第42話 都知事、誘拐される

 店長が各テーブルを回って話をしているのが見えた。「何を話しているんだろう?」騒ぎの原因が分からない求美達がいぶかしげに見ていると店長が自分達のテーブルにもやって来た。そして「当店の事情で本日は閉店いたします。料金はいただきませんのでお気を付けてお帰りください」と当たり障りのない説明をして隣のテーブルに移って行った。華菜とアーチが「やったー」と言って喜んだ。求美と早津馬もタダなのを喜んだのだが「なぜ?」という疑問が残った。店を出ると客だったらしき人どうしが「誰だか分かんないけどいなくなって探してるみたい。誰なんだろうな?」と話していた。その頃には普段の自分に戻っていて、更に何が起きているのか気になり神経を尖らせていた求美達はピンときた。自分達がいたキャバクラが飛蝶が向かった方向にあること、飛蝶が都知事を狙っていると思われたことから全員、同じ一つの結論を導きだした。そして顔を見合わせ、同時に「飛蝶が都知事を誘拐した!」と叫んだ。声が大きかったので周りの人達が求美達を見た。そしてその中の誰かがネットに流したようで都知事が誘拐されたと騒ぎになっていった。ただ飛蝶の名前は聞こえなかったのか出てこなかった。求美がまだあるかも知れない飛蝶の気配を探ると、西の方にかすかに感じとれた。早津馬も一緒に行きたがったが求美に「ここまでだよ!」と言われ、元の年齢の姿に戻されて仕事へ戻っていった。求美達は飛蝶の気配を頼りに西に向かった。路地をひたすら歩き続けると広い通りに出た。ちょうどそのタイミングで飛蝶の気配が完全に消えてしまった。求美達が「見たことがある通りだな」と思い、求美がずば抜けた視力で高倍率の望遠鏡のように道路の先の先を見ると左方に広い道路が、右方に阿佐ヶ谷駅が見えた。「ここ早津馬の…じゃない、私達のアパートの近くだ!」と求美が言うと、周りを見渡して記憶と照らし合わせていた華菜が「そうだね、間違いない」と言った。自分達の現在地が分かったが飛蝶の気配を完全に失ってしまった諦めの良い求美が「お腹が空いたし、途中で何か食べて帰ろう、私達の家に」と言うと、華菜もアーチも疲れたのか賛同した。華菜が「キャバクラ代浮いたしね、美味しいもの食べよ」と言うと求美まで「キャバクラ代いくらか分かんないし支払いは早津馬だから直接関係ないけど、早津馬のお金は私達のお金だから得した分いいもの食べてもいいと思う」と言った。途中のファミレスで食事を済ませ、アパートに戻り求美が持っている合鍵で部屋に入った。当然早津馬はおらず暗い部屋は、妖怪の姿をしていても心は人間の求美にとって寂しい気持ちを抱かせた。立ち止まったまま視線が遠くにいっている求美の姿を見て華菜が「今まで何百年も二人だけでそこそこ楽しくやってきたのに、早津馬がいなくて部屋が暗いだけでこうなるか。こりゃー重症だ」と呟いた。そしてわざと求美の横に並び手をかざし「早津馬の姿、見える?」と聞くと求美が「見えるよ」と答えた。冗談で言ったのにそんな答えが返ってくるとは思いもしなかった華菜が驚き「凄ーい。何処にいるか分からないし、外は暗いし、しかも部屋の中からなのに見えるの?いつの間にそんな凄い能力を身につけたの?」と聞くと求美が「見えるわけないじゃない。冗談」と答えた。華菜が「あちゃー、これは一本取られたな」と言って頭に手を置いた。部屋の中の雰囲気が明るくなった。テレビを見ながら談笑し、ニュース番組があると注目して見たが高円寺のキャバクラで都知事がいなくなったというニュースは最後まで流れなかった。「夜更かしは肌に良くないから寝よう」と言う求美の提案で三人は寝ることにした。「炬燵で寝ると乾燥して肌に悪いから布団で寝た方がいい」と早津馬からアドバイスを受けていたが、炬燵の揺るぎない暖かさを覚えた求美と華菜は、風呂に入らず、狐の姿に戻り熟睡したいが巨大になり炬燵に入れなくなるので人間の姿のまま深々と潜り「人間は素晴らしいものを作った。肌よりも快適さだ」と笑顔で呟き、寝た。翌日、目が覚めるとお昼近くになっていた。求美が上体を起こすと、求美の反対側の炬燵の空いていた処に、仕事から帰ってきた早津馬が寝ていた。炬燵の温度調整は最弱にし直されていた。「だからこんな時間まで気持ち良くて目が覚めなかったんだ。昨日の夜は最強にしたまま寝ちゃったからな」求美がそう思い、喉が渇いていたので昨晩の帰り道に買っておいたカフェオレを飲もうと、炬燵から出て冷蔵庫まで行き扉を開けると中に人数分のお弁当が入っていた。「早津馬が買ってきてくれたんだ」嬉しくなった求美は寝ている早津馬のところまで行き、上からかぶさる態勢をとると早津馬をじっと見つめ、唇にキスをした。早津馬がゆっくり目を覚ました。自分からキスをしたのを知られたくない求美は瞬間移動のように素早く冷蔵庫の前に戻ると「華菜、アーチ、早津馬がお弁当買ってきてくれたよ」と言った。案の定、お弁当の言葉に反応した華菜とアーチが目を覚まし炬燵から出て冷蔵庫の前にやってきた。早津馬は狐につままれたような顔をしていた。求美がお弁当を電子レンジで温めアーチが牛乳をコップに注いで全員に配ると昼食が始まった。そしてニュースの始まる時間を待ってテレビを点けた。しかし今日も都知事が行方不明になったことがニュースで流れることはなかった。早津馬がネットニュースで都知事関連の記事を探すと、未確認情報として前日、高円寺で誘拐された都知事が同じ高円寺内の路上で寝ているところを警察官に発見されたというものがあった。早津馬が求美にその記事の内容を伝えると「それきっと事実だよ。テレビで流れないのは誰か力のある人が止めてるんだと思う。都知事がキャバクラに通ってるとか知られたらまずいんでしょ人間界では、神にはいるけど。誘拐されても戻ってきたんだから問題にしたくないだろうし」と言った。早津馬が「誘拐じゃなくて自分の意思で出て行ったってことはない?」と聞くと求美が「あれだけの護衛の中、都知事が誰にも気付かれずに外に出ることは不可能。考えられるのは飛蝶が都知事を拉致して何処かへ運び、妖術を使って心を操れるようにして路上に置き去ったということ。利用しようとするくせにその人に何かあったら利用出来なくなることを考えない馬鹿だから、あいつは」と言った。早津馬が「と言うことは、飛蝶は東京を自分の思いのまま操ろうとしてるってこと!危険だ大変なことだ」と言うと華菜がもっと大変なことを言った。「飛蝶って馬鹿なくせに、何か新しいことを知るとそれを更に飛躍させたりするよね。東京に留まらないで日本を思い通りにしようとするんじゃない?」華菜のその言葉を聞いた求美が「十分有るね」と肯定した。そして続けて「普通なら段階を踏んで拡大していくもんだけど、飛蝶は地道に努力することが出来ない性格だから、思いついたら即、実行するかも…」と言った。早津馬は久しぶりの恐怖を覚えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る