12:6日目・最後の一人になるということ

 皆月日奈に送ったメッセージに、既読がつかなくなった。




 先日、慌てて入れたばかりの位置情報交換アプリは、日奈のスマホに電源が入っていないことを伝えてくる。

 美花は身震いした。部屋に閉じこもったまま、隠れるように布団を被る。


 どうしてこうなった?

 みんなどこへ行った?

 アイツか? アイツのせいなのか?

 だとしたらどうやって……


 初めて会った時から、いけ好かない男だと思った。

 大した素材でもないクセに、ファッションに金をかけてない。安い石鹸の臭いをさせながら自分と対等であるかのように堂々と話しかけて来たダサ男に、殺したいほど腹が立った。


 そのクセ、成績はいい。将来のために勉強しているらしい。ダサ男のクセに。

 運動神経がいいとは言えないが、体力だけはやたらあった。将来のために鍛えているらしい。帰宅部のクセに。

 友人も多い。どこで知り合ったのやら、いろんな連中がよく家に遊びに来ていた。外国人らしき人々と何語か分からない言葉で談笑していた時はキモ過ぎて吐き気がした…… 学校ではボッチのクセに。


 金の使い方も時間の使い方も、自分とは別のイキモノでしかない異物が近くにいることが物凄く不愉快だった。


 こんな男が兄だなんて。


 親の再婚で年頃の異性と一つ屋根の下などと言う、ドラマチックでロマンチックな展開に、多少なりとも期待した美花にとって、それはひどい裏切りだった。


 最初は身の程知らずにもしたに話しかけてきたが、冷たくあしらうとすぐに関わってこなくなった。

 遠くから指を咥えて見ているかと思えば、全くそんなことはなかった。じゃあいいや、とでも言わんばかりに、必要な時以外は話しかけてくるどころか視線ひとつ寄越すこともなく、勉強やら筋トレやらバイトやらに打ち込んでいる。


 調子乗んな、調子乗んな、調子乗んな。

 お前なんかが私にそんな態度取って、調子乗んな!


 何よりムカつくのは、家事なんかやることだ。母子家庭だったから自然に、だと?

 ハウスキーパーも雇えないような貧乏人が悪いだけのことなのに…… 母の忘れ形見だからと今まで甘やかして来てくれた父親が、なんとも言えない目で自分を見たことが忘れられない。


 絶対に許さないと思った。


 下着を盗んだと騒いで、濡れ衣を着せてやることにした。

 日奈には少し負けるが、凛子より大きいブラ。今時Fカップ程度じゃ巨乳とまでは言えないかもしれないが、童貞野郎がたまらず手を出したと言い張るには十分過ぎる説得力があるはずだった。

 そのはずなのに、ダサ男は動揺一つ見せず、淡々と無実を訴えた。

 お前のベッドの下に隠してあった! と言って責めれば、ベッドの下の埃がそのままで漁られた形跡もないが、どうやって探したのか? などと、平然とした顔で言い返してきた。


 ナメるな、ナメるな、ナメるな、ナメるな、ナメるな!


 甘い父と、気を遣う義母にゴリ押しして、家から追い出してやった。

 それでもまだ、まぁ一人暮らしも悪くないか、みたいな顔をしている。


 いい加減にしろ! いい加減にしろ! いい加減にしろ!


 友人を使った。クラスメイトをそそのかした。自分に色目を使う男共おとこどもけしかけた。

 ありとあらゆる手段を尽くし、ついにアイツが床に這いつくばった時には、久しぶりに心から笑えたと言うのに。


 なのに……!


 なんだこの状況。全然笑えない。

 本当に、アイツがやったの?

 蓮也も、龍一も、凛子も、貴志も、日奈も?


 ……そして、次は、私も?


 警察がパトロールを強化しているのに? 本人も警戒してるのに?


 家に遊びに来ていた公治の友人たちを思い出す。いろんな奴らがいた。男もいれば女もいた。大人も子供も、老人もいた。肌の色まで色々いろいろだった。


 急激に胃液が込み上げてくる。


 アイツら、誰? 何やってる人たち?

 バイト先の知り合い? アイツのバイトって、なに?

 全然知らない。今まで興味も無かった。 

 

 学校が休みだと言うのに、一歩も外へ出る気になれなかった。

 ……唐突に、音も無く部屋のドアが開く。

 今は父も義母も仕事で留守。義兄は家から追い出した。

 家の鍵も部屋の鍵も掛けて閉じこもっていた。




 ……え?




 その前後のことは、よく憶えていない。 

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