で、今日が本当にバレンタインなんだって実感が持てた。

昼前に断ってしまった子達にも、後でフォローのメッセージを送ろう。


ピロリン♪ピロリン♪ピロリン♪ピロリン♪


昼休憩が明けたくらいの時間だ。

メッセージもたくさん来ているみたい。

早いとこ返信出さないと。



「ふう」


一通り返信を出し終えた。

これから3件ほど予定が入ってしまった。

もともと予定してた会合も日程調整してもらえるように頼みに頼んで減らしたが、この3件はどうしても外せなかった。


梨律りつ、お客様が下にお見えよ。

出迎えていらっしゃい」


來美くみ、ありがとう。

行ってきます」


「ちょっと待って」


「なに、來美くみ

むぐっ!?ん?グミ?」


「口からチョコのにおいがするから、一応口臭対策グミよ。

相手はキュレールでしょ?

先方の機嫌を損ねるリスクは減らしておかないと」


「さすがは課長様。

気遣いができてこそ、その役職ですね」


「ちょっと、嫌味に聞こえるんだけど?」


お世辞のつもりだったが來美くみは不満そうに眉をひそめている。

感謝を少し伝えたいだけだったんだけど……それなら。


「嫌味なんてそんな、じゃあ……ちゅっ。

行ってきます」


ほっぺにキスをしてみた。

学生時代に周りの女子たちから、よく感謝の印にと、ほっぺにキスをされていた。

お返しにほっぺにキスをしかえすと、すごく喜んでいた。

女友達ってそういうスキンシップをするのが当たり前だし、嬉しいんだと思う。

來美くみにはさっきも助けられたし、これからも良い関係を続けていきたいという親愛の意味も含めての軽いノリだった。


「なっ!?何すんの突然?!」


後ろから驚いたような声が聞こえてきたけど、下で先方が待っているから、うしろに見えるように手を振ってエレベーターホールへと向かった。

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