9-1 その決意は余計なお世話

 赤、朱、黄色、茶ーー。10月になり、紅葉で賑わいだした上ノ原公園。その片隅に三百子姉妹がいた。


「ねえ、さくちゃん。この前の話…」


 春菜がおずおずと話を切り出す。櫻子が腕を組んで、うーんと首を捻る。


「考えてみたわよ? 水嶋里見が背後で糸を引いてるんじゃないか、って疑惑。今まで私たちって、各務原蒼羽子と山本瑛梨と何度も対立してきたじゃない? それが最近になって、各務原蒼羽子と山本瑛梨が手を組だした…。それが実は水嶋里見の仕組んだことだったってわけ? うーん… …。有り得そう」

「櫻ちゃんもそう思うよね? 水嶋君って、こういう言い方って良くないんだろうけど、…得体が知れない感じがするの。外出多いし、いい評判ばっかり聞くのも不自然だし…」

「そうそうそう! 表情筋が仕事してないときとかあるもんね。なんで皆あんな無表情なやつのこと、良い人だと思ってるんだろう?」


 それは、三百子姉妹の前だと意識しないと侮蔑感丸出しの顔をしてしまうからだ。その結果、里見は授業中などこの2人近くにいるときは努めてポーカーフェイス。かろうじてアルカイックスマイルと呼べる顔をつくっている。

 あっ! と、急に櫻子が手を叩く。何かアイデアが思いついたようだ。


「もうすぐ服飾芸術祭があるでしょ? それを利用するってわけ! 服飾芸術祭でいい結果だった方の言うことを聞く、っていう勝負を挑むの!」

さくちゃん… …、頭いい!!」

「ふふん、勝って『水嶋里見に関わらない』って約束させるのよ。打倒各務原蒼羽子! そして続くは若松瑛梨!」


 春菜は慌てて止めに入る。


「違うよ櫻ちゃん! 瑛梨さんは孤独だったところに水嶋君が付け入ったからああいう乱暴な振る舞いをしているんだから。負かして心を折るんじゃなくて、先ずは説得してみよう? 私たちが瑛梨さんの本当の味方になってあげるの」


 彼女の視力が心配になる考えだが、男子寮で盗み聞きして以降、春菜はそうだと心から思い込んでいる。櫻子は櫻子で、春菜が何を言おうと信じるし、蒼羽子・瑛梨(+里見)の陣営を攻撃する口実があれば飛びつくのだ。

 櫻子は少し想像してみる。帝都育ちの華族の御令嬢、財閥の孫娘、文武両道の成績優秀者、しかも冬の妖精さんかと思うような美少女。そんな少女が田舎の出の私と友だちだったら…。それはとても心揺さぶられる想像だった。

 故郷にいたときは、見栄っ張りな祖父に逆らえず貧しくて窮屈な暮らしを強いられていた。山本家は昔はたくさん土地も小作人も持っている裕福な農村のお大尽だいじんだったらしい。

 しかし、両祖父母と両親(櫻子から見るとひいひいおじいちゃんおばあちゃん・ひいおじいちゃんおばあちゃんたち)からちやほやされて育ち、普通の大人としての良識や欲望の手綱を握る術を養ってこなかった祖父のせいでいつの間にか多額の借金ができていた。発覚する度に掛け軸や着物など蔵の中身を売り、山を売り、田畑を売り… …。

 祖父は一括返済にいい顔をしなかったが、すみやかに返済しないと利子分がふくれあがると判断した父がその度に強く出た。祖父がお金を借りていたのは、いわゆる悪徳業者で無茶苦茶な利率だったらしい。

 とうとう屋敷以外の財産を手放すと父は出稼ぎに出た。家にお金がないことを知られたくない祖父の命令で、母と櫻子は必要最低限しか村の人と関わらずひっそりと暮らすことを強いられていた。

 そんな中、国家術師養成学校の入学案内を受け取った櫻子は、それが一筋の光に思えた。両親もこんな先のない家に縛り付けられるより、帝都に出て将来を掴んでくれることを娘に望んだ。帝都は想像以上だった。モダンで、時代の最先端で、新しいものが次々生まれてくる都市。抑圧された田舎娘はあっという間に魅了さた。

 そして、春菜と出会った。

 心優しくて、人を傷つけたり苦しめたり絶対にしない。ちょっとそそっかしいところもあるけど、隙がなくてとっつきにくいより、その方が女の子らしくて可愛い。また櫻子の表に出さない心理的にも、自分の存在意義が欲しいという欲求が、春菜の手助けをすることで満たされるので都合がよかった。

 片方には優しくて可愛いくて癒しをくれる春菜、もう片方にはお金持ちで勉強ができ、社会的地位の高い頼りがいのある瑛梨がいる。

 それはとてもとても魅力的な空想だった。

 一方、春菜は春菜で右には櫻子、左には瑛梨の図を思い描いていた。

 春菜も櫻子も、自分が中心の空絵図しか描けない点で似た者同士と言えた。こんな事由で息が合うことを示すなと言いたい。

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