5、

「自転車は茂みに隠しとけ」

 およそ一時間で、山に登るための道路の入り口に到着した。もちろんその道はかなり朽ちてはいるが、フェンスでガッチリ封鎖されている。

 宏太に言われた通り、舞香は近くの茂みに自転車を隠して鍵をかけた。

「ありがとうございます」

 宏太はよほど体力があるのか、ここまでカーヤを乗せて自転車を漕いできたのに、疲れた様子はない。

「別にいい。それよりもちゃんと登れよ。流石にお前らを担いで山登りはできないぞ」

「大丈夫です!」

「が、頑張ります」

 そうして三人はフェンスを越えて、グネグネ曲がる道路を宏太はヘッドライトで照らした。

「じゃあ、できるだけゆっくり登るから、疲れたら言えよ。順番は俺、橘、絹延な」

 二人の返事を聞いて、宏太はゆっくり道の真ん中を登り始めようとしたが。

「ところで、お前ら本当にその格好でよかったのか?」

 二人が着ているのは学校指定のジャージ。その上にコートを着ているだけ。要は非常にダサい。

 制服が可愛いということもあって、入学してくる子もいるのだが、全身学年色である緑色に染まっているそのジャージのダサさに、落胆する子も少なくはない。

 女子の中では学校での校外活動でもない限り、そのジャージを校舎の外では着ないという、暗黙の了解があるほどだ。なのに。

「おかしかったですか?」

「こ、これしか、思いつかなくて」

 可愛い系と綺麗系。舞香とカーヤの見た目は悪くない。しかしその女子力の低さとそれに対してアドバイスをしてくれる友達がいないこともあって、こういう残念なことが起きている。

 カーヤは柚月の服を着ればいいという母の指摘もあったのだが、借りるわけはいかないと断った。

 娘をダサジャージで見送る母親の心境はいかに。

「いや、別にお前らがそれでいいなら、それでいいけど」

 いくら疲れても、帰りに電車という選択肢を取るということが霧散した瞬間だった。

 登り始めて、三十分が経過した。

 道路があるとはいえ、整備されてない道。アスファルトの道はヒビが入っていたり、凸凹していたりして、悪路に変わりはない。それに何より、木々に囲まれていることもあってとても暗く、木々が揺れる音も、どこからか聞こえるミミズクの声も、どこか不気味だ。

そしてこの時期の早朝。空気はとても冷たく、吸い込む度に喉を刺すようで、一気に苦しくなる。

 冷たくて肌が痛くなる感覚も、汗を掻き、服が蒸れて不快になる感覚も、初めてのカーヤにとっては、かなり厳しい道のりだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「大丈夫、橘さん?」

「あ、はい大丈夫です」

「鼻から吸って、口から吐くんだよ」

「鼻から吸って。口から吐く。そ、そんな高度な呼吸法が!」

「いや、別に普通だろ」

「スー、ハー。確かに呼吸が楽になりました」

 いや、そんな即効性はない。

「まぁ、とにかく時間はある。ゆっくり登るぞ」

「はい!」

 一時間ぐらい歩いたところで、山の中腹ぐらいまできたの、一旦休憩をとる。

「中々順調だな」

 予定通りのペースに宏太は満足そうに言った。

「これなら間に合いそうだな」

 山というのは登れば登るほど険しくなるので、後半程時間がかかるのだが、三人が登っているのは道路。普通の登山道の倍以上も時間かかる工程にはなるが、常に坂道が一定というメリットもあるので、後半から急激にペースが落ちることもないだろう。

「あとは、雲行きだな」

 そう言って、空を見上げる宏太に舞香は尋ねる。

「あ、あの、やっぱり朝日ですよね?」

 隠す必要もないので、素直に答える。

「ああ、そうだ」

 どうしてこんな真っ暗な中登るのか。忍び込んで登るので、目立たない時間に登頂して、下山するにしても早すぎるように思った故に考えた推測だ。

「俺の予想だと、その日曇っていて朝日が見えなかったんだろ。

 だから未完って書いたんじゃないか?」

「む、室井君は見たことが?」

「ああ、ある。確かにあれは凄い。しかしネットでは結構有名だぞ。SNSとかで」

 カーヤと舞香はお互いの顔を見た。

「なんですかSNSって?」

「それは友達がいっぱいいる人がやるものだと思っていました」

「‥‥‥‥」

 なんか、自分はとんでもない二人と一緒にいることを痛感する宏太だった。

「さぁ、休憩したし登るぞ」

「な、なんか見捨てられた気がする!」

「そうなのですか!私たちこんな山奥で捨てられるのですか!」

 嘆きの声を飛ばす舞香と慌てて宏太の背中を追いかけるカーヤ。チグハグな三人組の登山はまだ続く。

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