第53話

鐘が鳴った大図書館へ急ぎ向かい通い慣れた部屋へ行くと、一冊の本が光りながら浮いていた。

間違いなくこれじゃん。

「これ、だよな?」

「むしろこれ以外のなんだって言うんですか」

恐る恐る触れると光は消えて漆黒の本が手の上に乗った。

とりあえず机に置き椅子に座る。

「開くぞ」

「ええ」

ここまで演出されながらどんな記録が書かれているのかと胸を高鳴らせながら開いていく。

「どうしよう、ノイシュくん。読めない」

「僕もです」

本に書かれていた文字が読めなかった。

古代言語だろうか?

でも博識なノイシュくんすらまったく心当たりがないと言う。

どうしたもんか。

「またガナッシュ様に尋ねに行く?」

「そうですね…」

俺達は本を片手にとぼとぼと城へ出戻るために大図書館を出た。


しばらく歩くと懐かしい声がした。

「リツ!久し振りなのだわ!」

カフェテラスでリリィがザッハトルテを頬張っていた。

チョコを頬張り口元にチョコを付けているリリィの口元を拭ってやりながら答えた。

「久し振りだな、リリィ。リリィもこっちに来ていたのか?」

リリィは頭を大きく上下に振りかぶって椅子から立ち上がった。

「誰かから甘いものを贈られる予感がしたから食べたくなってフロランタンに来たのだわ!」

「お客様、店内ではお静かになさってください」

すかさず店員さんから注意が入る。

魔王相手にも平等に接する…これがプロ!

俺が感嘆しているとノイシュくんが店員さんに謝っていた。

俺とリリィも続けて謝罪をして同じテーブルに座る。

「奇遇だな。リリィ達にフロランタンのチョコレート菓子を送ろうと思っていたんだ」

「やっぱり!私様の予感は当たるのだわ!」

リリィはザッハトルテをまた切り分けて食べた。

美味しそうに食べる姿を見て、思わず俺も同じ品を注文した。

ノイシュくんは季節のデザートだ。

飲み物はお互い紅茶にして届くのを待つ間にリリィと話す。

「フロランタンへは何をしに来たのだわ?」

「大図書館があるっていうからちょっと調べ物をね」

「ふぅん」

リリィはあまり関心がなさそうに目の前のザッハトルテに集中している。

「そういやリリィは神聖国家の神聖教団って知っているか?」

一応、この世界を治める魔王だし知っていそうだけど…これも興味ないかな?

「知っているのだわ。あそこの教祖は私様のお兄様がやってらっしゃるもの」

「えっ!?」

俺とノイシュくんの声がハモった。

思いがけない事で思わず大きな声が出てしまい、また店員さんから注意された。

すみません…。

「そうなのか?ていうか、リリィにお兄さんがいるんだな」

「僕もリリィ様のお兄様が神聖国家の教祖様だなんて初めて知りました」

ガナッシュ様は存じ上げていたんだろうか。

人ではないと言っていたし、お互い知り合いでも不思議ではない。

目をぱちくりさせる俺達にリリィが頷く。

「とは言ってもお母様が違うのだわ。リリィのお母様は純粋な魔族だけれど、お兄様のお母様は人間なのだわ」

おっと。急に他所のご家庭の内部事情が出てきたぞ。

「でも、なんでリリィ様のお兄様が人間社会で神を崇める教祖をしてらっしゃるんですか?」

ノイシュくんが運ばれてきたデザートと紅茶を受け取りながら訊ねる。

「知らないのだわ。あの人は人間同士が争った時もこの世界の神とやらに祈りを捧げるばかり。代わりに私様が仲裁してこの世界を治めることになったのだわ」

どうやら仲はそんなに良くなさそうだ。

膨れっ面で追加注文していたパフェを食べながら不貞腐れている。

そうだ。

「リリィ、この本の文字を読めるか?」

大図書館から借り出してきた本をリリィに見せる。

「これは大昔の魔族の文字なのだわ。この癖字…お兄様のものなのだわ」

「まじで?」

えっ、ていうことは神聖国家に行って教祖様をしているリリィのお兄さんに会えばすべて解決するのでは?

ノイシュくんを見ると頷いていた。

「ちなみにリリィは読めるのか?」

「こんなひどい癖字、お兄様くらいにしか読めないのだわ」

呆れたポーズを取る。

どうやら癖字が酷すぎて一種の暗号になっているらしい。

どんだけ酷いんだ?

「とりあえず、この本を国外に持ち出していいかガナッシュ様に尋ねないとな」

「そうですね。それから神聖国家に向かいましょう」

俺達が話を纏めているとリリィが瞳を輝かせた。

「お兄様の元に行くのだわ?私様も一緒に行ってあげるのだわ!」

「仲が悪いんじゃないのか?」

「私様を構ってくれないお兄様は好きじゃないのだわ」

また膨れっ面になった。

どうやらブラコンをややこしく拗らせているらしい。

意外なリリィの一面を見て、それなりに長くいるのにまだまだ知らないことが多いなぁと思った。

「とりあえずガナッシュ様の元へ行くか」

「そうですね」

「ガナッシュ!久々なのだわ!私様も行くのだわ!」

また口元を汚しているリリィの口元を拭いてやりながら、カフェを後にした。

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