第19話 ペットショップ ロバート

 そうして俺が案外平気そうなのを見て、ミルが笑った。


「まあ、絡んだりされる事もないし、奴らは無駄にマイナス経験値を獲得する気もない、基本害はない。ただし、そう言うのを気にしない輩もいる事だけは覚えておくといい」


「なあ、気になっていたんだが、この世界の悪人はみんな属性反転しているのか?」


 俺の質問にミルが「まあ、武具屋を目指しながら話そう」と言い、俺達は早速王都の街並みを進んだ。


 昨晩ミルにはヒヨリと同じく、俺はソロでダンジョン内のトラップで転移後、記憶を失ってしまい一部常識を忘れているが気にしないでくれ、と説明している。


 それを聞くとドライなヒヨリよりも遥かに大きく驚き、「それは大変だな、私で出来る事があったらなんでも頼ってくれ」と親身になって心配してくれた。


 案外世話好きなミルは、冒険者のノウハウ以外にもあれこれ教えてくれる。いい奴だ。


 そんなミルが歩きながら説明してくれたのだが、この世界では悪人と言えど属性反転はしていない。


 犯罪者と呼ばれる者達は非常に狡猾で、普段は善人として経験値を積み上げ、悪事でのマイナスをカバーしている。


 悪徳領主などもいるが、権力を持つ者はそれだけで最低限敬われるという経験値が日々入るので、問題なく悪事が働けるそうだ。


 さらに例え盗賊であっても、盗んだ金をたまに貧しい村に寄付したりして経験値を稼ぎ、属性反転しない様にしているらしい。


 街並みを歩く人々の中にも、露骨にテンプレな柄の悪い人間を時折見かけた。だが、そういう奴らでも意外に仲間意識が強く、身内には親切にするので経験値をお互いに積み上げているそうだ。


「ふ~ん、なんだか性質が悪いってのだけわかったよ」


「悪人でもレベルは気にするからな。属性反転して自分のステータス成長を捨ててしまえば、悪事を働くにも支障が出る」


「でもさ、やむにやまれぬ事情で犯罪に手を染めたりする場合はどうなるんだ? 善人だけど人を殺めてしまったとか、食うに困って盗みを働くとかさ、そういうのもあるだろ?」


「そう言う場合は、システム査定で大概は【保留】状態になる。いきなり属性反転はしない。善行を積めば元に戻れるし、駄目ならステータスが最低のままずっと過ごすかだ。そもそも属性反転の大前提は、システム側で【不適合】か【陰】と判断された時だけだからな」


「俺はいきなり反転したんだが?」


「きっとトウノは【不適合】と言うより、我々エルフと同じく【陰】の気質が強かったのだろう。人族では中々いないぞ」


「まあ、それは否定しないけど。つまり、ヒヨリみたいなタイプが純粋に【不適合】パターンだったという事だな」


 俺がヒヨリを振り返りニヤッと笑いそうからかうと、むしろ笑顔で胸を張る。


「ふふふ、私は【不適合】ではありません。システムの【見る目がない】という新たなパターンです」


 いや、絶対に違うから。


 するとミルが笑顔になって同意する。


「そうだな。私もシステムは【見る目がない】と思っている。大昔の神様が決めたシステムだが、善悪の判断とは別の基準と価値観だ。こんな事、教会で言うと背教者で捕まるがな、はははは」


 ミルの話ではこの世界は遥か太古の神様達が話し合って現在のシステムとなったらしい。その時の世界を作った神様達を現在でも皆が信仰している。


ただし独自路線を歩むエルフは、頑なに別の神様を信仰しているとの事だ、流石だ。


 でもこの世界、俺としてはそもそも陰キャだから属性反転ごもっともだし、システムさんの性格は別として、システム自体は至極真っ当な気はする。


 そりゃあ、差別的なシステムだけど、ダンジョンで知り合ったベック達みたいに気のいい奴らもいるし、基本的には善人を育てる仕組みなんだろうな。


「俺はヒヨリを見ていると、システム査定は間違ってない気がする!」


 真顔でそう言うと、ヒヨリから「もう、トウノさんは裏切り者です!」と睨まれた。







 そんな事を話しながら王都の美しい街並みを進むと、ミルの贔屓にしている武具屋が近づいて来たらしい。


「この辺りから特殊商業区になる。もうすぐだ」


 周囲を見渡すと、一般人より冒険者が主に溢れている商業区に入った。


宿屋街や飲食・歓楽街、魔道具街や武具街、果ては魔石宝飾街などもあり、多くの物珍しい店に俺は目を奪われた。

 

「着いたぞ、ここだ」


 そして辿り着いた武具屋は妙な看板を掲げていた。


「おい、ミル。【ペットショップ ロバート】って、ここは武具屋じゃないだろ?」


 見るとショウウインドに可愛らしい小型魔獣達が、ゲージに入れられ俺達の方を物珍し気に眺めている。か、可愛い。


 まさか装備を整えるって守護獣的なものを飼うって事なんですか? ピ〇チューが欲しいです。ピッカ、ピカ。


「安心しろ、ここで間違いない。行くぞ」


「お、おい、ミル!」


 戸惑う俺とヒヨリを気にせず、ミルが慣れた様子で扉を開く。


「ロバート、いるか」


 ペット魔獣で埋め尽くされた店内には誰もおらず、ミルがカウンター越しに声をかけた。


すぐに奥からぼさぼさの天パヘアーに眼鏡をかけ、白衣を着た怪しげな中年男性が慌てて出て来た。


「あっ、こんにちは、ミルさん。お久し振りです。今日はどんなペットをお探しですか?」


 不審な見た目と裏腹に、案外人懐こい穏やかな声と態度だ。


「そういう社交辞令はいい。早速だが奥に入るぞ、構わないな」


「はへ? ちょ、ちょっと、何を言ってるんですか! 一般の方も一緒じゃないですか」


「気にするな、私のパーティメンバーだ」


「えっ? ミルさんがパーティ! 嘘でしょ!」


 ロバートと呼ばれた男性は、信じられないと言う表情を浮かべた。


「私にも仲間が出来たのだ。そんなに驚くな。だから装備を整えてやろうと思ってな」


「いや、あのミルさんに仲間って、普通は驚きますよ。じゃあ、事情は説明しているんですか?」


「いや、彼らを巻き込むつもりはない」


「ちょ、だったら駄目に決まってるじゃないですか! なんで連れて来てるんですか!」


「融通の利かん奴だな、いいから装備を出せ」


 ミルってヘタレだけど、知り合いと言うか身内には強いな。


引きこもりぼっち特有のスキル《家庭内無双》だな。駄目だぞ、お母さんには優しくしろ。


 しかし、何か随分と揉めている。


ミルが無理矢理奥の部屋に行きそうになるのを、ロバートさんが必至に止めていた。


「おい、ミル。なんか嫌がっているじゃないか? 一体どういう事なんだ」


 見かねて俺が声をかけると、ミルがニヤリと笑った。


「うむ。びっくりさせようと黙っていたのだが、実は私はエルフのエージェント、つまりスパイだ。ここは反メルディアム王国の地下組織クロムウェル、その支部の一つだ」


「「ス、スパイィィィ!」」


 俺とヒヨリが驚きの声をあげ、ロバートさんが「ああっ! 言っちゃった!」と叫び思わず天を仰いで泣きそうな顔になった。


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