病んだ個人Vtuberをそれでも応援し続けていたら同棲することになった

久越充悟

第1話 プロローグ

正文まさふみさん、ご飯できました~?」

「おー。もうちょっとだから待ってて。つか、手伝え」


 リビングから聞こえてくる気だるそうな声にため息交じりで返答する。


 本日の献立はイカと里芋の煮物と筑前煮、ほうれん草のおひたしとワカメの味噌汁だ。

 字面だけ見れば手の込んだ料理をしているようにも見えるが、里芋は冷凍だし筑前煮はそれ専用に筍や人参がカットされて入っている水煮パックを使っているので大した手間はかかっていない。

 それでも。リビングでスマホ片手にごろごろしている同居人を横目に台所に立っていれば愚痴の一つも言いたくなるというものだろう。


「だってー。今夜は21時から配信があるんですよ? 事前準備とかSNSでお知らせとか、いろいろ忙しいんですからねー」


 ふと時計を見れば19時を少し回っていた。

 今から夕食を食べて準備に取り掛かるとすれば確かに少しバタバタしそうな時間ではある。


「でも、今夜は昨夜の続きのカプモン図鑑埋め雑談だろ?」


 昨夜配信したままの状態で終わっているのだから、準備も何もそのまま始めれば問題ないだろうに。そう考える俺の脳内を見透かすように、チッチッチ、という声と左右に軽く揺れる指先だけがソファの上から生えてきた。


「それは素人考えというものです、正文さん。昨日の続きだから設定そのままでいいやー、と思ってる時ほど配信ソフトさんは何かやらかしてくれるのです!」


 ソファに隠れて見えないドヤ顔が頭に浮かぶが、脳内でデコピンしてそれをかき消した。

 よくは解らないが配信者あるあるとでも言う奴なんだろうと納得しておくことにする。

 

 そんな他愛もない話をしているうちに再加熱させていた煮物が煮立ってきたので火を止めて器に盛りつける。

 作り始めてから、煮物と煮物が被っていることに気が付いたが味も違うし、まあ文句は出ないだろう。


「晩飯、できたぞ。さっさと食べて配信準備とやらに取り掛かってくれるかな、『大人気Vtuber』さん」


「あーーー!!! またそれ言いましたね! 酷いです! 当てつけです!」


 大声をでこちらを非難しながら、ソファの向こうから整った顔立ちの美少女が姿を現した。

 大人気Vtuberという皮肉に怒ったのか、それとも単に食事の用意ができたから起き上がっただけなのか。 

 まあ、どっちでもいいかと考えつつ、盛り付けた夕食をテーブルへ運ぶ。


「悪い悪い。用意あるんだろ? さっさと食ってくれ。俺もぴんくちゃんの配信の前に洗い物済ませてしまいたいからな」

 

 怒声を軽くいなしつつ自分用の夕食を置いたほうの席へ着く。

 頬を膨らませつつ近づいてくる美少女が俺の向かいの席に腰かけたら二人の夕食が始まった。


「…………あ、これ美味しいです! 昨夜お布団に入った後で無性に食べたくなったんですよねー」


 先の怒りも何処へやら、ニコニコ顔で食べて貰えると作った甲斐があるというものである。

 が、食べたくなった原因は昨夜の配信でイカをモチーフにしたモンスターの柄違いを捕獲するために追い回し続けていたからだろう。

 

「最初の予定放り投げてイカだけ追いかけてたらそうもなるだろうさ。……今夜もイカ追いかけるのか?」


 昨夜の配信では図鑑の完成のためにモンスターを捕まえ続ける配信だったはずが、リスナーからの「そのイカ、柄違いがピンクの縞々だよ」というコメントのおかげで暴走し、気付けば予定2時間オーバーの夜中3時まで配信を続け、挙句柄違いは見つからないという体たらくだった。


「ピンクの縞々は私のパーソナルカラーですからね! 絶対捕まえてみせますよ!」


 配信の話になってスイッチが入ったのか、先ほどまでのだらけたり怒ったりしている少女の面影は最早なく。

 

 俺の目の前で箸を振り回しながらカプモンについて大いに語るその姿は。


 登録者数150人、平均同接数一ケタの底辺Vtuber。

 そして、この俺、秋葉正文あきばまさふみの最推しVuber『美縞屋みしまやぴんく』その人だった。



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