第44話 丸顔神のラブレター

 求美は都知事の執務室を探すと決めた時から自分の気配を消すことに集中していたので飛蝶に気付かれることはなかった。そして最初に入ってきた男は秘書のようで二人に気を使うように部屋から出て行った。求美の存在に気付かない飛蝶は二人だけになったと思い豪華な椅子に座っている一波知事を顎でどかし自分が座った。一波は怒るどころか満面の笑みを浮かべ飛蝶に何か話しかけた。何を話しているか聞き取りたかったが、いかに妖怪として凄い資質を持っている求美とはいえ完全に気配を消し、更に風になっている今、一波が何を言っているか聞き取ることまでは出来なかった。しかし見ただけで二人の関係が主従である確信を持った。もちろん飛蝶が主で一波が従である。そのことを裏付けるように飛蝶に何か言われた一波がそれがコーヒーの要求だったようで慣れない手つきであたふたしながらコーヒーを入れて飛蝶に差しだしていた。格好をつけた飛蝶がコーヒーをブラックで苦そうに飲む姿を見届けると、求美は「飛蝶の奴、都知事を好きなように使って遊んでる。今すぐ何か行動を起こすことはない」と判断し華菜とアーチの元に戻った。そして華菜とアーチに「都知事の執務室、どこか分かったよ。それに飛蝶が都知事を拉致して妖術をかけたのが間違いないことも。ここじゃないかなと思った部屋の中を窓から覗いているところに三人入って来て、一人は秘書だと思うけどすぐ出ていって、残った二人が都知事と飛蝶で、都知事が飛蝶に使われていたから間違いない」と求美が言うと華菜が「じゃあ、飛蝶が何をたくらんでいるか調べないと」と言った。すると求美が「あの様子だと飛蝶の奴、まだ何も考えてない。調べようがないから今日はこれまでにしよう。カラオケに行こう」と華菜とアーチに提案した。そして続けて「一度行ってみたいと思ってたんだー」と言った。相変わらず呑気である。華菜が「お金、使いたくないんじゃ」と言うと求美が「前に何かで見たんだけどカラオケ、昼間は特別料金で安いらしいから大丈夫、たまにはいいと思うんだ」と答えた。アーチが「私も行ったことないですけど、歌っていうんですか?唄うところですよね。求美さんと華菜さん何か唄える歌、あるんですか?」と聞いた?すると求美と華菜が声を合わせきっぱりと「ない!」と答えた。想定外の答えにアーチがあ然とした後、気を取り直し「行っても唄う歌がないんじゃ行く意味がないじゃないですか?」と言うと華菜が「私達を何だと思ってるの?」と言った。アーチが少し言いにくそうに「妖怪です」と言うと華菜が「そう、だから大丈夫なの」と答えた。具体的な方法は分からないが、その意味を何となく理解出来たアーチだった。求美が「カラオケ、この近くだと何処に有るかな?」と言うと華菜が「新宿駅の方に看板が有った気がする。その場所が何処だったまでか覚えてないけど…」と言った。求美が「行けば分かるだろうから適当に見つけて入ろう」と言い、三人で歩き出すと前からおじさんが手を振りながら近寄って来た。丸顔神だった。そして三人の前まで来ると「君達もいたから知ってると思うけど昨日あんなことが有ったからさー、今日はあの店に行くのやめようと思うんだ。みんなで酒でも一緒に飲もうか?」と言ってきた。求美が「どういう風の吹き回しですか急に、神が妖怪をお酒に誘うなんて。こんなこと初めてですよね!」と言うと丸顔神が「何百年いやそれ以上だっけ?長い付き合いなんだからたまにはいいかなって思ってさ。それに今日はあの男、見舞いに行ったんだろう」と言った。求美が「付き合いと言えるかどうかはおいといて、確かにずいぶん前ですね、初めて会ったのは。その後、凄く長ーい間会わなかったですけど」と言うと丸顔神が「そうだったっけ、忙しいからなー」と返した。「忙しい?まあいいですけど、早津馬がお見舞いに行っていないのがどう関係するんですか?」と求美が聞くと「早津馬?そんな名前だったかな。覚えたくないんだよ男の名前は、特にちょっといい男はな」と丸顔神が答えた。「ちょっといい男だから嫌い?神様の言うことじゃないと思うんですけど」と求美が言うと丸顔神が「神にだって好き嫌いはあるさ。普段は言わないようにしてるだけ」と言った。すると華菜が話しに割り込んできて「女の子大好き、男は嫌いってことかー」と言った。丸顔神が「全く否定しない!」と言った。求美が「私は早津馬はちょっとじゃなくてかなりいい男だと思いますけど」と言うと、丸顔神が急に不機嫌になり「帰る」と言うと求美に一枚の折った紙を手渡した。それを見た華菜が「あっラブレターだ」と大きな声で言った。丸顔神が真面目な顔で「バーカ、神が妖怪にラブレター渡すわけないだろ」と否定すると華菜が「あー、照れてる」と丸顔神をからかった。求美が、華菜がまた丸顔神から何か罰を受けないか心配したが、丸顔神は「私が神でなければ…」と言いながら姿を消した。早津馬にぞっこんで丸顔神の言い残した言葉の意味など深く考えることもなく、求美が丸顔神から受け取った紙を開いてみるとそこには愛の告白が並んでいた。顔を赤らめる求美の横から華菜が覗きこみ「冗談で言ったのに本当にラブレターだ」と言うと同時に丸顔神が再び姿を現し、慌てた様子で「間違えた。こっちだ」と言って紙を交換し、ばつが悪そうにまた消えていった。「本当に間違えたのかなー」と言う華菜に、求美が自分へのラブレターだと思い照れていたにも関わらずきっちり文面を把握していて「本当に間違えたみたいだよ。愛花様って書いてあったから」と言うと華菜が「本当に恋多き神だねー、丸は」と言った。

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