第46話 その後の二人1




 成瀬さんがモテている。






 いや、何をいまさら、と言われるかもしれない。彼は元々みんなから一目置かれていた人だし目立っていた。憧れている女子たちはそりゃ多かった。


 けれども、成瀬さん自身は「モテてきた経験なんてない」と言い切っていた。何を言っているんだこの人は、と呆れていたのだが、あながちその言い分は間違っていないかも、と今は思っている。


 というのも、多分手が届かない存在すぎたのだ。顔もよくて仕事もめちゃくちゃできる、なんてそれこそ漫画の世界の人のようで。性格もよかったし、非の打ちどころがないと多分、人間は少し近寄りがたいんだろう。それに成瀬さんはしばらく彼女はいらない、と思っていたせいか、女に誘われてもあまり乗ってこなかった。それも噂になり、みんなの成瀬さん、が出来上がった。


 メンタル強めの高橋さんみたいな人たちはともかく、普通の子たちは遠巻きに眺めていることが多かったのでは。


 だから本人もモテたりしてない、と思っていたのだ。

 

 しかし、私と付き合いだしたことが公になって以降、この状況は一変する。


 まず、女たちの敵だった高橋さんに容赦ない制裁を与えたことで、彼の株はさらに上がってしまった。やりすぎ、なんて声は一つも聞こえなかったのが、高橋さんの好感度がいかに低かったのかを表している。


 さらに、付き合いだしたのが私というのが、多分色んな人に勇気を与えてしまった。私は特に秀でた容姿でもないし、あの子がイケたなら私も! と思う女子社員たちが増えてしまったのだ。なんとも複雑な思い。



 

 そして、今。




 外回りから帰って社内を歩いていると、キラキラ系の女子三人に囲まれた成瀬さんを発見してしまった。なんとなく姿を隠して、その様子を盗み見てしまう私は、多分自分に自信がないんだろうな。体を小さくして物陰に身をひそめてしまった。


 こういう時、堂々と声を掛けられたらいいのに。


 成瀬さんを囲んでいたのは、違う部署の人たちだった。三人とも凄く綺麗な人たちで、楽しそうに成瀬さんに話しかけている。


「……で! だから今日ランチ行きましょうよ!」


「そうしましょう! 成瀬さんとお話してみたかったんですよ」


「誰か他にもお友達連れてきてもらってもいいですけど、別にこの四人でもいいかなーと思いますが!」




 なるほど。どうやら、あと少ししたら昼時なので、三人はランチに誘っているようだった。


 それぞれ目を輝かせて成瀬さんを見上げている。私だったら、あんな可愛い子たちに囲まれたら嬉しくなっちゃうな、とぼんやり思った。


 成瀬さんは答える。


「え、そのハンバーグ屋?」


「そうです! すっごく美味しいですよ、知り合いに招待されたから、かなり値引きしてくれるんですってー特別ですよ」


「有名なお店らしいですよ! 行きましょう! お仕事の話も聞いてみたいしー」


「うーんでも俺、弁当あるから」


 彼はにっこり笑って、持っていた鞄を見下ろした。黒い鞄をみな一斉に見る。私はああ、と頭を抱えてしまった。


 昨晩、作りすぎてしまったおかずを何とかしたくて、一人『あしたお弁当にしよう』と呟いた。すると、耳がいいことに、成瀬さんは『俺も欲しい』とお願いしてきた。残り物入れるだけですけど、と言ったが、彼は構わないというので、彼の分も用意した。


 残り物と、適当に焼いた卵焼き、チンして味付けただけのほうれん草。あとは冷食という、質素な中身。


 しまったと後悔した。お弁当なんて用意しなかったら、成瀬さんは美味しいハンバーグを食べられたのかも。っていやいや、あんな女の子たちとランチ行かれるの嫌じゃん、お弁当用意して正解だったよ。でも、どうも虚しい。


 お弁当なんてお願いしなきゃよかった、そう彼に思われていたら。


 複雑な気持ちでいる私をよそに、女の子が一人言った。


「えー彼女が作ったやつですか?」


「うんそう」


「でもハンバーグ今日しか行けませんよ! お弁当なんて別に残してもよくないですか? それかこっそり…ねえ?」


 笑いながら言う。ああ、捨てちゃってもいいんじゃないですか、そう言いたいのだ。


 確かに普通に考えて、残り物のお弁当より、お店のハンバーグの方が美味しいけどさ……。私は俯く。



「ふーんそんなに美味しい店なの?」


「そうですよ! 雑誌も載ってるし! 行きましょう!」


「ちなみに俺、うん万円するフルコースや高級焼き肉店より断然この弁当の方が美味しいと思ってるんだけど、本当にその店そこまで美味しいの?」


 にっこりと成瀬さんが言った。


 女子たちの笑いがぴたり、と止む。成瀬さんは腕時計を眺めながら言った。


「多分どの店も絶対このお弁当よりまずいからいらないや。

 あとごめん、弁当がなかったとしてもいかないかな。もし逆だったら嫌だもんねー、彼女が男たちに囲まれてランチしてるなんて」


「え、でも……」


「俺嫉妬深いからね。相手にしないでほしいことは自分もやりたくないから。あと食いもん粗末にする人とは飯食いたくないね。彼女は絶対しないんだよ、可愛いよねーって惚気ちゃったわ、ははは。

やべ、こんな時間だった。じゃ」


 そう言った成瀬さんは、そのまま女の子たちを見ることもなく足早に去って行ってしまった。残された子たちは、ぽかんとしてその後ろ姿を見送っている。


 私は盗み聞きしたのがバレたくなくて、成瀬さんとは反対方向に歩いてその場を離れた。


 廊下を歩きつつ、熱くなってしまった頬を手で覆う。


 ……モテてるなあ、成瀬さん。でも、あんまり気にすることないのかな。


 うん、そうだよ。一人卑屈になってたけど、彼はいつだって真っすぐ私を見てくれてるしたっぷり愛情をくれてる。私はもうちょっと、胸を張っていられるようにならなくちゃ。それこそ、成瀬さんの隣りがふさわしいと思われるように。


「今日はカレーにしよ」


 にやける顔で、私はそう小さく呟いた。




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