第20話 久しぶりだねララ、リリ、ルル

 飛蝶の乗ったタクシーが早津馬の予想通り西麻布方向に向かい、やがて幹線を外れ脇道に入った。すぐに登り坂になったその道は車の往来がほとんどなく尾行がむずかしくなった。飛蝶に見つからないようにするには、車間距離を空ける以外方法がないので、車間距離を空けつつも見失うことがないよう細心の注意を払いながら早津馬は運転し続けた。しかしその時、飛蝶は子供達に会う前に苦手な金勘定を済ませておこうと必死になっていて、他には全く気がまわっていなかった。努力が徒労だったことを早津馬は知らない。知らなくて良かった。知っていたら疲れがどっと出てしまっただろう。それにしてもお金が大好きなのに勘定が苦手な飛蝶ってかわいそう…。ん?馬鹿なだけか。その馬鹿な飛蝶を乗せたタクシーは何度か曲がりながら坂を登り続け小高い丘の頂上付近でハザードランプを点灯させ停車した。それを見た早津馬はタクシーを素早く飛蝶から見えない位置の道端に寄せて止め、全ての灯火を消した。華菜が「飛蝶のやつこの辺に住んでるんだ、やっぱり馬鹿は高いところが好きってことか」とつぶやいた。その言葉が聞こえた早津馬が思わず笑った。求美が「私と華菜は石の中に閉じ込められていたのにね」と言うと早津馬が「石って殺生石のことだよね」と言った後「まさか飛蝶に負けて殺生石の中に閉じ込められてたんじゃないよね?」と言った。早津馬を大好きな求美もさすがにこの言葉にはむっとしたようで、少し激しい口調で「そんな訳ないでしょ」と言った。その言葉にひるんだ早津馬を見て求美があわてて「ごめんなさい」と謝った。やはり求美は妖怪、迫力が違った。早津馬をびびらせて自責の念が沸き、黙ってしまった求美に代わり華菜が「神様ですよ。何の神様だか知らないけど、顔が丸いので丸顔神て呼んでるんですけど、そいつが飛蝶の美貌にまどわされてうまく丸めこまれ、私達を悪人扱いして殺生石の中に閉じ込めたんです」と言った。

 その頃、新宿のとある闇営業キャバクラにまた殺生石から抜け出した丸顔神が自分好みの娘を探しに来ていた。「今、私をそいつ呼ばわりしたのは華菜だな。あいつは神の私を尊敬していない。でも可愛い、可愛い娘が好きだからしょうがない」とあきらめていた。

 ところ戻り、求美ら3人がタクシーから降りてくるはずの飛蝶を見逃すまいと注視していたが、金勘定が終わらない飛蝶はなかなか降りてこなかった。求美と華菜にはその訳の見当がついた。「帳簿をつけてるんだろうね」と求美が言うと華菜が「馬鹿なのにね」と言い更に「しばらくかかるね」と続けた。妖怪だからなのか持って生まれた性格なのか、早津馬への自責の念からすぐに回復した求美が早津馬に「華菜の話の続きですけど、丸顔神も神様なので完全に飛蝶に欺されてたわけじゃなくて、まあ飛蝶の美貌には負けてたわけですけど、だからその分閉じ込めがゆるくて温泉に行ったりできたんです」と言った。華菜も「ゆるかったでーす」と早津馬に言った。早津馬が「確かに温泉に行けたのは良かったと思うけど殺生石って確か800年かそれ以上前からの伝説だから、ずいぶん長く閉じ込められてたんだね。きつかったね」と言うと求美が「私と華菜にしろ神様にしろ寿命があってないようなものなので、多分人間とは時の流れる感覚が全然違うんだと思います。きつくなかったですよ。まあ、おととい何百年かぶりに丸顔神が顔をだしたときは言いたいことを言わせてもらいましたけど」と言った。「ああ、求美ちゃん華菜ちゃんと俺が出会う前に、その丸顔神とかいう神様が来てたんだね」と早津馬が言うと求美が「私が犯したとされる罪についてきちんと調査すると言ってたくせに、ずっとほったらかしにしてたんです。おととい来たときも忙しくてまだ調査できてないって言うんで、殺生石から出たいって言ったら最初は単純に出たいだけだと思ったみたいですけど、私の真意が分かったらオーケーが出たんです。本当のところは面倒くさいからでしょうけど」と言った。そして続けて「まあ形だけのゆるーい監禁だったのでつらいとかはなかったですけど、濡れ衣を着せられていたのは許せなかったので良かったです」と言った。話をしながらも、時おりタクシーの窓を開けて首を出し、飛蝶の様子を監視していた早津馬が「飛蝶がタクシーから降りるよ」と言った。すぐさま早津馬のタクシーから気配を消して降りた求美ら3人が何処に行くか見ていると飛蝶が、乗ってきたタクシーから降りてすぐのおしゃれなマンションに入って行った。早津馬が「本当に見栄っ張りなんだねー」と言うと華菜が「高さもこの辺で一番だし」と言い、求美が「最上階だよね、住んでるの、間違いなく」と続けた。早津馬が「やっぱり馬鹿は高いとこが好き、か」と華菜の言葉を思いだしてほくそ笑んでいた。その時そのマンションの最上階辺りから複数の子供の声がした。普通の人間にはまず聞こえない高いところからの小さな声だったが求美と華菜にははっきり聞こえた。「ララ、リリ、ルルだ!」と求美がつぶやいた。早津馬が求美の突然のつぶやきに「えっ、何?」と聞くと求美が「飛蝶の子供達の声が聞こえたんです。多分気づかれました」と言い、続けて「飛蝶には気づかれてないのにあの子達には気づかれた。分かってはいたけどあの子達は本当に感覚が鋭い…、誰の血だろう?」と言った。華菜が「父親も口先男の小物だし…、飛蝶のやつ自分も浮気してたのか」と言った。「そうか、そうだね。それなら分かる」と求美も同調した。その時マンションのエレベーターを待っていた飛蝶はくしゃみをして「誰だろう、私はモテるな」と独り言を言っていた。早津馬が「飛蝶の凄い子供達に気づかれて大丈夫?」と求美に聞くと、求美が答える前に華菜が「言ったじゃないですか。ボスは子供達になつかれてるって。だから大丈夫です」と言った。感覚の鋭い飛蝶の子供達のこと、母親が帰ってきたことには当然気づいていた。母親を迎えるため玄関ドアに向かっていたが、求美の気配に気づき顔を見合わせて踵を返し、窓を開けて可愛い声で口々に「降下」と言ってララ、リリ、ルルと3人続けて飛び下りた。会話をしながらマンションを見上げていた求美と華菜には窓から飛び出す子供達の姿が見えた。飛び出した子供達はシーツの半分くらいのサイズの布に姿を変え、ゆっくり曲線を描きながら求美の目の前に舞い降りてきた。それは3枚ともきれいな水色をしていた。地面に着く寸前にその布は元の人間の子供の姿に戻った。やはり飛蝶だけでなく飛蝶の子供達も人間として暮らしていた。そしてララ、リリ、ルルの顔立ちは飛蝶とタイプは違うが子供ながらに将来の美貌を予想させるのに十分なものだった。それに加えララ、リリ、ルルは3人とも母親の飛蝶が気づかないレベルの求美達の気配に気づいただけでなく、求美達がいる場所まで特定できるほどの鋭い感覚まで持ち合わせていた。そしてカメレオンのように何色にでも変われるのに水色を選んだのは求美が好きな色なのを知っていたからだ。「逢いたかった、求美お姉さん」ララ、リリ、ルルが口々に言いながら求美に抱きついた。求美をお姉さんと呼ぶのはもちろん求美がそう呼ぶように何度も言い聞かせたからである。求美が笑顔で「久しぶりだね」と言うとララが「求美お姉さんはまだ母ちゃんと仲が悪いの?」と聞いてきた。飛蝶は子供達に自分をママと呼ばせたいのだが求美のように言い聞かせられず、ずっと母ちゃんと呼ばれていた。求美が「だとしたらララは求美お姉さんのこと嫌いになる?」と聞くとララは「ならないよ、母ちゃんは母ちゃんだから好きだけど、いつも問題起こすの母ちゃんの方だから…、求美お姉さんを嫌いになる理由にはならない。ねえ、リリ、ルル」と言うとリリとルルが「うん」と言ってうなずいた。そして求美の心を見透かしたようにララが「ここで逢ったこと言わないよ」と続けた。求美が「じゃ、お母さん部屋につくころだから戻ったほうがいいね」と言うと3人声を合わせて「はーい」と答え、続けてララが「今度いつ逢える?」と聞いてきた。求美が「住んでるところ分かったから、お母さんがいない時になるべく早く逢いにくるね」と答えるとララ、リリ、ルル3人が口々に「本当に来てよ!」と言った。求美が「うん本当に!」と答えると3人声を合わせて「またねー」と言い、あっという間に舞い降りてきた時と同じ布に姿を変えて舞い上がり、部屋に戻っていった。

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