第6話

翌日はすっきり起きれて軽い身支度をすると今度は俺からノイシュくんの部屋にノックをした。

「ノイシュくん、準備できた?」

「サハラさん、早いですね」

扉から出てきたノイシュくんにそう言われて首を傾げる。

「そうかな?」

「昨日あれだけ飲んでたのでもっと遅くなるかと思ってました」

笑いながら言われると俺も苦笑してしまう。

飲まない子から見るとあれくらいでも飲んでるように見えるのか。

「少し待っていてください、すぐに支度します」

「分かった。部屋に戻って待ってるからゆっくり支度してくれていいよ」

自室に戻ってまたチーズに思いを馳せているとふと思った。

乳酸菌とか酵素って何からとって入れるんだろう?

思い出せ。テレビの情報を!俺のチーズ生活が掛かっているんだ!!

たしかスターターというものを使って、培養した乳酸菌……そんなものはこの世界にはない!

でも確かヨーグルトはスターターの代用品として紹介されていたはず。

いやだめだ!!ヨーグルトも乳酸菌が必要な筈!!すごいな乳酸菌!!!

生乳があればいいや〜くらいに思っていたのに思ったより加工された乳酸菌が必要だ…!!

さらば、俺のチーズ生活……。

あれ?でも最初にチーズが出来たのって偶然だった気がするぞ。

思い出せ!テレビ情報!!あれだけ日常生活に関係ないのにやたら詳しく特集していてつい見入ってしまっていた番組情報の数々を!!

そうだ!牛乳に含まれる乳糖は乳酸菌で醗酵することで乳酸になり、これによってヨーグルトのように固まったかのよう見え、ヨーグルトに含まれる乳酸菌を利用して凝固させたり旨みを引き出している。身近なものではヨーグルトそのものが、生乳に含まれる乳酸菌によって、発酵しヨーグルトになる。

つまり!生乳を発酵したらヨーグルトになる!筈!!ってテレビで言っていた!気がする!!

そしてレンネットとは子牛や子羊などの第四胃から抽出される凝乳酵素のこと。レンネットの主成分は牛乳タンパクの一部を分解する。つまり牛乳を固まらせる働きのある凝乳酵素を含む製剤である。酢やレモン汁の代わりになるものである。

というかチーズ作りにおいては、レモン汁や酢がレンネットの代用品である。

レモン汁や酢はある!でも低温殺菌牛乳とか!難しいぞ!!

どうする俺!?

牛から搾ったままの生乳には、品質に影響をおよぼす細菌なども入っているから俺がいた現代社会では牛乳工場では安心して飲めるよう、生乳を殺菌しなければならない。らしい。

いや、でもこちらの世界は牛乳も流通してるしいけるのか?

ていうか牛乳あるならチーズもあってくれよ!!

レモンや酢を牛乳に入れるとpH酸とかっていうのが下がるって言っていた気がする。酸性・アルカリ性の強さを表す指標がpH。乳タンパクは凝集、沈澱がおこるため、レモン汁で固まる。つまりレモンや酢でなくとも、グレープフルーツやクエン酸、酒石酸、乳酸等でもいけるはず。

…………あれ?なんかいける気がしてきた!!

どうだろうか?チーズ作り。ここの牧場の人達は乗ってくれるだろうか?

よくよく考えるとかなりの手間と時間を要する。正直考えてるだけでめんどくさい。

それでも観光しつつノイシュくんのお勧めの食堂や相乗り馬車で教えてもらった食堂でご飯を食べつつ思った。

やっぱりシチューとか乳製品を使った料理がここまで美味しいならチーズを作ったら絶対美味い!俺はチーズが食べたい!!

「ノイシュくん。俺、チーズ作り広めたい」

食堂を後にしてノイシュくんに言うと、聞き慣れないのか首を傾げる。

「ちーず、ですか?」

「ああ、手間暇はかなり掛かるが要約すると生乳に乳酸菌や酵素を加えて発酵して加熱殺菌して水分をとって塩を塗りこんで作る。俺はそれが食べたい」

「なんだか文字だけ聞くと美味しくなさそうなんですけど、本当に美味しいんですか?」

ノイシュくんは懐疑的だ。

「美味しい!酒にもパンにもハムにも合うしそのまま食べても美味い!俺の居た世界じゃごく普通の食べ物だよ」

「へえ、そうなんですか。異世界の食べ物、ちょっと興味あります」

ノイシュくんがちょっと乗り気になってくれた。

「じゃあ、ちょっと牧場に行ってみようか」

「分かりました」

と、言う事で数件の牧場を巡ったがけんもほろろに断られた。

「なんでわざわざそんな手間暇させなきゃならないんだ?」

ですよねー。チーズを知らない人間からしたら不思議な作業ですよねー。

「サハラさん。多分、もう大きな牧場では販売ルートも確立していてそんな不思議な食べ物を作って博打に出なくてもいいと思うんです。潰れそうな小さな牧場に勧誘してみましょう」

「ノイシュくんも悪どい事考えるねぇ」

俺も考えてたけどさ。

俺達はサンダルソンで一番小さな牧場を尋ねて向かった。

「ごめんくださーい」

「あいよ!なんだい?牛乳でも買いに来たかい?うちは小さいけど美味い牛乳を作るよ」

ここまで歩いてきた俺達は喉も渇いていたしついでに二杯貰って飲んだらめちゃくちゃ美味かった。

これでチーズを作りたい!

「あの!チーズ作りに興味がありませんか!?」

「ちーず?」

「チーズっていうのは……」

詳細に手順を思い出して牧場主さんに話した。

ここでダメならもう俺のチーズ生活は諦めよう。

そう思ったら親父さんが乗り気になってくれた。

「ちーず、チーズな!面白そうだな!でかい牧場ばかり販売ルートも取られて収入源も減ってきたんだ!ここはそのチーズとやらで新商品を作って新たな販売ルートを開拓してみるか!」

「まじっすか!?ありがとうございます!!俺達、ここにしばらく滞在するので手伝えることがあればお手伝いします!」

「僕もチーズのことは分かりませんがお手伝いします」

「おう!ありがとな!」

俺達がお辞儀をすると親父さんも笑って請け負ってくれた。

「しかし、都会のやつも変な発想するな」

「いやぁ、ははは」

まさか異世界の食材ですとは言えずに誤魔化しておいた。

いや、でも作れる素地はこちらの世界にもあったんだからこちらの世界の食べ物でいいのか?

その日は出来るところまで手伝って、夕暮れになったらまた明日訪れると約束してその牧場を後にした。

この世界は元の世界にもある食材もあればない食材もある。

キクノクスに帰ったら色々ある食材、ない食材を纏めてみよう。

でも、チーズ生活への第一歩が踏み出されたが、上手くいくかドキドキするな。


それからは親父さんの牧場に行きながら観光スポットを巡ったり牛や山羊を見たり食べ巡りしたり親父さんのチーズ作りを見守った。

フレッシュタイプのチーズは熟成を必要とせず出来立てを食べられる。

まずはこれでお試しで食べてみようかと思う。

休みが終わってしまうので、それからソフト、セミハード、ハードタイプのチーズを親父さん一人に頑張って作ってもらいたい。

でも、簡単なものは作れても熟成が必要なものは必要な資材も要るし職人がいるほどだ。親父さんに出来るだろうか…。

いや!俺が親父さんを信じなくてどうするんだ!頑張ってくれ、親父さん!

とりあえず簡単に出来るやつから広めて後はサンダルソンで流行って試行錯誤してほしい。丸投げだ!!俺に出来ることはもう全部尽くした!

頑張って思い出してチーズ作りと共に消費期限なども詳細をメモに書き記して残していく。

ソフトタイプは4~8週間くらいで食べごろとなるが、チーズが若いうちは組織が比較的固く、中心部に芯が残った状態の場合がある。熟成が進むにつれ軟らかくコクのある味わいとなり、さらに進むとアンモニア臭を強く感じるから苦手な人もいるかな。

セミハードタイプは3~6ヵ月程度で熟成。若いうちは味がフラットでまだミルク臭が残っている。熟成が進むにつれコクが増し深い味わいとなっていく。

ハードタイプは短いもので1年、長いものでは5年もの間じっくりと熟成させる。ただし、熟成の進み具合は熟成中の温度や湿度によって変動する。

確かチーズ特集の番組でそう言ってた。

テレビ見ながらごろごろしていた元の世界の日常ありがとう!!


ここまで説明すると親父さんが唸った。

「チーズ作りも奥が深いなあ」

「嫌になりました?」

恐々尋ねると親父さんは豪快に笑った。

「いいや、やり甲斐があるね!出来上がったらそっちへ送るよ。住所を教えてくれないかい?」

「喜んでー!」

どこかの居酒屋の挨拶みたいに返事をしてチーズ作りのメモの1番後ろに俺とノイシュくんの住所をそれぞれお互いに書いた。


最初に食べてみたフレッシュタイプのチーズは改良が必要だとは思うがまずまずの出来だと思えた。

これは手応えがある。

「面白いねぇ、チーズ作りって。少し変えただけのこちらとはまったく味が違う」

試行錯誤のために何パターンか作ったが、本当にどれも少しづつ変えただけでまったく違う味になっている。

親父さんがチーズ作りに躍起になっている間に観光も済ませた。

どでかい風車が印象的だったし、道や橋も綺麗に整備されてて牛や馬が通りやすくなっていた。

程よく遠くには金持ちの別荘地帯もあるらしい。遠目で見たけど豪勢だった。

あんなに広けりゃ掃除も大変だろうなとノイシュくんに言ったら、ああいうところに住んでいる方は使用人が何人もいるんじゃないんですかと返された。なるほど。庶民の発想だったわ。

そんなこんなで休みもあと数日で終わる頃。

「俺達、休みが終わってしまうので数日後にはもう帰らなきゃなんですけど、あとは親父さん一人で大丈夫ですか?」

「もちろんだ!任せとけよ!」

また豪快に笑う親父さんを見て、親父さんなら美味しい納得のいくチーズを作るまでめげそうにないなと確信した。


一週間程度しかいなかったけど楽しかったな、サンダルソン。

帰りもまた相乗り馬車で半日かけて帰った。話題はもちろんチーズ。

そしてキクノクスに帰ってきた夕方。

「それで出来たチーズとやらの試作品がこれですか」

バルロットさんの自室にてサンダルソンの地酒を持ち込んで恒例の飲み会が行われていた。

今回は同じくチーズ作りに貢献したからと無理に誘ってノイシュくんも同席している。

ノイシュくんはサンダルソンがどれだけ素晴らしかったか、キクノクスに取り入れられそうな良さをバルロットさんに進言していたが、今はそういう場じゃないだろう!

(主に親父さんが)苦労して作ったチーズをキクノクスに輸入してくれるか判断して貰うためにも食べてもらわなきゃいけないんだ!

あとチーズで酒が飲みたい!!

「ささっ、どうぞ」

チーズを肴にサンダルソンの地酒を飲むとバルロットさんは気に入ったようで「美味しいですね」と評して味わいながら食べつつ酒で喉を潤していっている。

これはチーズが輸入される日は近いぞ、と満足して思いながら俺もチーズに手を伸ばした。

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