第4話 初めての魔法

 その後、俺たちは屋敷の庭に出て、早速魔法の試し打ちをやることになった。



「頑張ってくださーい! レオ様!」

「レオなら出来る! 自分を信じろ!」



 少し離れたところで、お父様とメイドのエルゼが俺を見守ってくれている。


 さすが公爵家。

 たかが庭といっても、とんでもなく広い。

 これなら少々魔法をぶっ放しても問題なさそうだ。


「はあ……本当は残業なんて嫌なんだけど。ですが、五属性持ちなんて私も見るのが初めてだし、ちょっと興味はあるかも。天才魔法使いの誕生を見られるかもしれないし、損なことばかりじゃないか」


 女神官のルフィナはぶつぶつとさっきから呟いている。


 よほど残業が嫌なんだろう。


 それについては共感を覚えるが、だからといって仕事を放棄してもらっては困る。


「おい、やる気がないのはこの際目を瞑るが、本当に大丈夫なのか? お前に向かって魔法をぶっ放すなど……」

「あっ、大丈夫ですよー」


 せっかく気遣ってやったというのに、ルフィナからは緊張の欠けらも感じられない。


「いくら才能があったとしても、レオ様は初めて魔法を使うんですからね。というか、ちゃんと発動させられただけでも御の字。念のために結界を張らせてもらいますが、これも保険みたいなものです。だからそこらへんに適当に放つより、私に放った方がまだ安全だと思いますから〜」

「そうか」


 ふむ……このルフィナ、俺のことを相当侮っているらしい。


 こいつの度肝を抜かせたいところだが……なにせ、レオは天才であっても、俺自身は魔法の素人。

 彼女の言う通り、魔法を発動させられただけでも上出来といったところか。


「じゃあ、レオ様。やってみましょうか。まずは手の平をかざしてみてください。そこに魔力を溜めて……」


 ルフィナが丁寧に指南してくれる。俺は目を瞑り集中して、彼女の言う通りにした。



 ──レオは『測定不能』となったくらいに、莫大な魔力量を保持している。



 しかも前代未聞の五属性適正持ち。

 それなのに、『ラブラブ』内では主人公にあっさりと負けているし、魔法使いとして特別名を馳せることもない。


 それはどうしてか?

 その秘密はやっぱり、こいつの怠惰な性格にあった。


『ラブラブ』というゲームで魔法を使う際、決められた魔力量──つまりMPというものがない。

 魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど、魔法が強くなるシステムなのだ。


 しかしそれをすればどっと疲れがのしかかった感覚がするらしく、ゲーム内のレオはそれを嫌がったのだ。


 

『俺は天才なんだ。魔力なんか、ちょっと注ぐだけでも十分だろ?』



 ……と傲慢な態度を貫いている。


 実際、天才のレオはそれでも、そこそこの魔法を放てちゃう。

 だからそれで、ゲーム内のレオは満足してしまったのだろう。


 しかし俺なら?


 疲れるくらいなんだ。

 それで強力な魔法を放てるなら、安いもんじゃないか。


 ゆえに俺はありったけの魔力を手の平に掻き集めた。本当に出来るのかと少し不安だったが、体の中で魔力が循環していく様がはっきりと認識出来る。これが神託を受けた効果なのか。


 集中するだけで、ちゃんと魔法を放てるイメージが浮かんだ。


 ふむふむ……これはなかなか便利なものだ。

 ファンタジーの世界でしかなかった魔法が俺でも放てるのかと、胸が高鳴っていく。


「いくぞ」


 俺は一声発し、目を開ける。


 放つ魔法は……。


「ファイア」


 初級炎魔法だ。


 手の平から魔力が奔流し、炎が唸りを上げて飛び出した。



 チューン……。

 ドーーーーーーーン!



 すると想像していたよりも大きい炎が、ルフィナの横を通過して、敷地内を区切る壁に直撃した。



「ひゃーーーー!」


 ルフィナが爆風に巻き込まれて宙を舞い、地面に激突する。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」


 しまった! 

 加減を誤った!


 俺はすかさず地面に倒れているルフィナに駆け寄り、彼女の安否を確認する。

 焦りすぎて、レオらしい喋り方をするのを忘れてしまうほどだ。


「だ、大丈夫です。結界を張っていたのが功を奏しました。それよりも……」


 ルフィナは背後に視線を移す。


 俺の初級炎魔法『ファイア』が直撃した壁が、脆くも崩れ去っていた。



「す、すごいです、レオ様!」

「さすがは俺の息子だ!! まさか大理石で出来た壁を、簡単に破壊してしまうとはな!」



 エルゼとお父様も近寄ってきて、俺をそう賞賛してくれる。


「す、すみません、お父様。壁を壊してしまって。ルフィナさんをちゃんと狙ったつもりだったんですが、外してしまって……」

「全く問題ない! 壁など何度でも作り直せばいいだけだ! まあ、しばらくは随分と風通しがよくなりそうだがな。ガハハ!」


 焦る俺ではあったが、お父様は全く気にしていないらしい。


「は、初めて魔法を放ったっていうのに、この威力? もし、こんなのが直撃したら、私の結界なんて簡単に壊れていました。レオ様の魔法が外れてよかったあ……」


 とルフィナがぽっかりと穴が空いたみたいになっている壁を見て、震えていた。

 どうやら度肝を抜かせることには成功したらしい。


 しかし。


「さすがに、このままでは使い物にならないな……」


 なにせ目の前のルフィナにも魔法を当てられなかったのだ。

 敵や魔物に当てようとして、周囲を焼き払っていたら話にならないのだ……。


 だが、初めてで魔法も発動出来たし、結果オーライか。


「レオ様、先ほどは興奮して確認するのが遅れましたが……お怪我はありませんか?」

「ああ、それも問題ない。この程度で怪我をするほど、柔な鍛え方はしていないもんでな」


 エルゼの問いに、俺は自分の服をパンパンと払いながら答える。


「さすがはレオ様。あなたはやはり天才です。剣術だけではなく、魔法の才能もあるとは……! レオ様に仕えることが出来て、私は本当に幸せものです。これからもあなたにこの身を捧げましょう」

「お、おう」


 エルゼの過度な忠誠心に少し戸惑いながらも、俺は謙遜したい気持ちをぐっと堪える。


 確かにレオは天才。

 ゲーム通り慢心しなければ、百年に一度の魔法使いになれるだろう。


 だが、これでもあの『千年に一度』の天才と称されるチート主人公には負ける。


 レオも出鱈目だが、主人公も大概だ。

 この先、なにがあるのか分からない。

 わざわざ敵対するつもりもないが、彼に匹敵するような力は念のために得ておきたい。


 それに。


「俺の推しキャラだったレオは、誰にも負けない」


 誰にも聞こえないように、小さく呟く。


 ゲームでは主人公に負けっぱなしのレオだったが、そんなのは俺が許さない。


 誰よりも強い。

 それが俺の理想のレオ像だからだ。


「なら……やっぱり特殊魔法だよなあ」


 このままでは主人公には勝てない。


 それを強く自覚した俺は、特殊魔法『??』の開発に着手することを決めた。

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