4、
「ああ、それはイジメだな」
「いじめ?」
「ああ」
畦野の言葉に首を傾げるカーヤ。
「でもいじめというのは、物を隠したり、机に落書きをしたり、上靴を捨てたり、そういうのではないのですか?」
「それだけがいじめじゃない。ひたすら無視することもいじめだ」
「じゃあ、絹延さんが呪われているっていうのは?」
「その子を皆が無視するための後付けの理由」
「でも、呪いを信じてない子が、皆、呪われたくないから、近づかないって言って」
「ああ、それは単なる比喩だな。よし、データ取れた。もう外していいぞ」
「比喩?」
ヘッドを外しながら、畦野にそう尋ねる。
「ああ、要は忠告みたいなものだ。お前もいじめられたくなかったら、近づかないことだって。うん、脳波にまだ影響はないな。どうだ?体の調子は?」
「そんなことより。いじめは良くないと聞いたことがあります。止めないと」
そしたら橘柚月の株も上がるというものだ。
「やめとけ」
頭を抱えながら、畦野はそういった。
「そんなことをしたら、逆に彼女の地位を下げる可能性大だ」
「どうしてですか?」
間違った人を正す為に動くのに、どうして彼女の地位を下げる結果になるのか、カーヤには全くわからない理屈だった。
すると畦野は白衣のポケットに手を突っ込み、後ろ背にいう。
「いいか、カーヤ」
「どうしたのですかハカセ。めいいっぱい格好つけて」
「やかましいわ!とにかく、人間社会にはルールというものがある。
そして民主主義を謳うこの国では常に多数決が取り入れられ、多数のものが正しいということになる。
たとえ、それが一般的に正しくない答えだとしてもな」
「出る杭は打たれる。長いものには巻かれろ。郷に入らずんば郷に従えという奴ですね」
「お、おお」
毎日勉強をしているということを聞いていた。着実にカーヤの頭は本来の知識量に戻りつつあった。
まぁ、若干使い方を間違っている気でもしないが、概ね正しいので、反論はしない。というか畦野のもことわざには弱いので、よくわかっていない。
「そういうわけだ。つまりお前のいるクラスではその子を呪われた子として扱われるのがルールだ。
つまり、それを破るというのは下手したらクラス全員を敵に回すことになる。それは橘柚月の社会的地位をとても危険な状態に晒すことになる。お前がしようとしていることはそういうことだ」
ビシッと指刺されたカーヤは何故か首を傾げた。それもそのはず。
「ハカセ、どうして涙を流しているのですか?」
「や、やかましい!
いや、違うからな。決して俺が格好つけて、そのルールに背いた結果、三年間ぼっちになったから、泣いているんじゃないからな!」
そう言って、冷蔵庫から酎ハイを取り出して、酒を飲みはじめる。
「別に何も聞いていませんが」
これ以上掘り下げると面倒なことになるということは、カーヤは重々承知なので、床に置いてあったバックを持ち上げた。
「それでは、私は帰りますので。お酒は程々に」
そう言って研究所を後にした。
「寒いですね」
日も暮れて、辺りはすっかり暗くなって、そして寒さも増していた。
暗闇も、寒さも、ロボットの時は経験してこなかったことだった。
そしてひとりぼっちの寂しさも。
正直、その感情が寂しさなのか、それともまた違うカーヤが知らない、例えようのない未知の感情なのかはわからない。
でも、ロボットの体の時には感じることのなかった気持ちがそこには確かにあって、自然と右手が胸に触れた。
「少し、いたいです」
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