【短編/完結】俺のことを「大嫌い」な声フェチの幼馴染が、再会した俺の声を聞いて真っ赤な顔で腰を抜かしているんだが

きなこもちこ

第1話 「元気でね」なんて言わないで!

「あんたなんて、だいだいだいだい……大っ嫌い!!」


 これは俺の、遠い記憶。


「その甲高い声、すぐ泣く弱っちいとこ、ムダにやさしいとこ……私の憧れの『かしわん様』と大違いなんだから!」


 ジャングルジムのてっぺんで、サラサラの髪をツインテールにした美少女が叫んでいる。


「だからもう……そんな声で泣かないでよ」


 記憶の中の俺は地面に座り込んで、女々しくわんわんと泣いていた。

 公園の桜は満開を過ぎ、花びらが絶えず宙に舞っている。

 

 ジャングルジムから降りてきた少女がため息を吐き、ポケットから取り出したハンカチを差し出す。


「あんたなんて大っ嫌い、だけど……あんたのその声聞かなくて済むなら……その、手紙だけとかなら、やり取りしてやってもいいし……」


 俺はハンカチを受け取らず、拳でゴシゴシと目を擦ってから弱々しく立ち上がった。


「花ちゃん……ぼくのこと、そんなに嫌いだったのに……今まで遊んでくれてありがとう。寂しいけど、もう関わらないから……」


「えっちょっと……あの……」


「引っ越し先でも、元気でね……」


 小さい俺は、後ろも振り向かずに走り去った。

 

 彼女がハンカチを握りしめて、呆然と立ち尽くしていることも知らずに……。


 ◇◇◇◇◇


 あの日から6年、俺は高校二年生になった。


 ひ弱だったあの頃の違い、高校ではそこそこ上手くやっている……と思う。多くはないが親友と呼べる友はいるし、勉強も部活も順調と言っていいだろう。


 しかし桜の花を見ると、今でも思い出してしまう。

 大好きだった幼馴染に「大嫌い」と言われた、幼いあの日のことを……。


 窓の外の桜を見て物思いに耽っていると、担任が勢い良くドアを開けて入ってきた。


「はーい、今日は急だけど、このクラスに転校生がきます」


 担任の言葉に、「こんな時期に?」「男?女?」と教室全体がざわめく。

 パンパンッと手を叩きそれを鎮めた先生は、ドアの外を覗くようにして入室の合図をした。


 数秒の間の後、堂々と胸を張った美少女がずんずんと大股で入室してくる。

 色素の薄い茶色い髪をサラサラと揺らし、少し吊り上がった大きな目に満面の笑みを湛えた彼女は、こう名乗った。


「花宮ほなみです。よろしくお願いします」


「はい、花宮さんです。中途半端な時期だけど、みんなよろしくねー、拍手!」


 教室から拍手が沸き起こり、ヒューヒューと口笛を吹く者や「よろしくねー!」と掛け声をかける者もいる。

 花宮と名乗る少女は照れ臭そうに微笑み、深々とお辞儀をした。


「じゃあ花宮さんは……あの一番後ろの席ね。──あっ、そこ段差が……」


「えっ? わっ……きゃんっ!」


 花宮は教壇と床との僅かな段差で足を滑らせ、ドシンッ!と大きく尻餅をつく。

 教室は一瞬シーンと静まりかえった後、大きな笑いに包まれた。


「どんまーい!」


「花宮ちゃんドジっ子なんだ、かわい〜!」


 すれ違う生徒達に口々にいじられながら、花宮は顔を真っ赤にして超スピードでこちらに向かってきた。

 俺の隣の席にたどり着いた彼女は、口をつぐんだまま勢い良く着席した。


「花ちゃん……だよな。久しぶり」


 その言葉を聞いてこちらを向いた花宮は、びっくり箱から飛び出すオモチャのように跳ね上がった。目をまんまるく見開き、震える指で俺を指差しながら叫ぶ。


「な、な、な……あんた、ユースケ!?」


「おい、落ち着けって! みんなが見てる……」


「なっ……何よその声!? 昔と全然違うじゃない!」


「当たり前だろ、何年経ったと思ってるんだ──ほら、とにかく早く座って……」


 担任が困った顔で、座れのジェスチャーをしている。

 クラス中の視線が集まっているのに気が付き、花宮は空気が抜けるように、ゆっくりと着席をした。


「……声変わりしたんだよ、中二の時に……」


「ねえわかったから、小声で喋らないで……」


 手元にあったプリントで顔を覆い隠した花宮は、消え入りそうな声で呟く。耳が真っ赤になっているが、具合が悪いのだろうか。


「そうだった、ごめん。俺のこと大嫌いだもんな、声も聞きたくないよな」


「な、んで……それは、違うって……」


「花ちゃん、悪いけど……一限英語で、お互い教科書を読み合わないといけなくて──」


「花ちゃんって、呼ばないで……!」


 絞り出した声でそう告げた花宮は、涙目でこちらを睨みつけてくる。手に持っているプリントが、ぐしゃりと握りつぶされていて不憫だ。


「……ごめん。じゃあ、花宮。教科書の84ページを……」


 結局その時間、花宮は教科書で顔を隠したまま、目を合わせてくれることはなかった。


 


 

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