第39話 20年間

 勇二と出会ってから少しずつ生活が変わった。

 勇二と娘と3人で食事をするようになった頃。小学校1年生の娘は、最初はとてもおとなしかった。


 勇二と出会う前は、私と娘には買い物の時のルールがあった。

(安いほう。)


 勇二と出会ってからは買い物のルールが変わった。

「結、こっちにしたら?」

 といつもと同じように安い方を私は指を指した。

「うん」

 と、いつもと同じように結は頷く。


「結ちゃん、こんなのもあるよ?これは?」

 と勇二が違う物を指差す。

「それは高いから」

 と私が口にすると、勇二はいつも同じ事を言った。


「好きな物を選ばせてあげて。俺が買うから」


 そして、今までと違う選び方でショートパンツを買って貰った。

「これと合わせると可愛いですよ!」

 とスタッフさんに勧められたTシャツも。

「じゃあ、それも一緒に」

 と勇二は買ってくれた。


 嬉しそうにニコニコしている娘を見て、店員さんに声をかけられる。

「良かったねー、可愛いの買って貰えて!優しいパパだねぇーー!」


(パパではないのだけれど……)

 と、私は少し愛想笑いをし、娘ははにかんだ笑顔を見せた。


 それからは買い物に行く時の娘はとても嬉しそうだった。

「これ、可愛い!」

 と、自分の好みの物を見つけるようになった。

「あー、いいね、可愛いね!」

 勇二に言われると、娘はにっこりと笑った。


「ねー、今日はお寿司が食べたい!」

「今日はパスタがいいな」

 娘は、そんな風におねだりもするようになった。


 勇二はそんな風に私達を甘やかす。

 私もシャンプーだって安い物を選んで使っていた。

「こんなのもあるよ!たまには違うやつ使ってみたら?」

 娘に言うのと同じように。

 そして、私の顔も笑顔になった。


 勇二とは仕事以外、ほとんどの時間を一緒に過ごした。

 若者のように手を繋いだり、ドキドキしたり、そんな恋ではなかったが。


 私は勇二が大好きだった。

 ファミレスに行けば、必ずソファーの席に私と娘を座らせて、自分は椅子に座る。

 食事の後は、会計を済ませると

「ごちそうさまでした!」

「いいえ!」

 と会話をして車のエンジンをかけて私達を先に車に乗せる。

 そして、車の外で我慢していたタバコを吸った。


 娘が学校でケガをさせられたと学校から連絡があった。私が迎えに行って説明を受けてきたのだが。

「そんなんじゃ、納得がいかない!」

 とふたたび学校へ行き、私以上に教師に怒った。

「なぜ、相手の親は謝りに来てないのですか!」

 と怒りを露にしていた。


 プロポーズなんてものはなかった。

 それでも私は良かった。

「籍を入れて、島で一緒に暮らしてほしい」

 その言葉にはびっくりしたし、まさか島に引っ越しをするとは思ってもみなかったけど。


(この人なら大丈夫だろう。)

 と、私はとても嬉しかった。

 籍を入れて、式は行わなかった。

 お互い2回目だったし、島への引っ越し準備もあったから。

「結婚指輪を買いにいこう」

 それだけで私は嬉しかった。

 左手の薬指に光るシンプルな指輪はとても綺麗で。

 初めて指にはめた日は、左手を広げて空にかざした。

(あぁ、結婚指輪ってこんなに幸せなものなのかぁ。)

 と、胸いっぱいに幸せの空気を吸い込んだ。



 私達の指輪を選んでいる時に、娘は色々と他の物を見て、目を輝かせていた。

 娘は小さなリボンのモチーフのピンクゴールドのネックレスに釘付けになっていた。

「それ、可愛いいね」

 と、勇二はガラスケースを覗いている娘に声をかける。

 そして、それは家族になった記念として娘にプレゼントされた。

「お出かけの時につけてね!」

 って、勇二に言われニッコリ微笑んだ娘の顔を今でも思い出す。


 島で生活していても、勇二は変わらなかった。

「なぁ、オカンさぁ!俺は肉が食いたいんだわぁー」

 と、食卓にならんだウィンナーを食べながら、時々不機嫌にはなっていたけれど。


「これもお肉じゃない?一応」

 と娘に言われて、シュンとしていたけれど。

 私はそんな勇二が大好きだったのだ。


 時々触れ合う体は、とても温かくて幸せだったし。

 島を離れて、お肉を食べるようになって少し弛んだ勇二のお腹だって、とても温かくて好きだった。


 私の誕生日プレゼントを買う時には、必ず娘にも何かを買って、娘の誕生日プレゼントを買う時には私にも何かを買ってくれた。

 こどもの日やクリスマス、母の日。

 バレンタインデーとホワイトデー。

 必ず何かプレゼントを貰った。

 もちろん、私の母親の誕生日にも何か用意してくれた。


「俺はプレゼントは年に1つしかなかったから」

 こどもの日と被ってしまった自分の誕生日を恨んでいたらしい。

 クリスマスのプレゼントも。

「うちは仏教だからサンタは来ない」

 と父親が言ってたそうだ。


 だから我が家はプレゼント交換が多かった。

 私は毎年結婚記念日にプレゼントを用意した。

 紙婚式に始まって綿、革から花へ、次は木から鉄へ。少しずつ硬くなっていく記念の品物を探して勇二へプレゼントした。

 金婚式までいけるのだろうか、そんな事を考えながら私は毎年プレゼントを選んだ。



 結婚して8年目を迎える頃。

 娘が20歳になり成人式を迎えた。


 私にとっては苦痛でしかなかった過去の日々も娘に会うためだったのだと思えた。

 あれから20年。母親の力を借りながら、私は何とか娘を育てる事ができてホッとしていた。

 晴れ着を何枚も試着して、気に入った着物を選ぶ。 

 式の当日にも着るのだが、前もって写真を撮った。

 そして、20歳の記念のアルバムを作る事にした。


 娘が着たかったのは紫色の着物だった。何枚か見繕ってもらい、鏡の前で合わせてみた。

「えー、どれにしよう……」

 悩んでいる娘を見て、お店の方が、毬の刺繍が施された鳥の子色の着物を持ってきた。

「色が全然違うんだけど。これ似合いそうだから着てみて!お願いっ!」

 と言われて着てみると、とても可愛かった。

「これにする!!!」

 と満面の笑みで着物は決まり、差し色に紫を使って貰った。



 娘が成人式の撮影をしている横のスペースでは、記念撮影が行われた。

 古風な柄の着物を重ねて、一番上には豪華な金色の刺繍が施されている朱色の着物を羽織っている。

 移動をする度によろけそうになる程、少し重い衣装。


 それは、勇二と私の結婚記念の写真撮影だった。

 少し濃いめのメイクと、花飾りをたくさんつけてもらい髪の毛を綺麗にアレンジして貰った。


 そして、最後に晴れ着姿の娘と合流して家族写真を撮った。

「では、お嬢様はこちらにどうぞ」

「ご夫婦で並びましょうか」

 色々と言われるがままに並んで、ポーズをとった。

 シャッターの音がパシャリ、パシャリ、パシャリと思い出を残していく。


 跳び跳ねている勇二。

 ベロを出している私。

 緊張してうまく笑えない娘。

 3人並んで座り、指をついてお辞儀をしている写真。


 (笑顔を忘れた花嫁)だった私が、笑顔を取り戻した瞬間だ。私はとても幸せで最高だった。


 私は嬉しそうに笑っていた。

 娘もまた、笑っている。

 勇二は緊張してひきつっていた。

 そんな家族写真はアルバムにしてもらった。

 本当はオッドも一緒に撮りたかったけど。

「七五三も同じスタジオで撮りますし、ここはペットは禁止なんです」

 と、スタッフさんも残念そうに言ってくれた。


 成人式と結婚記念のコラボに、スタジオにいたスタッフさんと、他のお客様達が拍手でお祝いをしてくれた。

「あら、おめでとうございます」

「うゎー、綺麗ねぇ」

 と声が聞こえた。

 涙が出るほど嬉しかった日だ。

 笑顔の花が綺麗に咲いた日だ。



 それからもずっと3人とオッドの生活はずっと続いていた。

 母親もよくうちに遊びに来て、夕食を一緒に食べる。


 料理が苦手な私もたまには料理をした。

 カレーやおでん、しょうが焼き。

 あとはホットプレートで焼きそばを作る。


 料理は苦手だが、パンを焼くのは得意だった。島でもよくパンを焼いていたし、娘が社会人になってからも、オッドに邪魔されながらパン作りは続けていた。


「あらー、今日は何のパンですかーー?」

 と、ただいまよりも先に声が聞こえる。

 そんな普通の生活だった。

 家族の形も、幸せの形も、我が家は決してまぁるい形ではなかったけれど。


 それでも私は幸せだった。


 山盛りの洗濯物がぶら下がったベランダも。

 足の踏み場もないくらいに散らかった娘の部屋も。

 オッドが遊んで放置されたオモチャ、飛び散ったネコの砂も。

 とても愛おしく輝いていた日々。


 勇二と出会ってからの私達は幸せだった。


 私はそう思っていた。

 新しい仕事を始めて家族の事を聞かれても、

(いい旦那さんに、可愛い娘さんねぇ)

 と、みんなから言われていた。


 勇二と出会ってから20年間。

 勇二と家族になってから14年間。

 私はちゃんと好きだった。

 娘の事も勇二の事も、愛していた。

 私は幸せだと思っていた。


 娘は勇二と出会ってから20年間。

 幸せだったのだろうか。

 娘は勇二が父親になってからの14年間。

 幸せだったのだろうか。

 島での出来事があってからの12年間。

 言いたくても言い出せなかった12年間。


 娘はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。ごまかしながらも、幸せでいてくれたのだろうか。


 私たちは家族だったはずだ。

 そう、確かに私達は家族だった。

 島を離れてからの娘も、笑っていたのだから。

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