第14話

三ヶ国の同盟は、辛酸を舐めた敗戦国であるイグニクスが主導で行われたことにより一応の安定を得た。


「暇だねぇ」

「暇なら自分から仕事を探しにいくんですよ、サハラさん」

そう言ってノイシュくんはこの機会にとばかりに不要になった書類をゴミ箱に向かって切り刻んで解読不能にしている。

個人情報保護のためだ。

この世界にシュレッダーがあればすぐ済むのになぁなんて、思いながら俺も鋏を手に取りノイシュくんに混じって書類を切り刻んだ。

「移住者減ったねぇ」

「三ヶ国の微妙で静かな均衡が穏やかになりましたからね」

「いいことだ」

「本当です。仔細は今後話し合うとのことですが、どの国にとっても良きものになるといいですね」

ノイシュくんの顔が晴れやかだ。

ノイシュくんも王子なりに、キクノクスの文官なりに思うことが色々あったんだろう。

リリィはリリィなりの事情があって魔王としての圧倒的力で和平を築き上げただろうが、武力による和平は俺には向いていないな、と改めて思った。


そんなこんなで平和に過ごしていた数日後、俺宛にアパートに荷物が届いた。

箱からも匂うこれはもしや…!

焦る手つきを理性で抑えてゆっくりと蓋を開ける。

「チーズだ!!」

思った通り、サンダルソンで親父さんに教えたチーズだった。

しかも今度はフレッシュチーズだけじゃなくて発酵されている固形チーズまであった。

親父さん、頑張ったんだな……。

サンダルソンの親父さんに思いを馳せているとノイシュくんと親父さんと頑張ってチーズ作りをした日々が鮮明に浮かぶ。

美味しいって言ってたし、同盟のために頑張ったバルロットさんを労うためにもバルロットさんのとこで飲み会またやらせていただこう。

翌日、サンダルソンの親父さんからチーズが届いたことをノイシュくんに告げるとノイシュくんの元にも届いたという。

「どのチーズも美味しかったです。頑張って良かったですね」

「俺も、あの頃を思い出したらまたサンダルソンに行きたくなったよ」

「じゃあ、また行きましょうよ。今度行った時は名物になっているかもしれませんよ」

ノイシュくんも楽しそうだ。

「それじゃあ俺達はサンダルソンの名物を作った影の立役者だ」

「ふふ、そうですね」

チョキリチョキリと紙を鋏で切り刻んでのんびりと一日が過ぎていった。


「と、いうわけでチーズを持って来たんですか?」

夜になるとバルロットさんの執務室にワインとチーズやらつまみを持って訪ねた。

「もう業務時間外でーす。働き虫は労働をやめてくださーい」

テーブルの上に持って来た食料とワインを並べる。

「こっちの世界には労働基準法とかないんですか?」

「労働に関しての法はありますし一日の労働時間も決められてますが…つい……」

「ついで仕事をしないでくださいよ。バルロットさんが過労死でもしたらキクノクスが大事になりますよ。みんなのためにも体を大切にしてくださいよ」

「そうですね…それと飲み会はあまり関係ない気がするんですが」

それには黙秘して「キッチン借りますね」とバルロットさんの執務室に備え付けてある簡易キッチンに引っ込む。

チーズと米。これが揃うならリゾットだろう。

俺がリゾット食べたいだけとも言う!!

持ち込んだ食材を調理しながら鼻歌混じりで作業をしていく。

その間にバルロットさんは諦めたのかソファに移りワイン片手につまみを食べている。

ふふふ、そうだ。そうだ。休めばいい!!

いつも忙しそうなノイシュくんは今仕事がない状態で休みのようなものなので置いておく。

問題はバルロットさんだ。

「いい匂いがしてきましたね」

「ふっふっふっ!これが俺とノイシュくんでチーズを広めた成果です!」

じゃじゃーん!とリゾットを机に跡が付かないように下敷きをひいて置く。

「これは?」

「俺のいた世界の料理でリゾットって言います。今日手に入ったチーズとコメで作りました」

「チーズもコメも目にしたことも食したこともありますが、合わせて調理することが出来るんですね」

「まあまあ、とりあえずまずは一口。熱いから気をつけてください」

ずずいっとリゾットをバルロットさんの方に差し出す。

「それでは」

バルロットさんが湯気に息を吹きかけて冷まして食べると目を見開いた。

「美味しいですね!両方のいい風味が生きています」

「そうでしょう、そうでしょう。独身も長くなると自炊の腕も上がるもんです」

言っててちょっと悲しくなった。

元の世界に帰れないならこっちで結婚でもしてみようかな。

でもそうしたらこうしてバルロットさんや他の飲み友達と気楽に過ごすことが出来なくなる。

悩ましい決断だぞ。

俺がまだ見ぬ嫁さんと飲み友情とを秤に掛けているとバルロットさんは気がついたら俺を見ていた。

「サハラさん、同盟の件ではお世話になりました」

頭を下げられ俺の方が慌ててしまう。

「いや!俺、何もしていませんし米が食べたかっただけですし!頑張ったのは各国の人々と陛下に掛け合ってくださったバルロットさんですよ!こちらこそありがとうございました!」

「それでも、あなたが三ヶ国のことを口にしてくださらなかったら私はそのままずっと見て見ぬ振りをしていたでしょう。国交なら他国としている。隣国と膠着状態でも両国からの移民者を受け入れることで体裁を保っていると、自分を甘やかしていました」

真面目なバルロットさんに俺は息を吐いて答える。

「……それでいいんじゃないんですかねぇ」

「それでいいとは?」

「自分を甘やかして。先程も言った通り俺は米が食べたかっただけですし、頑張ったのはバルロットさんです。バルロットさんはいつも頑張りすぎです。自分を甘やかしていいんですよ。それで上手いこといったら儲けもんです」

バルロットさんはまだ腑に落ちない顔をしている。

褒められ慣れてないんだろうなぁ。

王弟という立場からも、領主としての立場からも、出来て当たり前だと思われているしバルロットさん本人も思っているんだろう。

「あなたの成果ですよ」

ワインを注ぎながらバルロットさんを褒め称える。

俺はいつも自分が食べたいから言い出すだけであとは人に丸投げしている。

それを受け取って形にしてくれる人がいなきゃこのリゾットだって作れなかった。

「同盟を結んでくださってありがとうございました」

バルロットさんは少し困った顔をした。

「それは陛下に仰ってください」

「でも、陛下に進言してくださったのはバルロットさんですもん。バルロットさんも頑張ってます。この街や国のために。だから休める時はちゃんと休んで体を大切にしてくださいね。バルロットさんに何かあったらみんな悲しみます。みんなバルロットさんがすきなんですから」

もちろん俺もですけど!と付け足しておいた。

褒められ慣れてないバルロットさんをこれでもかと称えていると酒のせいではない赤みがバルロットさんの顔に差し込んだ。

「そう…でしょうか。そうならとても嬉しいですね」

少し力の抜けた体と言葉に、俺はこの世界に来て行かされたのがキクノクスで本当に良かったと思った。

その日の飲み会はほんの少ししんみりしたけれど、翌日のバルロットさんはノイシュくんみたく晴々として仕事をしていたとか。

バルロットさんが自分の甘やかし方を覚えるまで面倒見てやるか。

単なる一個人の飲み友達として!


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