早朝に起きて、トーストを齧り、インスタントコーヒーを流し飲みながら、ガタガタとキーボードを叩く。もうちょっとで終わるから、少し寝かせて校正をかけたら出すか。

 出勤時間を計算しながら、ラストスパートまで追い上げをしていると。

 ピコンとメールソフトが反応する。こんな早朝になんだろうと思いながら、私は原稿を最後までを書き終える。データを保存してから、ようやくメールソフトを覗くことにした。

 どうせスパムメールだろうと思っていたら。


【早朝に失礼します、今回担当のマコトです】


 レンタル彼氏サービスからだった。私の担当のキャストが決まったらしい。

 メールを読み通すと、予定と待ち合わせ時間、待ち合わせ場所の問い合わせだった。私は少し考えて、スマホでデートプランを検索する。

 今時のデートなんてわからない。映画を見てから食事が無難中の無難だけれど、レンタル時間があるんだから、映画を見て時間を潰したらすぐにタイムアップだ。

 結局は高過ぎず安過ぎずのランチを見つけ、そこに行くことにした。

 私はメールに今度の日曜日で一時間コース、待ち合わせ時間と一緒に、スマホで検索したイタリアンの店とサイトを付けた上で送信した。

 ここまでやって、少しだけほっと息を吐き出す。

 高校生の初デートでも、もうちょっと上手くやれるだろうに。

 頭がぼーっと霞んできたけれど、ぶんぶんと首を振る。駄目な考え終了。景気づけにすっかり冷たくなったインスタントコーヒーを煽ると、出勤準備に取り掛かった。

 ただ、ひとつだけ気がかりがあった。

 キャストさんの名前だ。名前は【マコト】さんらしいけど。それは私の元カレと同じなのだ。まあ、マコトなんて名前は珍しくもなんともないし、男女兼用の名前のひとつだしなあ。


****


 マコトさんとやり取りし、当日の服装、待ち合わせの場所を確認し、いよいよ予約の日曜日を迎えた。

 今時のデートファッションなんて知らないと、無難なワンピースとキレイ目の靴でお茶を濁しておいた。せめてもの抵抗で、バーゲンで買ったビーズのネックレスをジャラジャラとかけておいた。

 駅から少しだけ離れたボストの前で、きょろきょろそわそわしながら待つ。思えばデート自体が数年ぶりだ。

 マコトさんは、自分のほうから声をかけると言っていたけれど、どうなるんだろう。私はそれらしい人がいないかと視線をさまよわせているところで、肩をポンと叩かれるので、私はビクッと肩を跳ねさせた。


「ご予約の【ゆき】さんですか?」


 そう声をかけられて、はっとする。この人か、私の予約したキャストさんは。私は頷こうと思って振り返った瞬間、顎が外れるんじゃないかというくらいに口を開いた。


「あ……あなたが、どうして、ここに……?」


 髪は肩まで伸ばしっぱなしにしているが、さらさらしていて汚く見えない。ジャケットにシャツ、スラックス。一見すると美容師にも見えかねない同い年くらいの男は……私の元カレの真だった。

【マコト】なんて名前、男女問わず珍しい名前じゃないし、自分が頼んだレンタル彼氏がたまたま同じでも、流すじゃない普通。

 レンタル彼氏利用したら元カレが来たって、いったいどんな確率なんだろう。

 私の頭がぐわんぐわんと鳴るのを、真ときたら気にする素振りもなく、こちらをまじまじと見てくる。てっきり「久しぶり」とか「元気してた?」とか聞かれるのかと思っていたけど、真ときたらそんなこと言ってこなかった。

 ……まさかと思うけど、私のことをもう忘れてしまったんだろうか。

 胡乱げな眼差しで真を見ていたら、彼は肩を竦めた。


「どうします? 今日は辞めておきますか? 上に連絡してくだされば返金処理もできますけど」


 ……これは、予約をしたら、元カレが来た私に対する配慮なのか。それとも、上からのマッチングでやってきたら元カノがいたから嫌気が差したという真側の事情なのか、どっちだろう。

 少し考えてから、私は口を開いた。


「次、いつ予約が取れるかわからないので、大変申し訳ないんですけど、このままでもかまいませんか?」


 赤の他人でもないのに、ビジネスライクにしゃべっているのがむずむずする。そのむずむずを抱えたまま、私は真と一緒にイタリアンまでゆったりと歩きはじめた。

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