第2羽

「飯ー。まめだんごー」

 鳩は相変わらずワガママ放題のグルメ舌だが、なんだかんだ言いつつも出したエサを食べてくれるようになった。

「しょうがねえから食ってやるよ。怪我治んねえと取りにいけねえしな」

 日に日に口が悪くなるのは気のせいだろうか。生意気な口を利かれるごとに羽を一本ずつむしってしまいたい衝動に駆られる。

 かくいう私も、鳩の口の悪さが徐々にうつってきてしまったような気がしないでもない。

「足んねえよ。もっと飯をよこせ!」

「お前、いい加減にしないと焼き鳥にして食っちまうぞ」

 今まで心の中で思うだけに留めていた悪態が口をついて出てきてしまった。我慢しきれなかったのかもしれない。

「鳩って食べられるらしいよ」

 つい思い出して言葉を繋げた。想像するとお腹が減ってくる。どんな味なのか、いつの間にか考え始める自分がいた。

「俺の肉はうまくねえぞ」

 妙に説得力のある言葉が返ってきた。言われてみれば確かに、こんな偏食のグルメ舌な鳩、食ってもまずそうとしか思えないのだった。

 イライラしてきたので、その日の世話は終わりにした。

 いつもの窓辺で空を見上げる。空は広くて吸い込まれそうなくらい綺麗な青色をしていて、心だけでも自由にしてくれる。思わず空に手を伸ばすほど。

 そんな私の様子を見ていた鳩が後ろから罵倒してきた。

「手を伸ばすくらい外に出たいなら出ちまえよ。なーに引きこもってんだ」

 うるさいなあと思いつつ、それは確かにそうだと思う自分もいるのだった。

 なぜ外に出ようとしないのか。親が怒るから? それだけ?

 自分でも不思議で仕方がないのだった。どうして外へ出てはいけないのだろうか。

「そういえばお前、本当に一歩も外にでねえよな。外出たことあんのかよ」

 それはさすがにある。

 ムッとしながら見つめると、鳩はキョトンとした顔で見つめ返してきた。

「外の話をしてやろう。耳をかっぽじってよく聞けよ」

 鳩胸をこれでもかというくらい突き出しながら、なんだかちょっぴり偉そうな感じで鳩が話し始めるのだった。


 あれは俺がまだ山で暮らしていたときのことだ。

 山も海もある自然に恵まれた地で、それはもう毎日が楽しかった。

 山にいれば食事に困らず贅沢三昧。海辺までいけば気分が一新、潮の香りがどことなく心地良い。

 そして、どこにいても人々の営みが楽しそうに見えるのだった。

 毎日同じようなことをしている人もいれば、日々違ったことをしている人もいる。人間にはそれぞれ違った価値があって、それぞれ違った役割があるようだった。

 俺はそれを見ているのが好きだった。

 そんなある日のことだ。

 親子喧嘩というものを見かけた。

 面白そうだと思い、他の鳩たちと高みの見物を決め込んだのだが、今思えばこれがよくなかった。それはまあ、おいおいわかることだ。

 大人は子供を言いなりにしようと必死で、子供はそれに一生懸命抗っている。

 そうしていると、お互いの意見も気持ちもぶつかるわけだ。

 しかし、人間というのは頭に血が上っているとそいつが耳に入ってこないらしい。

 せっかくぶつけ合ったお互いの本音も馬耳東風、頭に残らず垂れ流しだ。

 しまいにはお互い口を利かなくなる始末。

 結構長い間知らんぷりしている様はなかなか見応えがあった。どちらが先に音を上げて謝るか、仲間の鳩と賭け合ったもんだ。

 結果は、お互いふとした時に口を開いて自然と仲直りだ。賭けに勝った鳩はいなかったってわけ。

 そしてどういうわけか、遠い昔に雀を撃つ遊びがあったと親が子どもに教え始めて標的に俺が選ばれてしまったって訳さ。

 白くて目立つってことはなかなか生きていく上で大変なもんだったって訳さ。


 鳩は話し終えると、忌々しそうに腹の傷を見つめる仕草を見せた。

「え? 外の話ってそれだけ?」

 思っていたような話ではなくて驚いていると、鳩は首を傾げて目をぱちくりさせながらこう言うのだ。

「え? そうだが? 外は恐ろしいぞ。」

 てっきり、外は楽しくてワクワクするような、夢のような話を聞けると思っていただけにがっかりしてしまった。外へ出たい気持ちが少しずつしぼんでいく。

 その様子を見ていた鳩はクルックーと鳴いた後、さらに口を開いた。

「外は恐ろしいが、自由で楽しいぞ。自分で見たいものを自由に見て、行きたい場所へ行って、食べたいものを食べ放題だ。こんなちんけな飯じゃなくてご馳走が食えるって言ってるんだよ」

 最後には悪態をつきながら豆をポイッと咥えて投げた。

 腹立たしい。腹立たしいことこの上ないが、自由への渇望は少しだけ強まったように思えた。

「外、出てみたいな」

 口に出して言ったことなかった言葉だった。いざ言ってみると、より一層外の世界を知りたくてたまらないのだった。

「怪我治ったら一緒に出てやるよ」

 嬉しいような、しんどいような、それでいてちょっぴり勇気が湧いてくる言葉をかけてくれたのだった。

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