第37話 犯罪者の代理人

 いつもより、少し早く起きて朝食をとった。

 仕事に向かう前に弁護士さんとお話をするためだ。

(あぁ、いつになったら解放されるのだろうか。)

 私は深いため息をついた。


「いつもお世話になっております。細田です」

「お世話になっております」

 と形式的な挨拶を交わした。

 そして、前日のメールの件を確認する。


「籍が入っている限り、婚姻関係という事になりますよね?」

 と、私は不思議に感じた事を尋ねる。

「そうですね」

 と男性の優しい弁護士さんの声だ。


「婚姻関係なので、生活費を払うのは当然というか、普通の事ではないのでしょうか?」

 と素朴な疑問を投げ掛けてみる。

「普通はそうですね。ましてや、自分が犯罪を犯して現在のような状況になってしまっているので。こちらから、その事もお伝えしたのですが。勇二さんの考えなのか、弁護人の考えなのか。どうもあちらの弁護人の方がちょっと」

 と、やっぱり歯切れの悪い答えだ。


「どういう事ですか?」

 私は尋ねてみた。

「この業界でも、ちょっと厄介な人物だと噂のある人でして、まともな話ができる相手ではないので……」

 と、困ったような弁護士さんの反応が返ってきた。


 新人でもない弁護士さんが、厄介だと思うような弁護人とは一体どんな弁護士なんだろうか。


 犯罪者の母親が見つけてきたのであろうか。

 それとも本人が見つけてきたのだろうか。


『厄介』の意味は文章に全て表されていた。

 娘の慰謝料を払ったので、事件の事については済んだ事だと書いてある。

 そして、私の離婚は別問題だという考え方をしているらしい。娘は成人をしており、事件の事が離婚の原因にはならないというような趣旨の文章があった。


(なんじゃそりゃーーーーーー!!!)

 私は気が狂いそうになっていた。

 娘が中学生の頃から受けていた苦しみを少ない慰謝料で終息させておいて。

 私の離婚は別の事だと堂々と仰っている。

 では離婚の原因は何だ?教えて欲しいわ!

 私の心の中は渦潮のような怒りが現れてきた。


『お母さんとは別れて貰う!』


 それが被害に遭った娘の一番の願いでもあるのだし、私も早く他人になりたかった。

 もちろん自分の娘を酷い目に遭わせた奴と一緒に生活なんてする気もないし、できるはずもない。

 私も長い間騙されていた事も事実である。

 そして、犯罪者に出されている『接近禁止命令』は私達に近づく事は許されない。

 普通に考えても、婚姻関係を続けるなんてバカな話があるものか!!!


 おい、犯罪者の母親よ!

 貴方は娘にも私にもきちんと謝罪をする事もなく、犯罪者である息子を庇うのか。

 犯罪者になったお前の息子はもうおっさんだぞ!

 きちんと罪を償わせようとは思わないのだろうか。

 娘の傷が一生消えない事を知っているのだろうか。


 例えば弁護人がそのような内容をゴリ押ししてきたとしても、深く反省しているならば、『それは出来ない!』と弁護人に言うべきだし、言う権利もあるだろうと考えるのだけれど……。


(どんなに酷い文章をよこしているのか、お前達は内容を確認しているのか?)

 と、私はひどく苛々とさせられた。

 そもそも、弁護人はきちんと文章の確認をしているのだろうか。

 この文章をあちらに送ります、と見せているのだろうか。

 それをあいつらも、きちんと自分達の目を通して確認しているのだろうか。

 こんな文章を送られてくる私の気持ちを考えた事はあるのだろうか。

 そんなのは皆無ではないのか?



 島では優しいふりをしていただけなのか?

 あの、生活はなんだったのか。

 全ては幻だったのだろうか。

 もう、訳がわからない。



『瑠璃さんが警察に電話をしたから私の大事な息子が犯罪者になった。』

 とでも言いたいのだろうか。


 間違いなく、自分の息子が自分の意思で行った犯罪なんだぞ!



 弁護士さんは少し不安そうに言った。

「もしかしたら、あの弁護人が話を厄介にするかもしれません」


 私は必死で記憶を巡らせた。

「あ、生命保険!私が受取人になっているものがあります!それを解約して慰謝料にあててもらうのはどうでしょうか?」


「証券ありますか?写真でいいので送って下さい。調べてみますから」


 目には目を。

 歯には歯を。

 裏切りには裏切りを。


 私は必死で証券を探しだし、写真を撮って弁護士さんに送った。



(これで少しは何か変わるかもしれない)

 と、淡い期待をしていた。

 こちらは被害者なんだから!



 だが、犯罪者の代理人はそんなに容易い奴ではなかった。


 私の受けた傷口には、これからたっぷりの粗塩を刷り込まれるような痛みを受ける事を、この時の私はまだ知らなかった。


 とにかく犯罪者の弁護人は、予想をはるかに越えた厄介者だった。

 どうしてそんな奴が弁護士になれるのだろうか。

 法律はどうかしてるのではないだろうか。

 これも私が背負っている運命なのか。

 それとも神様は犯罪者の味方をしているのだろうか。



 普通の弁護士さんは、あの親子の条件を受け入れる事ができないのだろう。

 きっと、自分達の事を守る事しか考えていないから。

 仕事とはいえ、弁護をするのが嫌だったのかもしれない。だから、普通ではない最低な弁護人しか見つからなかったのか。

 そんな風に誤魔化して考えるしかなかった。


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