8.感情移入について(前話からの反省も込めて)

 こちらの更新は久しぶりになります。

 元々は「こんな演出好きです」とか「こういう部分を気にして書いてます」とか「こういう手法ありますよね」と書いていましたが、今回は趣向を変えさせていただきます。

 この前のお話で、「話が長すぎる」「食傷気味」「気持ちが続かない」と書いていた、あの海賊王になる漫画についてです。

 事実として、わたしは数年前からこの単行本を買わなくなりました。というより、漫画自体を買わなくなったと言う方が正しいかもしれません。休日に無料で読めるサイトに行って無料分だけ読んで終わり、という感じです。

 なんですが、たまたま海賊王の漫画を読み返しました。偶然、なんとなく。部屋を片付ける時に昔の雑誌とか漫画とか読んじゃうあの感じです。

 そしたら、今82巻まで来ました。確か今105巻くらいまで出ていると思うので、だいぶハイペースです。

 最初は懐かしいなと思ってました。「あ、ここまでの展開で10巻か」とか思って、序盤は意外と展開スイスイだなと感じつつ読み返していました。

 思い返すと中学生の時に友人に勧められて読んだのが始まりです。だいぶ構成がシンプルというか、主人公サイドの人数がまだ少ないせいで話のテンポがいいのかな、と思いました。

 さて、お話序盤のメンバーはというと、ゴム人間に三刀流、泥棒航海士と長っ鼻にコックですが、皆さんは誰が好きでしょうか?もしくは嫌いなキャラクターは?

 中高生時代、わたしは長っ鼻が嫌いでした。

 バトルものにおいて、強くもない、知略を持っているわけでもない、根性もない、虚勢を張るだけのキャラクターである彼は、ネタというには不遇であり、正直存在に不快感すら覚えていました。

 でかいことを口にして強者の後ろに隠れ、追いかけられれば逃げて、鼻水流しながら喚く姿はとても情けなく見えました。釣られてアニメで彼を演じている勝平さんも一緒に嫌いになるくらいに。


 だったのですが、この前、それこそ数か月前に最初から読み返して、考えが変わりました。

 印象に残った部分を簡単に書かせていただきます。(版権作品なのでぼかします)


 彼は仲間の航海士を助けるために、他の仲間たちと共に敵に挑みます。

 航海士の『助けて…』に対して『当たり前だ!』からの、みんな横並びで『いくぞ』『おう』って歩む姿、かっこいいシーンだと思います。

 個別に戦闘シーンが描かれるわけですが、かの長っ鼻のシーンは敵からひたすら逃げて、血糊をつけて敵の攻撃が当たったと見せかけて倒れ、そのままやり過ごそうとする。敵は『手こずらせやがって』と言って去っていく。長っ鼻は起き上がり、負けた言い訳をいくつも考えはじめ、懸命に戦ったと見せかけるために自分の体に土やら砂やらを擦り付けて汚す。そんなことをしているうちに『情けねぇ!』と立ち上がって、泥臭く勝つわけですが……。


 作品として、彼のポジションはバケモノみたいな一味の中にいる一般人枠で、それをコンプレックスに感じながらも何度も挫けて成長したと思ったらまたヘタレて、やがて偶然が重なりながらも本人の能力以上に周りから評価されていく、そんなキャラクターだと思っています。

 そんなキャラクターなので、特に子供からはあまり好かれないのかな、と思っています。わたしもその一人です。


 そう思っていたわたしの、先のシーンを見た感想はというと――


 胸を抉られました。


 彼の行動が、思考が、自分と重なったのです。


 近況ノートでも別で出しているダイエットエッセイでも書いていますが、わたしは今の仕事が大変きついです。人と話すのが苦手で、人見知りで、仕事をうまくこなせておらず、自己肯定感だだ下がりの毎日です。

 そんなわたしは、彼の行動に共感していまったのです。


 うまく仕事を捌いている上司や同僚に対し、うまくいかない自分。あんな風に考え、対処できない、そんな発想出てこない、そんなストレートにものを言えない、そんなにうまく資料が作れない。

 結局予定よりも作業が遅れたとき、施策がうまくいかず失敗したとき、納期に間に合わないとき、「なんとか頑張ったんですが…」「こう考えてはいたんですが、ここで反発があったせいもあり…」「すいません、別の作業にかかりっきりで時間がなくて…」と言い訳を並べ、ひたすらすいませんと口にしてました。正直、相手の「そんなことないよ」「頑張ってたししょうがない」という言葉を期待していた上での言い訳でした。自分の努力を失敗の言い訳に使い、むしろ失敗を前提に苦労した感を出していた、そんなこともありました。

 そんな自分と長っ鼻の彼が重なり、かなりショックを受けました。作中で描かれた仲間の決意とか、涙とか、そういうのが全て吹き飛びました。結果を出せない、失敗を正当化する自分に『情けねぇ!』と涙して震える姿に、わたしは自分の唇を噛んでいました。


 わたしは基本、感情移入というのが嫌いです。

 つらい現実から、自分から目を背け、都合のいいかっこいいキャラクターに自分を重ねて陶酔する。

 誰にも負けない強い力で何事にも屈しない。

 かわいい女の子に次々と好意を寄せられる。

 異世界に行って人生をやり直す。

 自分が評価される世界に生まれ変わる。

 

 そんな妄想に逃げる『感情移入』を気持ち悪いとすら思っていました。

 しかし、長っ鼻の彼の姿を見た時のこの感覚も、まさに感情移入ではないかと思ったのです。彼は等身大の感性を持った登場人物でした。人によって、年代によって、彼は好かれない存在かもしれません。実際、彼のことが好きかと言われれば、「嫌悪まではいかないが好きと言えるほどではない」が正直なところですが、見方が変わったのかな、とは思います。

 少なくとも、強くてかっこいい存在だけが感情移入の対象ではないと思い知りました。



 ここまで書いてみて、ただの海賊王のお話の宣伝や考察みたいになってしまい、本来のこのエッセイの趣旨からは乖離してしまいましたが、書かずにはいられませんでした。前回不評としていた作品を、これだけ持ち上げる掌返しとなってしまいましたが、この『意図しない感情移入』ってあるんだなというのが自分でも驚きだったので、ここで書かせていただいた次第です。

 思えば当然のことだと思います。

 意図せず感情が揺さぶられることもあるでしょう。

 死んだ妻が小学生の体に乗り移って、という漫画がありますが、その中で痴呆が進んだ実母に対して、泣きながら『死んじゃってごめんなさい』って言うシーンで思わず「うあ~~~」って天井を見上げて目を細めてしまいました。わたし、涙腺に来るとよくこうなってしまいます。

 こういうのはミラーリングで登場人物と自分を重ねて我が事のように感じる現象であるという理屈はわかっているものの、それでも感情が動いてしまいます。

 あざとくても、テンプレでも、こういうことってありますね。



 締めも何もないですが、わたしもこんな『感情を動かす』作品を一つでも生み出せたらな、と思います。


 まぁ、リワード数とかも気にしちゃうんですけどね。(←台無し!)

 

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