第6話 混沌の力を手に入れよう

 あれから一週間が経った。


 俺はみんなが寝静まる真夜中。

 自室からこっそりと抜け出し、屋敷の地下に侵入していた。


「ここを見つけるのに苦労した。エルゼとお父様も、この地下の存在は教えてくれなかったからな。全く、手間かけさせやがって」


 溜め息を吐く。


 レオらしい言動をずっと心がけていたためか、独り言でも随分と様になってきた。

 先日のルフィラの一件の時みたいに、焦ったらつい口調が元に戻ってしまうが……それもやがて、なくなるだろう。多分。


 本当はもっと早く、この地下に来るべきだったかもしれない。

 だが、ここからはゲームで描写されていなかった部分なので、慎重になっても仕方がないと思いたい。


 どうして地下に潜る必要があったのか。

 それを説明するためにはまず、『ラブラブ』の主人公について軽く触れておかなければならない。




『ラブラブ』の主人公の名前はエヴァン。


 極々普通な平民の両親の間に生まれ、幼少期は野山を駆け回る元気な男の子だった。


 しかし神託を受け、主人公──エヴァンの人生は大きく変わる。


 なんとエヴァンは『光』属性の魔法に適正があったのだ。


 全ての属性魔法の上位互換だと言われる光と闇は、適正があるだけでも貴重。

 当初、エヴァンはそのことに戸惑いつつも、今まで通りの人生を送ろうとするが、そうはいかない。

 両親を魔物に殺され、エヴァンは誰かを守るためには力を得ることが必要だと悟る。


 そこで世界有数の魔法学園である『アヴァロン魔法学園』への入学を決意する。

 このアヴァロン魔法学園が、ゲームの舞台となってくるわけだ。


 その入学試験で、メインヒロインの一人である少女がこの俺──レオにナンパされるのを、エヴァンは見る。


 正義感の強い彼は間に入り、レオを止める。

 しかしレオは平民の彼に文句を付けられたのが苛つき、決闘を挑むことになるのだ。


 ゲーム内ではレオとの決闘が、戦闘のチュートリアルだ。レオはボコボコにやられ、それからことあるごとにエヴァンに突っかかっていくことになる。


 ……というのがゲームの導入部分である。


 五属性を操るレオに勝利を収め、才能の片鱗を見せつけるエヴァンではあるが、彼の力はこんなものではない。


 物語が中盤に差し掛かった頃。

 エヴァンは光属性魔法だけではなく、もう一つの特殊魔法が使えることに気付くのだ。


 それが『聖』魔法。


 ここまで説明したら察するかもしれないが、ゲーム内屈指のチート魔法だ。


 まず聖魔法は多大なMPを消費する必要はあるが、そこらへんの雑魚的なら一発でほふる火力がある。

 さらに聖魔法は、聖なる光によって相手の魔法を打ち消す力もある。


 ただでさえ聖魔法はバランスブレイカーと称されるくらい、とんでも火力を誇る。

 それに加えて(育成次第ではあるが)、エヴァンは剣の腕前も一流なのだから手が付けられない。



 さて、ここからが俺が屋敷の地下に侵入した理由になる。



 エヴァンにどう足掻いても勝てないレオ。

 ただの雑魚キャラと成り下がった彼ではあるが、簡単にゲームの舞台からは降りない。


 レオは劣等感を拗らせ、新たな力に目覚めることになる。


 それが特殊魔法『混沌』。


 効果は聖魔法と同じようなものだ。まあレオはこれを『エヴァンはボコボコにして、世界を支配するため』使用するんだがな。

 これによって、実力でレオはエヴァンと肩を並べることになる。



「そして最終的にはラスボスとして、エヴァンの前に立ち塞がることになるんだよなあ」



 と俺は呟く。


 混沌魔法の力を手にしてからのレオは強かった。

 ダメージが一定以下の攻撃が通らず、即死攻撃をバンバン放ってくるレオには苦戦を強いられたものだ。


「だからエヴァンに勝つためには、俺も混沌魔法を手に入れなければならない」


 神託を授かった際、現れた『??』という欄には、きっと『混沌』に二文字が入るのだろう。


 どうしてレオが急に混沌魔法に目覚めたのか。


 ゲーム内では、レオは屋敷の地下で『なにかあって』混沌魔法に目覚めたことになっている。

 その詳細は語られることがなかった。


 しかし。


「追加ダウンロードコンテンツで、レオが混沌魔法に覚醒するエピソードがプレイ出来るはずだったんだよなあ」


 さらにレオがどうして闇に染まってしまったのか。レオの過去とは……まで追加エピソードで語られれる予定だったらしい。


 その追加ダウンロードコンテンツが配信される前に、俺は『ラブラブ』の世界に転生してしまった。

 だからこの先のことは、俺でも知らない。

 プレイ出来なかったことが悔やまれる。


「だが、なんにせよ、この先になにかがある。必ず、俺は混沌の力を手に入れてみせる」


 俺はあらためて決意する。


 さあ、鬼が出るか蛇が出るか。


 ここから先はゲーム知識に頼れないが、努力をせずにあの弱かったレオでも、混沌魔法が使えるようになっていたのだ。

 この一週間で、俺も魔法の使い方にある程度慣れてきたし、なにが出てきてもきっと対応出来るはずだ。


「ここで階段は終わりか」


 そこはだだっ広い地下室だった。

 こんな場所が屋敷の下にあったとはな。


 俺は警戒しながら奥へ進んでいく。


 地下は薄暗かったが、魔法で周りを明るくしているので問題ない。


 やがて俺は一冊の本を見つけた。


「こ、これは……」


 その本は古ぼけた机の上に置かれていた。

 何故だか、この周囲にだけなにもなく、異質さを感じさせた。


 確信する。

 この本が混沌魔法のキーアイテムだ。


「しかし、いきなり手に取るのは抵抗があるな。本は僅かに魔力を帯びているようだが、それ以上のことは分からないし……」


 どうしたものかと頭を悩ませていると、



『世界を支配したいか?』



 と不意に頭の中に声が聞こえてきた。


「はあ?」

『世界を支配したいか?』


 戸惑う俺に、声は再び問いかけてくる。


 ま、まさか、恒例の「力が欲しいか?」イベントだというのか!?


 なるほど。

 この声に頷くことによって、レオは混沌魔法に目覚めるということか。少々使い古されて陳腐な展開ではあるが、嫌いではない。


「世界を支配したいか? だと?」


 俺は声の主に答える。


 正直、別にそこまで望んでいない。

 俺はただ、主人公のエヴァンに匹敵する力を得て、破滅エンドを回避したいだけだ。


 だが、『ラブラブ』のレオはそんなこと言わない。


「少し勘違いしているようだな。そんなことを聞かれなくても、俺はいずれ世界を支配する男だ」


 と本に右手を置く。


「しかし中には俺に歯向かう愚かな民も出てくるだろう。だから俺は……」


 そのまま勢いよく本を開いた。



「俺に反抗する者全てを蹂躙する力が欲しい!!」



 悪役らしい台詞を吐くと、本から闇が漏れる。

 俺の体は闇を吸い込み、やがて頭の中に文字が浮かんできた。



魔力量:測定不能

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属性魔法

『炎』

『水』

『風』

『雷』

『土』

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特殊魔法

『混沌』NEW



 やった!

 狙い通り!

 やっぱり、この本が混沌魔法入手のキーアイテムだったんだ!


「なんだ。ここまで順調に進むと、ちょっと怖くなってくるほどだな。ガハハ!」


 高笑いを上げる。


 もっと上品な笑い声を上げたかったが、この体で笑おうとすると、悪人っぽくなってしまうのだから仕方がない。


 追加ダウンロードコンテンツで、このエピソードが語られるはずだったのだろう。

 それにしては、少々ボリューム不足なような気がするが……まあゲームメーカーも予算の関係とかあるんだろう。些細な問題だ。


 混沌魔法も得たところで、俺は地下室から出ようとすると……。


『くくく、バカなヤツだ』

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