第6話 夏休み、 濫りな懺悔

6-1 家族水入らず

 8月、里見は静岡にある高原の旅館に姉2人と泊まりにきている。旅館という名だが、歴史ある本館の隣には洋風建築の新館が建てられている和洋折衷な宿だ。

 7月22日から術師学校は長期休暇に入り、寮も閉じられた。寮が再開するのは8月20日以後だ。帝都に実家のある里見は始業式の前日に戻るつもりである。

 土日に帰ったりしていたが、それとは心持ちが全然違う。約4ヶ月ぶりの実家で、里見は夏休みをのんびり過ごしていた。

 ときどき帝都住みの田島や伊井田と会ったり、養育院で預かっている子どもたちのための小旅行に行ったりもしたが、基本的に実家で宿題+αを進めながら下の姉の英と女中さん1人と暮らしている。

 もちろん瑛梨とはほぼ毎日顔を合わせている。ガーデンハウスで読書をしたり、新商品につながるようなアイデアを発掘するために服づくりをしたり、焼きとうもろこしを大量に焼いたり。せっかく霊術の練習が解禁されたのだから、と2人で色々と試してみたり。

 一方ヒロイン、春菜の動向について、里見は放ったらかしにしている。『花燈』では7月は海開き、8月は納涼祭がイベントになっているが、どちらも夏休み期間中のできごとである。わざわざ調べる気が起きない。というか、里見はあの少女に対して心の底まで探っても前向きな関心というか、興味が湧いてこない。

 さて、三兄弟が静岡まできた目的は、病気療養中の父親に会うためだ。

 父の病気はいわゆるウイルスや細菌によるものではない。異形が原因の病だ。

 最初は呼吸器系に異常が見られ、もしや結核か!? と思われた。だが、詳細な検査をする内に、とある異形に植えつけられた『種』が父の身体を蝕んでいると明らかになった。

 その異形は蝶のような姿をしており、特定の花の蜜をエサにする。普通の昆虫の蝶と違う点は、蝶の異形は自らの食料である花の種を人に植え付けて栽培するところだ。養分を吸い取られ尽くしたら宿主は死に、種は発芽する。

 しかし、一定の標高以上では種の活動が休止することがわかっており、蝶の異形も高地には生息していない。父はこの病にかかったとわかると、この静岡の異形関連の病気を専門にする療養所への入院が決まった。

 ちなみに、父の入院費は柳静が出している。これも「水嶋家夫人から受けた恩を返しているだけ」ということらしい。

 療養所前のバス停が近づくと、男性の人影が見えた。


「あれお父さんじゃない? 迎えに来てくれてる!」


 英が人影を指して言う。確かに三兄弟の父親、水嶋征一郎みずしませいいちろうが手を振って出迎えに来てくれていた。前に来たのが冬の終わりだったので、約5ヶ月ぶりである。父は中肉中背といった背格好をしていたはずが、また少し痩せたような気がする。


「「「会いに来たよ! お父さん!」」」

「ようこそ。元気にしてたか?」

「お父さんこそ。ちゃんと食べて、適度に運動してた?」


 父を中心に療養所内へ歩き出す。受付を済ませ、見舞い客と患者が過ごせるラウンジへ行くまでの間も誰かしらが父に話しかけていて会話が途切れない。父は水嶋家の中で一番おっとりしていて、会話が過熱すると聞き手に回るのが常だ。それは母が生きていたときから変わらないことだった。


 ※※※※


 ラウンジは半分テラス席になっている造りだ。掃き出し窓を開け放てば室内と深い軒がかかっているウッドテラスが一続きになっているように感じれる。開放感を生み出すため、室内の床とウッドテラスが同じ色で塗装されているのだ。

 普段は刺激の少ない生活を送っている患者にとって来客がある日は特別な日になる。患者にとってもお客さんにとっても良い時間を過ごせるように、と考えられてラウンジは設計されている。


「… …で、瑛梨が剣道部の部内トーナメントで優勝したってお話」

「瑛梨お嬢様と上手く過ごせてるみたいで一安心だよ。

 学校はどうなんだ? ちゃんと勉強しているか?」

「楽しく過ごしてるよ。勉強は、まあまあ」

「本当のところを確かめましょう。こちらがうちの末っ子の通知表です」

「えっ! 置いてきたのになんで持ってるの!?」


 慌てる里見を英が抑えている間に雨月は通知表を父へ渡す。「どれどれ…」と言いながら眼鏡を掛け直し、息子の成績に目を通す。


「…なあお姉ちゃん、これを見てどう思う?」

「文句の付けようがない成績だと思うわ」

「ええ? じゃあなんで見られたくないって恥ずかしがってたのよ?」

「いやでも…」


 家族全員から疑問を向けられ、里見は目線をそらしてポツリとこぼす。


「武道系がイマイチ… …」


 父と姉たちはもう一度通知表を見て確認する。


「持久力、瞬発力、柔軟性は断トツじゃない。あら『体幹がとても優れている』ですって」

「それって基礎身体能力がしっかりできているってことだろう」

「期末考査の順位は16位で、中間より下がっちゃったよ?」

「試験のみの順位はそうでも、ほら、科目ごとの評価は『秀』『優』ばかりじゃない。数学と物理だけが『良』で。姉として鼻が高いわ」


 ムフフ、と笑う英。それを見て里見ははにかむ。


「よかったぁ。姉さんたち顔に泥を塗るわけにはいかないと思ったのも、頑張る理由の一つだったから」

「あらまぁ」

「このぉ〜、可愛いこと言ってくれちゃって〜」


 英が里見の頭を脇で抑えこみ、頬をぐりぐりする。姉から年の離れた弟への親愛のスキンシップだ。止めようとはせず、父も雨月も笑顔で見守る。


 ※※※※


 帝都の方では蒸し暑い空気に負けている者も多いが、療養所は高地にある分、8月なのに日が昏れば涼しく感じるくらいだ。身体を冷やさないように父に言って、姉弟は旅館に帰る。

 療養所には患者の家族が泊まれる設備はない。折りたたみベッドを個室に入れることで1人分なら寝る場所を確保できる程度だ。そのため、患者家族は療養所付近の宿泊施設に泊まることが多い。

 帰りはバスを待たずに歩いて帰った。坂道から見る夕暮れ時の景色は、遠くの山並みの向こう側から茜色の空が訪れ、人の声がなくなると草木がサラサラと流れる音が聞こえる。ずっとこの場で時間の移り変わりを眺めていれば、やがて空は藍色に染まり頭上に大英雄が姿を現すのだろう。


「いい景色だね…」

「うん…。ずっと見ていたくなるわ」

「あら、ダメよ。美味しいお夕飯が待ってるもの」


 長女の言葉に弟妹たちはクククッ、アハハッ、と笑いながら旅館まで辿り着いた。


 ※※※※


 お風呂をいただき、ご夕飯も終えた後、仲居さんに用意してもらった布団に寝転んでワイワイおしゃべりに興じる。3人並んで川の字である。里見、雨月、英の順番で並ぶ。

 里見は姉たちに色々と術師関連のことを聞いてみた。


「学長先生ってどんな人?」

「そうねぇ、異形の専門家よ。長年、国家術師部隊で重要な役割を果たしてこられた。ここ10年は術師学校で後進の育成をされてるけど、今でも十分戦えるくらい、衰えてはいないと聞いたことがあるわ。あと、ちょっとお茶目、かしら? コソッと生徒に混ざって行事を楽しんでたり」

「ふーん」

「本部長とは対立してるけどね」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「英のところみたいな実働部隊では、本部長派とか学長派とか、よくあることなの? 私みたいなヒラの事務方には、あまり身近じゃないんだけど」

「あるわよー。例えば、うちの第二部隊は隊長が中立寄りの本部長派。公正な判断を大事にしてるけど、部下には私みたいな心情的に本部長派にならざるを得ない人間や学長派嫌いの人間が多いわ。

 任務でね、バリバリの学長先生信奉者と組むと、後日『招待制のサロンに興味ない?』『女性国家術師だけの交流会みたいなものなの』って誘われたりするの。ついて行くと、じろじろ値踏みされて口々にアレが悪いコレが悪いって口撃してくるわけ。最後には『私たち(学長派)と一緒にお勉強して、正しい女性術師としての振る舞いを身に付けましょう』って言って勧誘するんですって」

「会員制なら、サロンじゃなくてクラブが正しいんだけど…。

 それって他にも『この会に入って私はこんなに変われました!』とか、大袈裟な成功例を見せたりもする?」

「あるわよ」

「悪徳宗教の勧誘手口じゃん。それでも学長先生は罷免されないの?」

「そういう集会をが開いてるわけじゃなくって、あくまで慕ってる者たちの自己判断による行動、という扱いになってるのよねぇ。それにまあ、任務のときはちゃんと働くから」


 英が話す内容に里見も雨月もうわぁぁ、という顔をする。


「何か学校であったの?」


 英が里見にたずねる。なんてことはなさそうな顔をしているが、心配しているのだ。学長の暗躍ともいえる行動を知る機会が多いからだろう。


「学長先生が仕組んだって証拠はないんだけど…」


 里見は一学期の中間考査にあった、学長の特別問題のことを話す。莢曼渦石(オウテン草)に仕掛けを施して春菜だけ成功させようとしたのではないか、という推測まで話すと英はあー、なるほどー、という反応をする。


「その上野春菜って子、学長のお気に入り認定されちゃったんじゃないかしら? たまにね、女子生徒の中から特別扱いされる生徒がいるのよ。ただし、長くても卒業するまで。短いと一回だけ。卒業後に術師部隊に配属されたあとはその他の元生徒と同じ扱い」

「なにそれ? 意図が読めないわね?」

「とにかく、被害が出たら私たちかおじさんに言うのよ。術師学校を私物化してるって点も、学長と本部長が対立する理由だから」


 英の忠告に神妙にうなづく。

 学長の話は以上でおしまい、となり、以後は任務でどこそこへ行った、同級生にこんな子がいる、寿退職した友人に子どもができたなど身近な話題で時間が過ぎていった。


「ところで、姉さん。どうなの?」

「どうって?」

「決まってるでしょう! 新婚生活についてよ! 毎晩燃えるような…」

「きゃあ! 何言ってるのよ、もう!」


 そうなのだ。7月の末頃に水嶋家長女の雨月は入籍している。なお、式は挙げないと両人が決めたが、英と必死で説得して晴れ着姿で記念写真を撮った。

 新婚ホヤホヤなのに他県に泊まりで出掛けていいのか、という疑問をぶつけてみたところ、既に両親が他界している義兄が「親孝行はできるときにしておく方がいい。お義父さんにとっては、子どもたちが揃って会いに来てくれることが一番嬉しいことだろう」と言って送り出してくれたのだという。

 雨月の結婚相手は国家術師部隊に所属している3つ年上の男性。お見合い結婚だが、相手は雨月と在学がかぶっていたときから知っていたらしい。

 まあ、学生時代の雨月は有名人だった。本科一年生のときから美少女として注目を集め、気取らない、でも軽々しくないキャラでモテモテだった。朝、女子寮の前に出待ち集団ができたりしたらしい。そして出待ち集団を、「公共の場で人に迷惑をかける振る舞いはやめなさい!」と叱ってさらに人気を上げた。普段のおおらかな性格の裏にある、しっかり者の長女気質にズキュンッ、と撃ち抜かれたそうだ。

 その雨月の妹として英も入学当初から噂の的だった。姉とは別種類の、勝気な美少女は表立っては女子の方が高かった。というか、女子の勢いに負けて男子が近寄れなかった。術師としても優秀で、例の十二単の式神とは在学中に召喚・契約した。里見は4月に手紙を渡されたときの一度しか直接見ていないが、この十二単の式神はかなり高位の式神だと感じた。なにより、人に指示を出すのが上手い。10代後半の頃から、ハキハキと命令を出して人を動かす技術を身に付けていた。

 そんな姉たちの弟として術師学校に入ったので、良かれ悪しかれ「水嶋姉妹の弟」と思われるのだろうな、と里見は考えていたのに、実際は里見が想定していたより周囲の反応は静かなものだった。ひょっとして思い上がり甚だしかった!? と、里見はかあっと頬が熱くなる思いでひとり反省した思い出がある。

 真相は姉たちが卒業後も残る自身の影響力を駆使し、弟は距離感近くてぐいぐい交友関係を結ぼうとする人間が苦手だから、気を配ってあげてね? あと特別な幼馴染の女の子がいるの、と色々先回りしたことによる結果なのだが。

 部屋の隅に移動し、コソコソ小声で話している雨月と英。あれ? いつの間にか十二単の女性式神が増えているんだけど!

 察するに夫婦の営みについて内緒話をしているのだと思う。いやもう、「挿れて欲しくなったら…」「肌と肌を合わせて…」とか聞こえるし間違いない。

 大丈夫? これ俺も聞いていいやつ????

 漏れ聞こえる内容に顔に熱が集まってくるのを感じ、初心な弟は布団を頭まで被って隠れることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る