第22話 応援

『こんにちは。

 【モミジロウくんのかくれんぼ】の脚本を書いた中野零です。

 0ちゃんねるの朗読劇【いなくなったくまさん】も書いています。

 いつも聞いてくださってありがとうございます。

 とても、うれしいです』

 

 すでに集中力が切れてすぐに帰りたいと思っているだろう子どもは無反応。

 このまま残るか、それとも帰るか、迷っている大人たちも会釈えしゃくすらしてくれない。


 どちらも予想していた。

 だが視線を一斉に向けられるのがこんなに怖いとは知らなかった。

 おそらく玲はこれ以上の視線を日々感じていたのだろう。対人恐怖症になるのも無理はない。


 それでも一志は逃げない。

 今ここに立って話すべきことがあるから。


『僕からみなさんにお願いしたいことが2つあります。

 まず一つめ。

 みなさん、今から少しの間だけ目をつむってください。

 すみません。突然こんなことを言われてビックリしますよね。

 でも、あおぞら朗読劇を楽しむために試してみてくれませんか?』


 視線が怖いなら観客の目を閉じさせればいい。

 バカらしい提案だと一志も理解している。

 だが、少しでも効果があるならやっておきたい。


 突拍子とっぴょうしもない提案に乗ってくれるかどうか。

 正直まったく期待していなかった。


 集中力が切れて飽きていた子どもたちは、意外にも新たな試みに従ってくれている。彼らの素直さに感謝である。

 大人たちも小さな幼児の顔に両手をかざして協力してくれていた。

 中には両目を大きく見開いているお調子者もいるけれど、これもまた想定内である。


『ありがとうございます。

 みなさん、どうですか。なにか感じませんか?

 耳を澄ましてください。

 近くを流れる川のせせらぎが聞こえてきますね。

 空に手をかざしてください。

 お日様のあたたかな日差しが届いていますね。

 肌に触れているのはなんでしょう。

 柔らかな風が吹いているのがわかりますね。

 ゆっくり鼻で息をしてみましょう。

 草花のさわやかな香りがしませんか?』


 屋内ではない。野外で行う朗読劇だからこその魅力をできるだけ伝える。

 一志は昔から書くことは得意でも話すことは苦手だった。今も目を開けている人の視線は怖いし、なにを話せばいいのか頭の中でまとまらない。

 それでもできる限りのことはしたい。


 楽しそうに口元をひくつかせる子もいれば、つまらなそうに口をとがらせている子もいる。

 今のところ半数以上の子が目をつむって手をかざしたり耳をそばだてたりしている。


『もう一つのお願いは、応援してほしいんです。

 今ここには、もみじの妖精のモミジロウくんが来ています。

 だけど秋葉山から飛んできたモミジロウくんは疲れてしまっています。

 そんなモミジロウくんを応援してください。モミジロウくんがんばれーって』


 映画館で映画を見ながら大きな声で叫ぶことができる、応援上映というものがある。子ども向け作品でライトを振りながらスクリーンに映るキャラクターを応援するらしい。それと同じように子どもたちもお願いを聞いて、いっしょにやってくれるのではないかと思ったのだ。


『がんばれー! モミジロウくんがんばれー! 

 どうかみなさんもお願いします! 

 みなさんの元気を分けてください!』

 

 一志は河川敷に座っている観客にマイクを向ける。

 しかし誰一人として声をあげるものはいない。

 彼らの素直さに期待しすぎていた。

 いくらモミジロウくんが秋葉市のゆるキャラでも映画のキャラクターほどの知名度はない。一志でさえ名前を忘れていたくらいだ。小さな子どもたちは姿も見たことがないかもしれない。そんな顔も名前も知らないキャラクターを応援しろと言われても無理な話である。

 一志はプロの声優でもなければ子どもたちに人気のヒーローでもない。ただの男子高校生だ。そんな自分が呼びかけても子どもたちが協力してくれるなんてあり得ないとわかっていた。現実世界には、ご都合主義なんて働かないのだから。


『がんばれー! モミジロウくんがんばれー!』


 それでも一志は叫び続ける。

 誰も協力してくれなくても一人でもやるつもりでいた。


 隣に立つ玲の手を優しく握る。

 いつか彼女が元気をくれたように。今度は自分の番だ。


「がんばってください」


 予想もしていないところから声が聞こえた。

 振り返ると本山がすぐ近くに立っている。


「がんばってください! モミジロウくんがんばってください!」


 こんな時でも丁寧口調なのが本山らしい。

 まじめな性格がこんなところにも出ている。


「がんばれ」


 観客席のどこかで声が聞こえた。

 小さいけれど、大人の男の声のようだった。

 それが誰なのかはわからない。

 だが応援してくれるのは、一人じゃないとわかった。


 一志の目頭が熱くなる。

 自分の小説を読んでくれた人がおもしろいと言ってくれた時と似た感覚。応援してくれる人がいることは、やはりうれしいものだと涙がこぼれそうになる。


『大丈夫! できる! モミジロウくんならできるよ! がんばれー!』


 一志はマイクで叫び、そのすぐ後に本山が感情込めた言葉を投げかける。

 先ほどの男性の声もする。

 その他にも子どもの小さな声がたまに聞こえてくる。


「がんばれ! がんばれ! モミジロウ! 

 がんばれ! がんばれ! モミジロウ!」


 マイクで叫ぶ一志の声よりもはるかに大きな声が轟いた。低く太いその声は、そこに集まる人たちの全身に雷でも落ちたかのような錯覚を起こさせる。


「おもしろいことやってんじゃないのさ。あたしも混ぜてくれよ」


 エプロン姿の雷様、もとい千代子がやってくる。


「いけぇ! やっちまえ! お前ならできるぞ! 

 男を見せろぉ! モミジロウ!」


 あまりに熱が入りすぎてゆるキャラのイメージが崩れかけているが、まあいいだろう。


「おーい、いつも駄菓子屋に来てくれるみんな! あたしといっしょに応援してくれないか? もしここで応援してくれたら駄菓子屋に来た時にサービスしてやるさ!」


 さすが駄菓子屋のチョコ姉。

 商売上手なうえに子どもたちを乗せるのが上手い。


「がんばれー!」


「モミジロウくんがんばってー!」


「モミジロウくんがんばれ!」


「がんばれモミジロウくん!」


「モミジロウくーん!」


「出てきてモミジロウくーん!」


 お菓子に釣られた子どもたちが目を輝かせて一斉に口を開き出す。


 本山も、千代子も、観客の大人たちも、彼らに負けないように大きな声で叫ぶ。


 その時、手を握り返されたことに気がつく。


一志は耳元でささやいた。


「大丈夫。できるよ。玲のきれいな声をみんなに聴かせてあげよう」

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