第6話 葉山降臨

 部屋の中に入っていた葉山は、何か口の中で呪文のような言葉を繰り返し言ったかと思うと人差し指と中指の二本の指を手刀の様に水平にくうを切った。素早く部屋の畳の四隅に今持ってきた長い針を突き立てた。

 そして、また部屋の入り口で片膝かたひざをつき、座るようにして、何か呪文のような言葉を繰り返す。そして今度は指の手刀しゅとうで部屋の四隅の針を順番に指差した。

お父さんが隆一から離れ部屋から出てきた。

 葉山は指で何か不思議な形を作りながら呪文のような言葉を繰り返す。後で聞いたがこれは『九字切くじぎり』というらしい。

隆一が一度体をのたうつ様にしならせたかと思うと、何かが隆一の体から出てきたように見えた。

「キャーーーー!」

と厚子が叫ぶ。辺りは騒然となった。

 僧侶の姿をした亡霊のようなものが姿を現した。それは入り口にいた優一達の方をにらむように見たかと思うと、いきなり優一達に襲い掛かってきた。

しかし、入り口まで来たところで、何かに跳ね返されるように部屋の方へ転げのたうった。

 葉山はもう一度、指で不思議な形を作りながら呪文のような言葉を口にし二本の指で三度、水平にくうを切る。

そして、呪文のような言葉を口にして、最後に力強く水平に手刀しゅとうくうを切った。


僧侶の亡霊は霧のように消えていった……


 一同は部屋の外で身動き一つできず見守っていた。葉山は最後にもう一度呪文のような言葉を口にして、部屋の四方の針を指差した。そして、突き立てた針を抜いていく。


振り返って、

「もう大丈夫」

と言った。葉山は厚子のところに行き優しく抱きしめて、

「怖かったね。でも、もう大丈夫だから」

と言った。

優一に、

「彼、隆一君だっけ、もう大丈夫だから。今は眠っているだけだから。あなたたちここへ来るまでに、どこかで連れてきちゃったのね」

そういって葉山は部屋を出て行った。

経験したことのない瞬間に立ち会った。

葉山はその日は、もうさやかの家には帰って来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る