第十三話 石よりも硬い僕から、水よりも柔らかい君へ


「う……おなか、いた……い」

「え? たっ、たいへんだ! きっとバイキンが入ってたんだ!」

「うう……」

「待ってて、今キレイにできる物持って来るから」


「ほら、これ飲んで!!」

「う、……ぐっ! 痛い! 痛い痛い痛い痛い!! げえあ゛あ゛あ゛!!!」

「そんな、やだ! ○○ちゃん! 死んじゃやだあ!!」



**************



 の前夜、十年に一日在るか無いかの大雪が降った。

 翌朝から各家が除雪に追われ、動ける人間は道路も除雪、老人宅の安否確認などが行われた。


 普段、町の人は道路に車を止めるなんて当たり前だった。それでも充分通れるぐらいの幅はあるし、そもそも車が通ること自体稀だ。

 除雪車なんて何処にも無いから、軽のトラックなんかに道具を積んで、現場に行って、車を停めて除雪、雪を何処かに運んでいく、という流れがあちこちで行われた。


 いつか言った気がするが、俺の住んでいる町は田舎で、海と山の間にあり、風が強く、雨が多く、ゆるい坂があちこちに在った。


 風が積もった雪を更に舞い散らせて、道幅は狭くなり、あちこちに視界を塞ぐ雪小山ができていた。

 町民たちは雪かきに追われていて、車には冬用のタイヤなんてまず着けてない。


 まあ、つまり、そんな日だった。



******二月十四日******



「赤いボールを転がして同じ重さの青いボールにぶつけると、赤いボールは止まって青いボールが動きだす。これはエネルギー保存の法則と言って……


 見れば感覚で分かる物に一々名前だの数式だの付けて、後からそれだけ覚えなきゃいけない身にもなって欲しい。

 神話だの星座だの、昔の暇人達の妄想の産物、言わばネット小説だろ。


 この先全く役に立たなそうな授業を終え、家に帰る。当然の様に雨ヶ咲も居た。


「全く、これじゃ家に辿り着く前に遭難しちまうぜ」

「そうだね」

「こんな日くらい休校にしろよなー」

「そうだね」

「あーあ、帰ったらまた雪かきか。ほっとけば溶けるのによ」

「そうだね……」

「何か今日ボーっとしてねーか?」

「え!? あ、いや……」


 俺の付ける足跡をそのまま背後から踏んで歩いていた雨ヶ咲は、俯いていた顔を上げて止まる。


「そう言えば、今日は何食うんだ?」

「あ、うん……これ、なんだけど」


 そう言って懐から取り出して差し出されたのは、御大層な包装紙に包まれた


「チョコレート? 普通に食えるけど?」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「ああ、どこまで溶かしても大丈夫かって話か?」

「その、今日……」


 俯いたまま動かない雨ヶ咲からとりあえず箱を受け取って考える。今日? 何かあったっけ? そもそも今日何日だ? 確か昨日が二月十三日の納品日だったから、二月十……あっ!!(遅すぎる察し)


「あー……どうも」

「…………」


 マズい。こんな時どんな顔したら良いのか本気で分からない! いや、どんな顔しても雨ヶ咲からは分からないんだけど。


ピキピキピキ……!


 あー、ヤバい、氷化してる氷化してる。こんな所で氷の彫像が置いてあったら、凍死体と勘違いされてもおかしくねーぞ。


「要らなかったら捨てて良いから! じゃ!」


 雨ヶ咲は俺からの返事を聞く前に、慌てて走り出した、俯きながら慣れない雪道を。


「おい! 走るとあぶな……


ツルッ! ズザーーー!!


 ……うん、見事なスライディングだ。教師より盗塁王の方が向いてるんじゃないか?


「あ、えへへへ」


 照れ隠しにこっちを向いて笑い声を上げる雨ヶ咲をバツが悪くて見ていられず、顔を逸らしたその時、初めてが目に映る。


 もう一度言うが、昨日は十年に一度あるかどうかの大雪だった。

 翌朝から各家が除雪に追われた。

 普段、町の人は道路に車を止めるなんて当たり前だった。それでも充分通れるぐらいの幅はあるし、そもそも車が通ること自体稀だ。

 除雪車なんて何処にも無いから、軽のトラックなんかに道具を積んで、現場に行って、車を停めて除雪、雪を何処かに運んでいく、という流れがあちこちで行われた。

 俺の住んでいる町は田舎で、海と山の間にあり、風が強く、雨が多く、ゆるい坂があちこちに在った。

 風が積もった雪を更に舞い散らせて、道幅は狭くなり、あちこちに視界を塞ぐ雪小山ができていた。

 町民たちは雪かきに追われていて、車には冬用のタイヤなんてまず着けてない。

 だから、それは誰にも予想できなかった事なんだろう。予想ができないんだから、予防もできないだろう。


 まさか、無人の軽トラが坂道を滑って下りてくるなんて!


「逃げろぉ!!!」

「え? 何?」


 こっちを振り返った雨ヶ咲は、まだ気づいていない。考えるより先に体が動いていた。


 大丈夫だ。間に合う! 助けてみせる!!


 全速で突進し、前に出した両手で雨ヶ咲を突き飛ばす。積もった雪山に頭から突っ込んで行ったが、雪山は固まっておらず、全身が埋まったから怪我は無いだろう。


 なるほど、エネルギー保存の法則、か。確かに俺の運動エネルギーが全部雨ヶ咲に行った分、俺はその場でうつ伏せで倒れることになるわけだ。もう少し真面目に授業聞いとくんだった。聞いてた所でどうにか出来たかは分からないけど。


「     !!」


 雨ヶ咲が何か叫んでる声がする。なに、大丈夫だ、俺は今全身鉄なんだから。

 

 でさ、次に目を覚ましたら、もしまた会えたら真っ先に言いたいことがあるんだよ。


 十五年もかかっちまったけどさ、まぁ聞くだけ聞いてくれ。


 るぅちゃん、あのときはごめ





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