【甘塩甘感】甘いものに塩をかけるとさらに甘く感じるのってなんでなんだろうね

アルターステラ

第1話 休日の買い物

「ふ〜んふふ〜ん♪」


「ゆうちゃん、それ取って、3本ね」


流行りのアイドルとコラボしたパッケージのペットボトルを指さし、隣で鼻歌交じりに付き添う女の子に話しかける。


「ふっふ〜ん♪」


多分、オッケーってことだ。

意識はすぐにアイドルの特典グッズ(ミニトート)の品定めに向いていた。

最推しのJ2が残っていてくれれば良し、無ければヨヨ様か、王子のがあればいい。

他のメンバーのでもSNSで交換に出せば送料はかかるが、ワンチャンJ2を手にできる可能性はある。


「あ〜ん、リッくんたら、またCRYのグッズ漁ってるぅ〜

私というものがありながら!リッくんのバカぁ」


ふくれっ面になるゆうちゃんの顎を人差し指で持ち上げて、そのつぶらな瞳を見つめる。


「ごめんね、ゆう。

でもCRYは別腹なの、許してくれる、ダーリン?」


膨らんだ頬から徐々に空気が抜けていき、見つめた瞳が潤いを増し、とろんとしてきた。

指で軽く撫でた頬も薄く色付く。

落ちた。

これだから私は、ゆうちゃんを手放せないのだ。


「しかたないから許しちゃう。

でも、埋め合わせしないと、どこかに行っちゃうかもだよ、ハニー?」


「うん、すぐに埋め合わせしたいけど、ここじゃちょっとね。

家まで待てる、ダーリン?」


「きゃうん。

ハニーの声好きすぎるから家まで持たないかも。

だけど、がんばって持たせるね、リッくん」


「それでこそマイダーリン。

ご褒美を期待してて、ゆうちゃん」


ゆうちゃんの頭をふわふわと撫でながら、いたずらっぽく舌を見せてみる。

ゆうちゃんは顔を背けたけど、耳まで真っ赤なのは誤魔化せていない。


「栄養ドリンク買おうかな?」


「いいよ。あたしの分も選んでくれるよね」


こくりと小さく頷き、ゆうちゃんは早速栄養ドリンクコーナーに向かって行った。

運良く見つけられたJ2のミニトートの包装にキスしたい気持ちを抑えて、ゆうちゃんの後を追う。

すでにカゴの中は満載で、下の段のカゴにも必要なものがギッシリと載せてある。

女の腕でスピーディに動くことは難しく、重いカートを押しながら、栄養ドリンクを品定めするダーリンの元へ向かった。



休日のジャスオンは買い物客で賑わっていた。

大量の買い物を何とか済ませ、入口の近くのヒゲモジャパピーでシュークリームを買った。

期間限定のストロベリークリームはクランチの付いたザクザクの生地にとても良く合う。

家に帰ったらお気に入りの紅茶と共に至福のティータイムにしよう。

カルデリィで買いたいものがあるというので、ヒゲモジャパピーの前でゆうちゃんと別れ、入口で待っている。


「リッくーん♪

見てみて!これ売ってたの〜♪」


満面の笑みでカルデリィの袋を掲げているゆうちゃんがこちらに向かってきた。


「ダーリン、車向かいながらでもいい?」


そう言ってカートを押しながら入口へ向かう。


「ほら!リッくんの好きなやつ!」


すぐにゆうちゃんが追いかけてきて、袋の中身を見える位置にもってくる。

どうやらあたしを喜ばせたいらしい。


「マイダーリン、家に帰ったら早速開けてもいいかな?

それとも、さきにご褒美がいい?」


「開けるのが先♪

ご褒美はそのあ・と♡


だってその方がきっとハニーの調子もいいでしょ?」


「敵わないな、ゆうちゃんには」


「当然です♪

だって、リッくんのダーリンだし♪」


「君のそういうところがたまらないよ、ダーリン」


車の荷台に買ったものを載せ、運転席に座る。

カートを戻しに行ってくれたゆうちゃんを迎えにエンジンをかける。

車内はゆうちゃんの甘い香水のにおいがほんのりと残っている。

対向車や歩行者に気を配りつつ、ゆうちゃんの姿を目で追い続ける。


同性の恋人……という、だけでは言い表せない。

あたしにとってゆうちゃんは恩人でもあり、最も親しい友人でもある。

対外的にみれぱ、あたし(三嶋梨律みしま りつ)とゆうちゃん(北嶺夕禾きたみね ゆうか)は、同じ部屋をルームシェアするルームメイトということになる。

しかし、周りの人に二人の会話が聞かれたり、お互いにキスできる距離まで近づいて囁き合う姿を見られれば、人によっては嫌悪されてしまいかねない同性愛者と見られるかもしれない。

あたしはそういうのは気にしない。

そう、外野がなんと言おうと、ゆうちゃんがあたしを求めてくれる限り、あたしはそれに応えたい。

二人の関係は二人だけのものだ。

ゆうちゃんさえ望むなら別の国に行って結婚してもいい。

周りがあたしたちを認めないなら、周りの意見が好意的な所に移るのが1番いい。

だから、実はコツコツと勉強してる。

英語ラジオを聞いたり、字幕映画を字幕をなるべく見ずに理解できるように努力している。

海外移住系のチューバーの日常で必要な英単語や会話のロールプレイ動画を見たりもしている。


ゆうちゃんのためと言いつつ……あたし自身が1番恐れている……。

この国にいるだけで、あたしはあたしを否定され続けてきた。

ショートカットで中性的な見た目、低めの声、言葉使いも男性っぽいと昔から言われてきた。

疎まれてきた。

ずっと男性が好きだった。

今でも好きなアイドルグループは男性グループであり、聞いている曲もそうだ。

しかし、世間の目はあたしに優しくはない。

女性にモテる女は疎まれ、怖い目にも何度もあってきた。

あたしはあたしのしたい服装やしたいメイクを選んでしているだけ。

あたしみたいな背の高い女に似合う服も限られるから、仕方なく男物を着ることもあった。

好きな男性グループに近づくようなメイクをしていたということもある。

別に男になりたいなんて思ったことはない。

男のことは男に任せるつもりだ。

仕方なく、自分に似合う服やメイクを選んできただけ。

ゆうちゃんを除いては、決して女性にモテたいとかも思ったことはなかった。

あたしの趣味を周りにそういう風に見られて、そう扱われてきただけ。

だけど、男からの視線や言葉はあたしに優しくなることはなかった。

だけど、海外なら違うらしい。

今どきの映画やドラマに、同性婚のカップルはよく出てくるようになった。

その価値観がこの国に浸透して受け入れられるのは、あと30年はかかると言われている。

あたしはそんなに待てない。

そんなに長くこの境遇に耐えられるなんて思えない。



女子にモテるのは良い事もあるのかもしれない。

バレンタインには毎年学校や職場の複数の女子達からチョコを受け取り、チヤホヤされているように見えただろう。

その反面、ホワイトデーは、かけずり回らなければならないから、毎年修行の日だと割り切っている。

クリスマス時期が近づくと、2人だけでイブを過ごしたいとか、呼び出されて告白されるってことも多く、いつしかどうにか丁重に断るのが上手くなっていた。

できる限り傷つけたくない。

誰かを好きになることは、素敵なことだと思う。

踏みにじったりするのは可能な限りごめんだ。

リア充爆発しろとかいう、ジャパニーズ呪いカルチャー(あたしはそう呼んでる)なんて、醜いひがみでしかないし、そんなこと言うくらいなら好きな人に全力でアタックして自分を精神的にも鍛えてほしい。

あたしなんて、フラれた数は告られた数より少ないけど、それでも2桁は告白をがんばった。

フラれても自分を褒めて、もっと頑張らないとと奮起するのがいいと思っている。

でも、結局フル数の方が圧倒的に多くなってしまう。

申し訳ないけど、あたしには女子たちの期待に応えるような資格はないと思っていた。

男にあるものをあたしは持っていないし、この国にいる限り、女の憧れる結婚をしてあげることは出来ない。

なにより、あたしが好きだったのは常に男性だったから……。

初めて男子に告られて嬉しいと思った時、その男子と付き合ってみたけど、結局あたしがその男子を好きになることができずに終わりを迎えた。

やっぱり、お互いにお互いを好きになるなんてすごく難しいことを、リア充達はしてるから爆発してしまったらもったいない。


モテる人を厄介者扱いしたり、妬む輩は沢山いて、好きな女子からチョコを受け取るあたしを目の敵にする男も沢山いた。

あたしは護身術とかを身につけいる訳でも無く、普段から鍛えているとかでもない。

だけど、小さい頃から高身長の割に脚が長く、小学生時代にサッカーをやっていたこともあり、走るのは結構自信があった。

誰かに後をつけられることもしょっちゅうだったので、走って逃げたり、撒く機会はそれなりにあった。

というか、男子は前から堂々と1人で来てくれればまだいいのに、いきなり後ろからとか、複数人引き連れてくるとか、もう怖すぎる。

あと、女子は住所特定するのうますぎて怖い。

幸いなことに、ストーカーとか恨み辛みを晴らそうとする男性の行動とかを上手く撃退する方法を情報社会の恩恵でネットで沢山調べられたので、あたしは今の所無事だ。

わざと恨まれている相手の前で血が出るような怪我をしたり、恨まれている理由がハッキリしてるなら、その理由を取り除ければ、大事に巻き込まれにくい。

上手くいかないことも割とあるが……。

そして、自分に非がある時は、大衆の面前でも構わず誠心誠意謝罪するのがいい。

下手に人目のないところで謝罪しようとすれば、相手に魔が差すこともあるとネットで書かれていた。

だからこそ、自分に非があることをするのは本当に避けた方がいい。

それでもやばい時は全力で逃げるのと、交番や人目の多い通りにすぐに駆け込めるようにしておくのだ。

相手に機会を与えず、時間を置ければ、それなりに冷静になるパターンが大半だ。

絆創膏やガーゼや消毒液、包帯、縫い物セットなど、準備は必ずして、必死に切り抜けてきた。

そんなあたしでも、これから何があるかはわからない。

やばい時はいつも精神に響く焦燥感があり、正直あたまがぐるぐると思考がまとまらなくなって、心臓がいくつあっても足りない、息も苦しくなるくらい過呼吸におちいるし、よる寝るのもままならない。


恐怖やストレスで潰れそうになったら、好きなアイドルをひたすら観賞して、心の栄養補給をする。

たまに好きな人の写真とかSNSだったこともあるけど、見るだけならタダだし、キモいとか言われると辛い。

だって好きなんだからさ。

しょうがないよね。


あたしみたいなのは、この国の社会では特殊なんだと思う。

誰しも悩みがあって生きるためにがんばっている。



助手席側のドアからガチャリと音がして、ゆうちゃんが乗り込んでくる。


「お迎えありがと、ハーニィ♡」


「カート戻してくれてありがと、ダーリン♡」


「ふふふ♪」


「なに?なにかいいもの見つけたりした?」


「え〜?ハニーのその笑顔が〜、すごく好きっ♪」


「ちょっと、からかわないでよ、恥ずいってば」


「その照れてる顔も大好き♡」


「ちょっ、うんてんちゅうは静かにしてください」


「可愛いよ、リッくん♪」


「あー!ああー!!」


「リッくんちょっと声でかすぎ」


「あー……ごめん」


「いいよ、リッくんが好きだから許してあげる♪」


「……敵わないな、ほんとに……」


信号で止まることができたので、ラジオをかけた。

ゆうちゃんの言葉はあたしの顔を熱くさせ、心臓の鼓動を早めてしまう。

手元が狂うのは避けたい。

家に着くまでには何とか顔の火照りが冷めてきた。


2人で過ごす2度目の冬がもうすぐ終わろうとしている。

今年もバレンタインという行事がやってくる。

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