第34話

朝起きてパンを焼きながらコーヒーを淹れて朝食の準備をしていると、ギュイーンと盛大な音を鳴らして空から来た何かがアパートを半壊した。

何を言っているか分からないかもしれないが、俺も何故そうなったか分からない。

瓦礫と化した自室で食べようとしていた朝食の皿とカップを持って呆然としているアホ面が壁が壊されたことにより町の住人からも見られていた。

何が何やらわからないままとりあえず無事だったテーブルに朝食を置いた。

これ、厄介事案だ。

リリィやカルデラさんが脳裏を過ぎると元気のいい声が聞こえてきた。

「おい!リツとやら!カルデラの姐さんを倒したらしいな!でも、このジャック・ジャック様はそう簡単には負けはしないぜ!」

リリィより少し小さいくらいの子供が元気よく宣言した。

その言葉に近所の住人と半壊にされたアパートの住人が一斉にこちらを見た。

やめろ。俺は何もしていない。

まためんどいの来たな、ということだけは瞬時に分かった。

カルデラさんを姐さんと呼ぶってことはリリィのところの六人いる四天王の内の一人か?

……六人いるのに四天王っていうのもややこしいからはやく適当な呼び名を考えて欲しい。

「ちょっと……」

「リリィ様に褒められるのはジャック・ジャック様だ!」

話し掛けようとしたら盛大に遮られた。

異世界人、人の話聞かない。特にリリィ案件。

「さて、リリィ様のお気に入りは客人に茶の一つも出せないのか?」

ふんぞり返って腕を組み偉そうにしているが、正論を言わせてもらいたい。

「いや、お前が家を半壊にしたんだろうが。茶なんて出せるか」

「……それでもリリィ様なら茶の一杯や百杯出せる!」

「じゃあリリィのところに行ってくれよ……」

この頃には疲れと慣れた顔付きでバルロットさんとノイシュくんが駆けつけて来てくれた。

「また魔王案件ですか?」

バルロットさんが眉に出来た皺を揉みながら尋ねたので思いっきり頷いて肯定しておいた。

「六人いる四天王の一人のジャック・ジャックくんです!」

ジャジャーンと効果音が付くくらい盛大に紹介するとドヤ顔で前に乗り出してきた。

さては調子に乗るタイプだな。

「ジャック・ジャック様はリリィ様に頼られる四天王の一人!そして、ジャック・ジャックって名前はリリィ様が直々に付けてくださったんだ!どうだ!格好いいだろう!!」

「へー。そうなんだー」

適当に相槌を打ってもドヤ顔してくれるジャック・ジャックくん。

「親からの名前は?」

「ジャック・ジャック様に親なんていない。俺が生まれてすぐに人間に殺された。そこをリリィ様が拾ってくださったんだ」

そう言われたら何も言えない。

多分、人間同士もしくは魔族と人間が争っていた時だろう。

「それで?リリィに頼られているジャック・ジャックくんは何をしたいんだ?」

俺が極力優しく尋ねると、ジャック・ジャックくんは地団駄を踏んだ。

「ジャック・ジャック様だってだってリリィ様に褒められたい!」

…これ、カルデラさんの時に聞いた気がする。

リリィ、そんなに身内に厳しいのか?えっ、あのリリィが?むしろ身内に甘々じゃねぇ?伝わってないのか?……ツンデレ発症する時あるもんなぁ。

もっと分かりやすく褒めてやれよ、リリィ。

とりあえずこの場をなんとかしなくてはいけない。

例え街の住人が「なんだ、魔王案件か」と平常を取り戻し普通に生活を再開させていても。

バルロットさんとノイシュくんはジャック・ジャックくんを俺に任せて仕事へと戻っていった。

これは騒動が起きてもリリィ案件だと思われて来なくなる日も近いかな…防衛的にいいのか、それで。

とりあえず俺はジャック・ジャックくんに向き返る。

「あー、ジャック・ジャックくん。聞いてくれ。俺の世界にトランプっていうカードがある。ゲームで遊んだり占いをしたりして広まって馴染んでいる」

「それがなんだよ」

ジャック・ジャックくんはじと目だ。

「そのトランプには王様、王妃様、兵士、あとはまあ役があるけど割愛する。で、だ。その王様と王妃様を守る兵士の名前がジャックなんだ」

「ジャック・ジャック様と同じ名前だ…」

「そうだ、ジャック・ジャックくん。君はリリィを守る兵だ。しかもジャックという兵士の役の名が二つもついている。二倍だ」

我ながら何の理論分からないが、ジャック・ジャックくんの目が輝いてきた。

「ジャック・ジャックくん。君には二倍の強さのリリィを守る兵の名前がついている。その名前に、リリィが付けてくれた名前に恥じないようにすべきじゃないか?」

「そうだな…ジャック・ジャック様は異界の兵士の二倍は強いんだもんな!」

背筋を伸ばしてドヤ顔でポーズをキメるジャック・ジャックくん。

「そんな強い兵士は平和に暮らす街の平穏を脅かしていいのか?」

「……良くはない」

俺の問いにジャック・ジャックくんは半壊になったアパートを見た。

「リツ、悪かったな。他の住人も」

ジャック・ジャックくんが謝ると近所のおばちゃんがお菓子を持たせてやって頭を撫でた。

リリィ案件からこの街の住人はかなり突飛な事にも柔軟に対応出来るようになっている。

……いいのか?それで。…いっか!

そんな謝罪したジャック・ジャックくんを街の住人が褒めたり餌付けしたりしていると、ようやくカシワギさんがジャック・ジャックくんを回収しに来た。

「カシワギさん…。俺が言うのもなんですけど、リリィもカルデラさんもジャック・ジャックくんもいい子そうですけどもう少し人の迷惑を考えるように教育した方がいいですよ」

ジャック・ジャックくんにアパートを半壊された俺は流石にカシワギさんに物申した。

「本当に申し訳ありません…」

カシワギさんは深々と頭を下げたが顔が全く変わっていないから悪びれていないんだろう。

まったく。一番の問題児はカシワギさんじゃないんだろうか?

カシワギさんが何かを唱えると、アパートの瓦礫が元の位置へ戻っていきアパートは復活した。

建物は確かに魔法の力で直された。

衣類から細かい備品まで、何故知っているのかってくらい元通りだ。

ジャック・ジャックくんはお土産にと袋に詰められたお菓子を両手に持ちカシワギさんと帰って行った。


ちなみに伝説の剣と武具だけは無傷で落ちていた。

流石は伝説の装備だな…。すごいな。


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