1-2 瑛梨という少女

 新入生と教師、ご来賓、数人の在校生のみで行われた小規模な入学式はつつがなく終わった。見覚えのある人物がいないかそっと探ってみたところ、数人発見した。その内の1人、学長先生の祝辞が終わると、続いて在校生代表挨拶、新入生代表による徽章きしょうの授受が行われた。

 里見が覚えていた『学長』という人物は真っ白な髭を生やした好々爺然としたご老人といった雰囲気。だがその正体は、この学校を一からつくり、今は教育に専念していて第一線は退いた、と言いつつ実働を担う国家術師部隊に対して顔が効く凄腕の術師なのだ。年齢はなんと100歳以上だとか。

 ゲームではヒロインにお使いを頼んだり(ミニイベント)、ヒロインの行動をサポートしてくれたりする存在だった。

 二次元のイラストが三次元の人間になったらどんな感じになるのだろう? と密かに気になっていた。完成度の高い実写化に、生活感をまとわせてより現実世界に馴染ませた、と言ったら伝わるだろうか。とにかく、ネームドキャラだから贔屓された見た目になっている、というわけじゃないとわかった。

 一番肝心のヒロインがいるのか? は、新入生の座席は男女で左右に別れており平均程度の身長の里見には隠れて見えなかった。いるのなら気づけるはず。アニメで、設定資料集で、何度も見た姿を思い出す。


 式が終わったら里見たち新入生は在校生に先導され講堂から出て校舎に向かう。皆はぐれないように固まって進む中、後方にぽっかり穴が空いたように人垣が割れている箇所がある。里見はそこと合流しようと脇に避けて人の流れを見送る。

 水の中に落ちた油のようにポツンと周りから浮いた少女は、里見が待っているのを見つけてパッと表情を明るくする。里見も小さく手を振って応える。


瑛梨えり


 日の光を受けて透明感を増す長い銀色の髪と青い瞳、そして雪花石膏アラバスターのような白い肌の少女がトットットッと小走りに里見へ駆け寄る。

 チラチラと盗み見ていた周囲の人々が里見に名前を呼ばれた途端、それまで冷たさすら感じさせる綺麗なお人形のようだった外国人の美少女が、止まっていた心臓の鼓動を再開させたか如く生き生きとしだしたのに目を奪われる。


「なんだか暗かったけど大丈夫?」

「なあに、いつものことだよ。一々気にしてたらキリがないさ」


 まるで女流歌劇団の男役のようなクールな笑みを浮かべた瑛梨を、タイミングよく目撃した女子生徒の頬がみるみる赤くなっていく。

 この瑛梨という外国人の血を引いていることが明らかな少女と里見の関係は幼い頃からの同い年の親友、幼馴染というやつである。

 現代では「へー、マンガみたいだね」で済む関係だが、この時代は男女同権やLGBTQの考え方は影も形もない大正である。儒教の教えの1つ、『男女7歳にして席を同じゅうせず』という言葉を根拠に男女別学・男尊女卑が社会通念としてまかり通っている大正時代(なんなら里見と瑛梨が7歳の頃はまだ明治だったくらいだ)に、この年で男女の親友同士など、どうやったら成立するのか。里見が前世を思い出した池落下事故やお互いの家庭環境など様々な過程を経て今に至ったのだとしか言いようがない。一から説明するのは、時間があるときにさせてほしい。

 さて、周囲の人々は奇異なものを見る目を2人へ向けるが、この国では嫌でも目立つ容姿を持って生まれたため他人の眼差しで不快な思いをするのは慣れっこな瑛梨と誰になんと言われようとも瑛梨との友誼は譲らないと決めている里見は、丸っと無視して組み分けの話題で楽しんでいた。


※※※※


 生徒が普段過ごす校舎は2つあってそれぞれ本科校舎、専科校舎と呼ばれている。今入って行ったのは本科校舎の方だ。生徒は本科3年、専科2年を過ごし、卒業後は規定の年数を『国家術師異形対策部隊』(正式名称は長いのでよく省略される。警察と同じ内務省の一機関に分けられる。国防省ではないので注意)に所属する決まりだ。

 わいわいきゃあきゃあしながら各々が掲示板に貼られた組み分け表の中から自分の名前を探し出す。残念ながら里見と瑛梨は同じ組にはなれなかった。まあ、1学年に『い組』と『ろ組』の2クラスしかない上、合同授業も週にいくつか行われると聞いているので寂しくない。

 掲示板の前の混雑はなかなか解消されない。前にいる人が確認し終わっても、まだ見れていない人たちが前へ前へ動こうとするから後ろへ下がることができないのだ。2人はなんとか横に抜け出す。


「あっ、あったよ! 同じ組でよかった!」


 里見たちと逆に、無事友人と同じ組になれた女子生徒の声が聞こえた。ただ普通のとこを言っているだけの少女の声に、学校の入学案内を見てここが『花燈』の世界だと気づいたときと同じくカチッと『現代の記憶のファイル』が開かれる感覚がする。

 少女の声はヒロインのキャラクターボイスとぴったり同じだった。

 顔を確認すれば、二次元のイラストだったときの雰囲気を保ったままの華奢で可憐な少女を見つけた。ピンチのとき守ってあげなくては、と思わせる雰囲気とはこのことか、と里見は感心した。


「あそこの女子が例の?」

「うん。レースのリボンの髪飾りを着けた背が低い方の子、かなり似てる」


 ヒロインとそのお友達はい組、瑛梨と同じ組らしい。


※※※※


 ろ組の担任は母親より年上の眼鏡を掛けた女先生だった。ちょっとぽっちゃりで丸顔なのでニコッと笑顔を浮かべるだけでとても優しそうな印象を与える人だ。まあ、下の姉・英から聞いた話だと昔は鉄扇片手に先頭に立って活躍していた元隊長経験者らしいので、見た目で侮ってはいけないといういい例である。

 その先生の提案で、1人づつ順に自己紹介が始まった。名簿順なので『みずしま』の里見は男子の中で最後の方になった。皆名前の他に出身地や尊敬する偉人、座右の銘などを付け加えている。

 前の人が着席し、入れ替わりに立ち上がる。


「水嶋里見です。好きなものは『純喫茶三日月館』、嫌いなものは夏の蒸し暑さです」


 ちなみに、この『花燈』の世界観では喫茶店カフェーと純喫茶店の違いは、純喫茶の方が上品で本格派っぽい、というニュアンスだ。前世の歴史のように喫茶店=風俗キャバクラではないのだ。だから酒類の提供はしていないし、未成年でも入れる。このことに気づいたとき、里見は心から喜んだ。

 言い終わる前に、小さく「はっ、おなごかよ」と言う声が聞こえてきたのでそちらを向くと、サッと目を合わせないようにした男子生徒を発見。ふーん、と、気分が盛り下がるのを感じた里見は軽く応酬することにした。


「座右の銘…とはちょっと違うかもしれませんが、とある女優の言葉で心留めている名言があります。『You can tell more about a person by what he says about others than you can by what others say about him.(人の評価は、他の人たちの意見よりも、その人が他の人たちについてどのように言っているのかでより分かるものです)』」


 英国の女優オードリー・ヘップバーンの言葉だ。1929年生まれの彼女はまだ誕生していないし、現実世界とこの世界が同様の道を辿る保証もないのだが、勝手に使わせてもらったことに謝っておこう、と里見は心の中で頭を下げておく。

 いきなり長い英語文を述べた里見に驚くやら、文章の意味を理解し遠回しな皮肉だと気づいた者は嘲いそうになるやらで教室内がざわつく。

 言いたいことを言った里見はしれっと着席する。

 例の「おなご」呼ばわりしてきた男子生徒はというとまるで頭上に「???」を浮かべているようなポカン顔だった。その顔がおかしくて、これでヨシとした。

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